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2015年1月31日 (土)

個人的メタル受容史

 今回のエントリーは、私個人がメタルをどう聴いてきたかの一人語りなので、BABYMETALには殆ど関係が無い。

 BABYMETALはメタルか否かは、今現在も国外・内では論議の的となっている。
 この争点が合致を見る事はないだろう。BABYMETAL側は「メタルファンも聞いて欲しい、独自な音楽」だという主張であるのに対して、メタル側からすれば、「メタル要素も無くはない別物」という認識を変える事はないからだ。

 私がBABYMETALを知る以前、ハードな音楽を聴きたいと思う時というのは、耳の中に刺激を与える様な激しいものを求めている訳で、SU-METALの様かはともかくも、女の子の声が入ってるものは敬遠したと思う。

 我々の世代であると、ハードロックは誰しも普通に聴いてきた。
 私が初めて洋楽のコンサートに行ったのは、KISSの武道館だった。KISSは中学生だった我々にも大人気だったが、おどろおどろしいメイクに反して音楽は判り易いロックンロールだったのも大きい。
 すぐその後かに、Deep Purpleを脱退したリッチー・ブラックモアのRainbow公演が武道館で行われた。まあこの頃の武道館のコンサートというものは、音がわんわんと回ってとても音楽を楽しめる様なハコではなかったのだが。

 私がバンド演奏を始めたのも中学だが、今に至るまで純粋なハードロック、メタルをやるバンドに属した事が無い。20年くらい前には、まだ身体が動ける内に一度はロックバンドをやりたいと思った事もあるのだが、とうとう果たせなかった。

 リスナーとしては、80年代のL.A.メタル(現在はヘアーメタルという蔑称もある)が好みで、特にWingerが好きだった。ギタリストのレブ・ビーチは、後にドッケンに入って腕を奮った。
 90年代に入って、脚本家となり、地方局制作のホラードラマを弟が監督する作品があったのだが、盛大にちょっと古いL.A.メタルをBGMに使って貰った。当時のテレビは、既成曲の使用が今よりも遥かに簡単だったからだ。
 しかしビデオ化された際、このBGMは当然使えず、著作権フリーの様なつまらないインスト曲に差し替えられてしまったのだが。

 Metalica, Anthrax, Megadeathといったバンドが、とにかく速いテンポのメタル=スラッシュ・メタルで人気を集めたが、私の好みではなかった。Slayerは好きだった。
 思い返すと、ヘヴィ・メタルとカテゴライズされるバンドはあまり聴いていなかった事になる。Led Zeppelinなどの流れがハードロックとすると、Iron Maiden, Juda's Priestといったバンドがヘヴィ・メタルとして区分されていたが、私はそれらの音楽を好まなかった。
 90年代はオジー・オズボーンがソロ時代で、(そういう意図は無かったろうが)若手のギタリストを次々にスターダムに上げていた。

 この10年程の間に私が聴いてきたものは――、
 最近リユニオンしたExtremeが大好きだった。尤もこのバンドの音は、私のホームであるファンクなのだが。
 その意味ではミクスチュア系も聴いてきた。Korn, Limp Biskets, 等々。

 私はプログレも少し好むので、Dream Theaterは数年前まではよく聴いた。
 しかし一番好んできたのはSlipknotだった。初期は日本人特殊メイクアーティスト、Screaming Mad Georgeがデザインしたグロテスクなマスクを被っているヴィジュアルにまず驚き、しかし演奏する時は流石にもっと通気性のあるものに変えるだろうと思っていたら、あのマスクのままワイルドな(昨今のメタル界ではブルータルなという表現になる)ステージをしていて愕然となった。
 あんなに人数揃える必要があるのかも疑問だったが、パーカッションというにはあまりに野蛮な、ビール樽管を溶接したオブジェを金属バットでぶっ叩く破壊的なパフォーマンスに納得させられてしまった。オブジェには牛の生首が刺さっていた事もある。
 また彼らはステージの上で、バンドメンバー同士が殴り合いの喧嘩までする。
 そうしたバンドなのだが、音楽的には、特に最初の3枚までは独創性に溢れていた。スタジオ盤だけでも充分に楽しませる。

 しかし数年前にベーシストが、ロックバンドの宿痾の様に亡くなってしまい、また事情は判らないながら、ドラマーが離脱してしまった。
 ジョーイというドラマーは、メタルのドラムというよりも、スチュワート・コープランドの様な高いチューニングとフィルの入れ方をしていて、これがサウンドの要であった。そればかりか、オリジナル楽曲の多くにジョーイは関わっていた。
 最新アルバムは、ジョーイ抜きで作られた。やはり、音楽的な面白さは後退してしまっていた。

 昨年の日本で開かれたノットフェスをテレビで見たが、ヴォーカルのコリーが「コンバンハトーキョー」とやたらフレンドリーで驚き、またステージの野蛮さも相当にマイルドなものになっていた。仕方ないのだろうが、寂しかった。

 Slipknotが出始めた時、「あれはメタルではない」という言質を読んで喫驚した。
 それは確かにギミックもあるし、メンバーにはターンテーブル担当もいるのだが、HipHopの要素は殆ど無い。紛れもなくメタルだと思い込んでいた私は、メタルのセグメンテーションの厳格さに、正直に言えば呆れた。
 今はSlipknotの事はNuMetalではあろうが、メタルではないと言う人は流石にいないだろう。

 一方で、メタルとは成り立ちが異なり、パンク出自のハードコア・メタルというものがあって、もう××メタル、××コアといった区分はもう把握しきれないでいる。

 

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コメント

書籍を読み返していて、Kornの名前が出てきたのでコメントをしに来てしまいました。
2年半前この記事が公開された時には、後にKornのオープニングアクトをつとめているなどとは夢にも思いませんでしたね。

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