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2015年2月19日 (木)

Made In Japan (1972)

 有り難い事に、コメント欄には記事の誤記述への指摘や、フォロー的な情報を書き込んで下さっている。コメントを書かない方も、是非コメント欄も併せて読んで戴きたい。

 今日のエントリは最後の行まで、BABYMETALは殆ど関係無い話になるのだが――、

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 先般のWOWOWでのLOUD PARK再放送は、ハードロック特集の意味だった様で幾つかのライヴも放送された。
 DEEP PURPLE(以下パープル/平たく発音)の1983年に2期メンバーが再集結した Perfect Stranger」ツァーの映像を初めて観た。ライヴCDは発売時に聴いていて、まあ演奏は緩いのだけどよく集まったなぁと、悪い印象ではなかった。
 ライヴ映像の冒頭は記者会見の場面で、ロジャー・グローバーが「俺達はヘヴィメタルバンドじゃないよ。カントリー&ウェスタンかな」とつまらないギャグを言っているのだが、恐らく記者から「貴方たちはメタルバンドですが」的な質問があったのだろう。それだけヘヴィメタルかそうでないかの判定はグレー領域にあるのだ。

 それはともかく、演奏が始まった。
 イアン・ギランがよく声が出ているなぁ、などと思っている内に(あれほど罵り合っていた)リッチー・ブラックモアと微笑み合ったり、ギターとヴォーカルでフレーズの真似合いを始めるわ、うふふ、きゃっきゃっという世にも無気味な光景が続いて、私は再生を止め録画を消した。
 え? そういう仲なの? じゃあ1973年に散々反目し合って、日本公演が終わったその直後に脱退したのは、そういう関係がこじれたって事だったの?

 いやまあ、リッチーは随分前に奥さん迎えているし違うんだろうけど、しかし突如自分の中に腐な要素を無理矢理見つけ出された様な居心地の悪さを感じた。

 私にとってパープルは不動の3期推しだ。デヴィッド・カヴァーデイルとグレン・ヒューズという優れたヴォーカリストが並んでいたのだから。と言ってもアルバムは「BURN」1枚くらいしか残せなかったが(Stormbringerは論外だろう)、California Jamというフェスでの伝説的なライヴを残した。私はブート(海賊版)を集める趣味を持たなかったが、California Jamのアナログ盤は愛聴したものだった。後年CDで正規盤も発売された。

 WOWOW特集放送のハイライトは、パープルの伝説的ライヴアルバム「Made In Japan」(日本盤は Live In Japan)の1時間のドキュメンタリだった。
 1972年の大阪フェスティバルホールと武道館でのライヴは当初、日本限定で発売する為に録音されていた。しかし演奏内容が良かったので世界でも発売したところ、これが特にアメリカで売れてパープルはやっと認められる存在になった。
 この時の映像が残っていたのには驚いた。と言ってもモノクロ16mmで10分にも満たないフッテージではあったが。
 当時の映像に加え、メンバーへのインタヴュウなどで構成されている。

 この時のライヴは確かに今見ても熱い。なかなかロックのライヴでインタープレイというものは見られないものだが、リッチーは好きなだけソロ弾く。もういいやと思ったらドラムのイアン・ペイスに向かってだるそうに手を挙げる。
 ジョン・ロードとのソロ掛け合いも、回数は決めていない様だ。これだけのテンションで毎回公演していたら、それは疲弊もするだろうと思った。

 ドキュメンタリとしては、「Made In Japan」に若い頃に触れていたという他のアーティストへのインタヴュウもあって、デイヴ・グロールやメタリカのラーズ・ウルリッヒがインタヴューイーとして出演している。
 おしなべて言えば「影響を受けた」という話にはなるのだが、ラーズの答え方が非常に心に残った。

「(あの時のパープルの演奏は)……、凄まじいエネルギーだった」

 エネルギー?
 判ると言えば判るけれど、少し凡庸な表現だと最初に思った。
 しかし、「良い悪い」でも「巧い下手」でもなく、エネルギーを受け取ったという表現は、私がずっと探していた、BABYMETALについての疑問に対する答えの一つなのかもしれないと思った。

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コメント

当時高校生だった私もこの再結成パープルを観て『あれ?こんなもんなの??』とぽかーんとしてしまった記憶があります。
自分が求め熱狂する【全力感】がなかったんです、たまたま凄く上手い人が集まった同窓会みたいな空気だったのですよ。
同じパープル畑なら前の年に観たスーパーロック84のWHITESNAKEの方がエゴのぶつかり合いが有り、熱かったですね(サイクスのギターの音がガリガリと悪過ぎて本当に耳が痛かったけど/笑)

常に『これが最後のステージでも悔いなし!』みたいな気迫が観られるのがbabymetalの醍醐味かもしれませんね!


私もパープルは3期推しです!(でも、2期の再集結のステージもそれなりには楽しめました。)

想い起こせば、パープルからレインボーを経て、フォークソングに辿り着いたリッチーと共に、いつしか自分のハードロック/ヘヴィーメタルへの情熱も薄らいでいたような気がします。(でも、病を克服して復活したデヴィカバのライヴ・パフォーマンスには感動しました。)

20年を超える時を経て、自分のメタル魂に再び火を点けたのは、BABYMETALです!受け取ったのは「エネルギー」、何か腑に落ちた気がします。

昨日は70年代SCORPIONSギタリストJONLOTHのSCORPIONSづくしライブに行った。あのTOKYO TAPES再現ライブで満員の中野サンプラザ。SCORPIONSは80年代JONROTHからギタリストをマティアスに替えメジャー路線を突っ走り世界的なHRバンドになったが、本日のライブを聞きその選択は正しかったと思った。とにかくSKY Guitarを駆使したギターソロとインプロヴィゼーションの嵐で絶対80年代の北米受けはしなかっただろうと。日本人にはたまらない内容だったが。
荒城の月、We'll burn the sky、Pictured life等の大合唱で声が枯れてしまった。若い人達もいて荒城の月が歌えない方々も多かった。
もう一つ、Deep Purple武道館ライブが世界でヒットし70年代不遇時代のHRで日本って非常にマレな場所だった。JUDAS PRIEST、SCORPIONS、RAINBOW、Queen、CHEAP TRICK、欧米で食って行けず日本で稼いでいたバンド、情報が欧米から伝わりづらい時代、どうやって当時のファンは知ったのか。そしてJUDAS、SCORPIONS、CHEAP TRICKは初のライブアルバムが日本から、皆素晴らしいアルバムだった。
今の日本は簡単に欧米も国内の情報が手に入る、しかしBABYMETALを見つけたのは明らかに欧米(ドキモのYoutubeのMV再生回数がベビメタ継続のキッカケ)の方々、KOBAが欧米を主軸に活動させるのも当たり前、日本ではいまだに色物扱いされ、メタルの文化は一般には受け入れられない。
今の日本の若者は国内でも海外も才能に溢れた素晴らしいバンド、音楽を自分で探して見つけようとしない方々が多い。ラジオを聞かなくなったのが大きいかな。そしてラジオも雑誌も金出さないと扱わない、まあ媒体は売れない時代だからしょうがないが。

2年後の未来から。ww
いいぞ、パープルとか、レインボウとかスコーピオンズとか出てき始めたぞ。(^p^)

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