« 歌詞がどう受け容れられるのか | トップページ | 『いいね!』考 »

2015年2月27日 (金)

ステージを支える人々

 私が見込みで書いた事を、コメントにてとても丁寧に訂正してくださった方がいて感謝している。
 Digital Performerは、一昔以上前にDTMソフトの圧倒的なシェアを誇っていた。現場仕事では信頼性が第一であり、なる程と唸らされた。

 今のレコーディング現場は、ProTools環境が完全に支配していて、アニメのアフレコ現場でも、楽音舎などはProToolsに移行してもう10年近くなるだろう。

 インターフェイスがBehringerだったというのも意外だ。いや私の部屋には相当な種類のベリ製品がある。とにかく安いという楽器音響機器の価格破壊王メーカーだ。実感としてベリ製品は壊れ易いという認識なのだが、しかし不具合があれば簡単に取り替えが利くのがメリットだったのかもしれない。

 BABYMETAL、神バンドが立つステージの脇には、マニュピレーターがいて、モニタ担当のミキサーがいる。彼女達が踊るステージ上に必須なバミリはKOBA-METALが貼り付けている。チューニングの異なるギターを曲毎に渡すギターテックの人達、勿論PAの卓オペ、ヘアメイク、スタイリスト(BABYMETALと神バンド)、彼女達のサポートをするスタッフと、見えないところで支えている人の努力には頭が下がる。





 このブログは、BABYMETALと楽しい事柄だけを書きたいと始めたのだが、やはり一応触れておきたい。
 以下はメタルを巡る、あまり楽しくない事柄について。

訃報『メタリカ:真実の瞬間』ブルース・シノフスキー監督、58歳で死去


 メタルのドキュメンタリ映画についてのエントリを以前書いたが、「メタリカ 真実の瞬間」の監督、ブルース・シノフスキーが若くして糖尿病疾患で亡くなった。
 彼の代表作は「パラダイス・ロスト」シリーズの3本だ。
 1993年、後に「ウェスト・メンフィス3」と呼ばれる事件が起こった。アメリカで少年三人が幼児を殺したという容疑で、警察に捕えられたのだった。

 主犯とされた少年はブラック・メタルのファンであった事が、容疑がかけられる理由の一つでもあった。その時のアメリカでは一時、ブラック・メタル、メタルそのものについてを非難する論調が巻き起こったのだった。
 シノフスキーは周到に取材をして、真犯人が別にいるという強い示唆を映画で行った。私は2までは観た覚えがある。
 シノフスキーの映画だけではなく、メタル系にも留まらずにミュージシャン達が少年達の無罪、もしくは再審を社会に呼び掛けた。
 2011年に三人は、司法取引をして18年ぶりに保釈となった。主犯(とされた)少年の死刑執行が近い時期であった。

 1997年、コロンバイン高校大量射殺事件にて、犯人の少年達(これは紛れもなく当事者だった)がメタルを好んでいた為、社会的なメタルを見る目は更に悪化する。この時にはマリリン・マンソンがマスコミの矢面に立って、メタル側の意見を述べるスポークスマンとなった。「ボウリング・フォー・コロンバイン」にも収録されていたが、極めて理知的な(勿論皮肉をも込めた)コメントだった。
 1990年にはノルウェーの「インナーサークル」事件もあった。


 以前のエントリにも書いたとおり、メタルというのはコミュニティ内ではマイノリティが好む性質の音楽だった。メタルのミュージシャンは、誰もがマンソンの様に意見を述べられる訳では無かった。
 サム・ダンがメタル・ミュージシャンに映画やテレビドキュメンタリを通して、「本当のところ」を喋らせたかった背景に、この事もあったのだ。

 今はメタルを好む人について、反社会的だとか背徳的だというイメージで見られる事は、もうあまりなくなっている。BABYMETALの存在が更にそうしてくれるのだと思う。
 BABYMETALを楽しむ上で、メタルを巡る血生臭い事件の歴史を知る必要は無い。しかし、知った上で好きになったのが我々世代なのだ。


 ともあれ、メタルを愛し擁護してきたドキュメンタリ作家が亡くなった。冥福を祈る。

« 歌詞がどう受け容れられるのか | トップページ | 『いいね!』考 »

コメント

安易な置き換えは出来ないとは思いますが…
90年代、いわゆる”オタク”がマスコミの報道などによってまるで犯罪者予備軍のように扱われた時代に、思春期をオタクとして過ごした身としては少し理解出来る気がします。

当時はオタク側から様々な反論はされましたが、結局世間は「気持ち悪い外見のオタクがなんか言ってらあ」ぐらいの受け取り方でまともに相手にされませんでしたね。
(僕も映画を見てマリリン・マンソンの実に理性的な反論に関心しましたが、結局はこういった反応を一部の人間は返していたと思います)

現在でもそういった傾向は残っていますが、今は世界中にオタクが増えるという結果によって状況は好転しました。
その時の「それみたことか!!」という思いは今でも忘れられません。

BABYMETALがメタルという世界にそれをもたらすことが出来たとしたら、これほど嬉しいことはありませんね。

私はブラックメタルをこよなく愛するもいたって善良ないちメタラーですが(笑)、ウェストメンフィスの事件を知った時はホント憤慨しました。
その昔、日本でも酒鬼薔薇事件のときにワイドショーで「犯人がメガデスというデスメタルを聴いていた」「メガデス=大量死という意味です!」なんて偏見混じりに語ってる人がいましたね。
(当時マーティフリードマンが日本にいれば即突っ込んでたはず)
BABYMETALもそうであるように、メタラーにとってはメタルにおける死、悪魔主義、黒魔術的なもののほとんどはありきたりな演出上のギミックであるとわかってるわけですが(インナーサークルのようなガチな人たちもいましたが)、BABYMETALの認知度が高まるとともに、そうしたものに対する外部からのよけいな雑音が増えないといいな、とよけいな取り越し苦労をしてます。

コロンバイン高校の事件は1997年でしたか。全然関係ないのにBABYMETALファンとしては1997という数字が出るとドキッとしますね。
前述の方同様、あの映画をカミさんと家で見ていて、マリリンマンソンのくだりで「なんて知的な」と話したおぼえがあります。
ただ、日本においてはheavymetalが害悪と本気で社会が考えるほどには定着していなかったのではないかと思います。記者があおるためにそう書いたとしても、一部の年寄りが眉をひそめる程度ではなかったか。社会問題というよりは、やはりネタなような気がします。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/596668/61201048

この記事へのトラックバック一覧です: ステージを支える人々:

« 歌詞がどう受け容れられるのか | トップページ | 『いいね!』考 »