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2015年3月11日 (水)

『ヘドバンギャー!!』考 2

Headban2

 承前

 その前に。
『君とアニメが見たい』の論考についてのコメントで、女性のオタクについての視点について書かれた方がいて興味深かった。

 当然ながら、特にアニメでは女性のオタクも男性同様に多いのは承知しているのだが、最も濃い部類の人達を考えると、随分と男性のそれとは受容の仕方が違うのではないか、という個人的感覚を得ている。作品やキャラクターとの距離感とか、関係の持ち方についてであるが。

 BABYMETALのファンはというと、男女比では圧倒的に男性が支配的だと思う。他のアイドル・グループ的存在であると、結構な比率で女性、特に小中学生がマスに含まれる事が多いのだが、BABYMETALはまだコアなファンがじりじりと増えている段階だろう。
 BABYMETALが国民的なアイドルとして認知されて欲しいかというと、それで失うものが多いなら目指さなくてもいいのでは、と個人的には感じているのだが。
 でももっと「普通に可愛い」と好きになる女性が増えて欲しいとは強く思う。


 女性のファンという事で言うと、有名な男性のみ扱う芸能プロのファンは案外身近にもいるし、ファン・コミュニティの中で「やらかし」という存在がいるのだ、という事も不名誉な事件を契機に一般の人には認知されている。
 しかし「バンギャ」はどうだろう。
 バンギャの存在が注目を集めたのは、5,6年、いやもっと以前ではなかったか。
 ビジュアル系バンドそのものが、ゴールデンボンバーという存在自体が自己パロディ的なエアバンドの登場によって、一般にも認知されるのと同時に、ある種の熱がシーンとして薄れた気がしてならない。
 勿論今もアクティヴな人達はいるのだろう。でも「バンギャ用語」をネットで探すと、それらが書かれたのは大抵2007年辺りなのだ。

 告白しておくが、私はビジュアル系のバンドの音をまともに知らない。LOUD PARK 14でのthe GazettE(土下座ヘドバンの祖)のライヴ・パフォーマンスを見たけれど、マーティ・フリードマンが宣う通り、メタルと何の違いがあるのか、またマサ・イトーはビジュアル系がLOUD PARKに出演する事について、何故ああも神経質になったのか、さっぱりと判らなかった。彼らの演奏はとても立派だった。
 またBABYMETALには数々のオマージュが仕込まれているX Japanについても、演奏を見たり聴いたりした経験はなく、これからも聴かないだろう。これは単に音楽性の趣味の問題だが。

 

『ヘドバンギャー!!』の歌詞は、少し複雑な構造だ。
 素直に読むと語り手は18歳。15の時に初めてバンギャ・デビュウを果たし、荒波を堪えていっぱしのバンギャとして存在を確立している。この二つの時制をSU-METALは行き来し、声のトーンを使い分けて歌う。
 現時性の年齢は詐称なのかもしれない。「青春18きっぷ」は別に18歳だけが買えるものではない。
 この曲はSU-METALが15歳を迎える時に作られた事から、15歳という時制の方が重要なのは当然だ。

 しかし、15歳の経験としては苛烈に過ぎないか。
 一回だけあるAメロは、バンギャ用語の羅列である。
「ドセン」(ド・センター)「直立不動」「のけぞり」――、
 あとの二つをYUIMETAL+MOAMETALはアクションで見せてくれるが、
「逆ダイ(ブ)」「柵ダイ」「転ダイ」「折りたたみ」についてはもう、「からの!」という合の手に専念し、最早これらのジャーゴンの意味を伝えようという意思は放棄される。
 ダイブというのは観客がステージに飛び込む行為を、観客視点から表した言葉だ。普通はアーティストが聴衆に飛び込む事を言う気がするが、ビジュアル系現場でそれは「逆ダイ」となる。まあそれはそうか。
 しかし多様なヴァリエーションでステージにダイブしたいという観客心理は、私には到底共感出来ないものなのだが。

 Bメロ「15の夜を忘れはしない」の歌メロは、アイドルが歌う現場でファンが声援を送る「パンパパンヒュー」(PPPH)が乗り易いリズムになっていて、それはそう意図されて作られた。
 NARASAKIという作曲家が、とても人間的に面白い人である事はこのインタヴュウで判る。彼がPPPHを導入する事について、どれだけの葛藤があったかを想像してみるだけで、申し訳ないが笑えてしまう。
 ところで彼は往年のアニメソングを自身のルーツと宣言しているので、前回の「バンバンババン」への私の類推はやはりそうだろうと思っている。(真相は私には不可知だ)

 BABYMETALのライヴは既に、牧歌的なPPPHが打てるものとは別次元に至っている。


 SU-METALの歌唱は、激しさはあっても殊更に攻撃的ではない。感じるのは「今、自己がこうしている事に対する確信性」の強さだ。
 言葉では攻撃的でも、二度目の「消えろ」はウィスパー・ヴォイスで処理されている。これはとても象徴的な事だと考えている。

 この曲にはブレイクが多い。半拍~数拍、音が途切れる。一貫した曲調ではあるが、パート、パートの切り替えがドラマティックで、これはKOBA-METALの指示であろうと思う。
通常のプロデューサーだけの関わりではなく、ライヴ・ステージというアウトプットを見据えた総合的な演出意図だろうが、シンバルの位置まで指定されるとなれば、編曲者としても複雑な心境となっただろう。クレジットで編曲者はNARAMETAL(作曲クレジットはNARASAKI) としたのは、彼のメタルネームというよりも、「NARASAKI + KOBA-METAL」というのが実相だろう。

 私がこの歌メロで最も感銘を受けたのは、各コーラスの最後「ひらり、宙に舞う」だ。
「ま・う~」の最後の伸ばし音は収まりの良い高さへも、ルート近くにも降りず、浮遊的な高さだ。
 現在の心境が、「これでいい」という自己肯定、自己完結しておらず、これからの行き先を自分では見出せなくとも、どこに行こうが自分というものはそれに負けないのだ、というニュアンスを聞き取る事が出来る。歌詞と整合された秀逸なメロディだと思う。


 メロディ、楽曲としての在り様は判っても、歌詞には依然疑問がある。

 伝説的な黒髪を振り乱し、バンドを追って日本中を巡り、15歳の時の屈辱を忘れまいと誓い、今の狂乱的な状態は決して長く続かないという刹那さも抱き、泣き虫など消えろと叫ぶ。
 そういうバンギャの人もいるのだろう。
 SU-METALは以前、バンギャの人から「とても共感する」という手紙を受け取って喜んでいた。またある掲示板では、「こういう歌詞はバンギャを怒らせる」という書き込みに対して、「あたしはバンギャだけどすごい好き。YUIちゃん可愛い」という反論を書いていた。
 一定のリアリティは確保されている。
 しかし――、あまりにも共感出来る層を局地的に限定させ過ぎてはいまいか。
 他ジャンル、音楽に限らずだが、ファン心理としての敷衍化はまず不可能だ。

 何より「泣き虫な奴はここから消えろ」「邪魔する奴は即座に消えろ」という他罰性、排他性のメッセージは、一体誰に向けられたものなのか。
 そもそもバンギャ心理を描く上では不可欠な筈である対象、自分が好きで追っているステージ上の存在について、この歌詞では一切触れられてすらいないのだ。


『ヘドバンチャー!!』はヘッドバンギングとバンド・ギャルの歌であって、バンギャがヘッドバングする様を表わす、という読み方は間違っていたのだ。
 主体はヘッド・バンギングの方であった。

 やはり振り付けと、そのパフォーマンスを総合的に見なければ、このプログラムは理解出来ない。

 あと1回で終わるのか……?
 つづく


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コメント

こんにちは、blogいつも楽しく読んでいます。


> 何より「泣き虫な奴はここから消えろ」「邪魔する奴は即座に消えろ」という他罰性、排他性のメッセージは、一体誰に向けられたものなのか。
> そもそもバンギャ心理を描く上では不可欠な筈である対象、自分が好きで追っているステージ上の存在について、この歌詞では一切触れられてすらいないのだ。

これは自分に言ってるのかと思いました。
歌詞中に僅かな時、戻れないなど刹那的な言葉が出てくるので
本当は少し後悔してるけど、未知(ライブ)の世界に飛び込む(逃げ込む?)心情が
15の夜と重なりました。

「アニメ」でのコメントがご不興を買っていない様なのでまずは一安心しました。
>特にアニメでは女性のオタクも男性同様に多いのは承知しているのだが、最も濃い部類の人達を考えると、随分と男性のそれとは受容の仕方が違うのではないか<
特に「腐」系の人はそうだと思います。
でも最近では芸能人とかでも普通に放送中アニメチェックを隠さない人も多くなっているので、男性でいう濃い萌ヲタレベルでない普通程度のアニメ好きでしたら女性でも最近は割りと普通な様な気がします。
こういう女子アナhttps://twitter.com/chiakinmanがいる時代ですから(まあこれはヲタ度高めですけど)。

>BABYMETALはまだコアなファンがじりじりと増えている段階<
どうもアイドル界の女子の中でのベビメタ好きが目立つので(「ミュージシャンズ・ミュージシャン」ならぬ「アイドルズ・アイドル」)、認知されればかなり増える様な気がします。
カワイイ系ではなくカッコイイ系(≠オシャレ系、こちらはE-girls担当)グループでメジャーって他に見当たらないので。
SiStella[システラ]というさくら学院のパクリ系のアイドルグループがあり、そこでBONAMETALというベビメタカバーをやっているのですが、ボーカルの子はホントにベビメタが好きなんだと伝わってきます。
(恐らく世界で最も再現度が高い『ヘドバンギャー!!』カバーhttps://www.youtube.com/watch?v=4mKEJS7Ppuw)

「ヘドバンギャー」については3回全部読んでからコメントしようと思っているので、「アニメ」で投稿しなかったものに少し付け加えて投稿します。


投稿したあとふと思いだした小中氏の言葉。
「ネタから出たまこと」

これまでの「メタル」というのは現実の重さを、これでもかとぶつけて世の虚構性を暴き立てたり。
そしてある場合に於いては虚構性を極端な形で提示し、それにより逆にリアルさを際立たせる事をやってきたのではないか。
だが「まこと」と「虚構」は裏表の関係。
「まこと」があるから「虚構」が判る。
「虚構」があるから「まこと」が判る。
そしてベビメタはそれを更に進めて「虚構性」こそを「まこと」にするにはというアプローチなのではないか。
前者はあくまでも「まこと」を前提にするが、ベビメタは「虚構性」を前提にする。
この逆転が起きているのではないか。
それが「アイドル」=「虚構」という提示表現をする意味なのか。

だから小中千昭的解釈というのは従来「メタル」的解釈なのかも知れない。
虚構に乗っかりトコトン突き詰めることにより、逆に虚構をありなものに変える。
これがベビメタ的な文脈であり、メタルレジスタンスなのか。
創造とは本来そういうもの。
それが新しいメタルの誕生であり、超カオスな「いいね!」的「カワイイメタル」(≠「cute metal」、ここらは「いいね!」コメント欄参照)を先に進めた「ベビーメタル」なのか。
そうなると「アニメが見たい」は「カワイイメタル」を「ベビーメタル」につなぐ作品?。
「アニメ」という虚構が見たいということはある種のメタファーになり得るのか?。
「君と君と見るアニメの為」とは?。
Can you believe in me and the animation?
のmeとはベビメタのこと?。
the animationとはベビメタに提示された「虚構性」(≠「虚構」)?。
でも
(ちょーねむーい)
(かえりたーい)
(ちょーうざーい)
ムリムリムリムリ
って既存リアルの声?。

みたいな事がふと思い浮かびました。
(♪温めたるさんのコメント>複層的多重的な「アンサー」<というのは良いですね。)

ここまで。

『ヘドバンギャー!!』考最後まで楽しみにしています。

*1さんの
>これは自分に言ってるのかと思いました<
私もそれに一票。

 お疲れ様です。自分はヘドバンギャーというのは、ヘッドバンキング+ギャー(という叫び声)のことかと思っていました。MVを見た感じから、幼気な女の子がメタルに目覚め、メタラーに変貌し、ヘッドバンキングしながらギャーと叫ぶという単純なストーリーなんだろうなと勝手に思っていました(笑)。自分の知らないいろんな世界があるんですねー。混乱もありますが、今後も興味深く読ませていただきたいと思います。見聞が深まります(笑)。
P.S.「君とアニメが見たい」についてですが、小中先生と同様、自分も最初違和感があって、あまり好きではありませんでした。それが、3人のパフォーマンスの高さや真摯さ、それを支えるMIKIKO氏の振り付けなど、楽曲以外の素晴らしさにも目が行くようになって、だんだん好きになっていったように思います。この曲はカバー曲にもかかわらず、BABYMETAL3人の魅力がいかんなく表現されていますね。歌(すうメタルの伸びやかな歌唱力)、合いの手(ゆいもあちゃんの幼い声とウィットに富んだセリフのアンバランスが生み出す不思議な魅力)、ダンス(特に皆さん指摘される間奏部分のアームアクションを多用した振り付けのカッコよさ)。キバオブアキバとのコラボは、コバメタルがこの曲をBABYMETALにやらせたかったからなんでしょうね。不思議なものでベビメタバージョンがお気に入りになったら、キバオブアキバの原曲のほうもお気に入りになっていました。

バンバンババンについては、NARASAKIさんご自身が、当時、グレートマジンガーと鋼鉄ジーグだと答えてます。
https://twitter.com/nackieeeee/status/215859147340648448

(3+1のうちどこにコメントしようかと思ったが「せ」さんがリコメントしてくれているのでここに書くことにする)
 みなさんこん**は。断言する快感をオボエてしまった私です(^^

 さて、「君アニ」(と私は略す)で「複層的多重的」であるということを書いたが、こんどはこの曲の歌詞について考えるときには、さらに言葉を加えたくなる。
 私曰く「複層的多重的」でありその内容としては「多視点」「主観客観不分別」「時制不明瞭」である。

 どういうことかというと一般論的に日本語の歌においては仮に歌の中で「~だ・~する・した」等と歌われていてもそれは誰の言動であるのか必ずしも明瞭ではない。
 そのうえ、主観になったり客観になったり、遠景になったり、過去にフラッシュバックしたり…描写が自由自在(笑)だ。

 短く暴論を飛ばすが、何故かと言うにまず、主語が無くても・時世があいまいでも文が成立してしまう「日本語」であるからだ(^^; 日本語には同音異義語が多いということもある。
 次に、歌の歌詞には「作り手」「歌い手」「聴衆(自身の気分や人生観)」の3つの立場(+聴衆が得ている作詞家や歌手個人の人生やいきさつなどの情報、ということも重要なので4つとしてもよい)があるが、歌を聴く時にはそれらが常に切り替わりあるいは複層的多重的にミックスされるという現象が起きているからだ。

 詳しく説明しようとすると長くなるし、長く書いても理解されうる文章にならない可能性も高いのですっぱり省く(^^;
 だから(と結論に飛ぶ)、耳で歌を聞いて「一期の夜」なのだと思い、後で「15歳の聖誕祭」のことであったと知って多重的にその部分の歌詞を心に響かせることができるし、「伝説の黒髪を~はかなく…」あたりを妙に性的なニュアンスで解釈しようとする自分に自己嫌悪したり、「無茶な仲間がいたんだな」と思ったり「いやいや本人(演じる主人公)がそういう"役"だという歌なんだ」と思ったり「KOBA氏はこういう人だった?いや彼女がそういう人??」などといろいろ思うのである。

 そして何しろ、「消えろ!」とドライなささやき声で忌避されるのは、大雑把にいえばキツネ神にまつろわぬ者…BABYMETALの世界観を理解せず彼女らの才能を拒絶する者たちなのである。わからないヤツは、わかんなくっていいから、こっちに構うなぎゃーぎゃー文句を泣きわめきに来るな、ってことである。うん(^^

 以上、歌を聴き歌詞を聞くという場面での話。これに、外国では「演劇的」であると評され「コンプリートリー・コレオグラフド」とも言われるダンス/フリが伴えばまた、違ういろどりが生じるのである。

 「多視点」の蛇足を。
 典型的なものが何かあったはずだと過去の歌謡曲などを思い返していたが、思いつかない(--; 而して数日。突然、ラジオから浪曲「天保水滸伝」。「あ。これだ!」(笑)
  https://www.youtube.com/watch?v=5XfO0feat2Y

 ♪利根の川風 袂に入れて 月に棹差す 高瀬舟

 この歌詞における視点はこうである。
・利根の川風…引きの視点。雄大な川。利根川だ。風が吹いている。
・袂に入れて…主人公にパン&ズーム。着物のたもとが風で膨らんでいるさま。
・月に棹差す…水面に映る月にズーム。その水面こ不意に棒(さお)が。
・高瀬舟…少し引くと舟が映る。高瀬舟だ。さっきの棒は舟の竿だったのだ。

 これには主観が入ってないが、これに限らず歌謡曲などにはこのようにあちこち視点が変わっていくものが多い。主人公主観や更には相手主観に切り替わったりする場合もある。そして歴史上・事実上、われわれはそれを聴いて混乱することもわからんと言って怒ることもなく(それぞれ好きなように)解釈理解して楽しんできたのである。

色々と勉強させてもらっています。
ありがとうございます。

もしかしてなんですけど、敷衍化じゃなくて、普遍化でしょうか?

あと、『ヘドバンチャー!!』になってるところがあるんDEATH。

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