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2015年3月24日 (火)

『イジメ、ダメ、ゼッタイ』考 1

Ijime_pv

Release: 2013年1月9日
Credits: 作詞:NAKAMETAL・TSUBOMETAL 作曲:KxBxMETAL・TSUBOMETAL・TAKEMETAL、編曲:教頭 ギター:Leda

 初期のBABYMETALで製作された4曲の中の1曲。ライヴでも早くから披露されていたが、この頃のものと改めて録音された音源との違いがあるのかどうか、私には判らない。

 今尚、BABYMETALの代表曲であり、多くのライヴでラストを飾る曲になっている。

 最初から好きになれた人は幸いだが、私を含めた多くの人が最初にこの曲を聞くと、拒否反応を起こしてきた。理由は大きく二つだろう。

† 「いじめ」というデリケートな問題を、ネタ的楽曲で軽く扱ってはいないか。
† YUIMETAL+MOAMETALの合の手があざと過ぎないか。

 今となっては、私としてもこれら全てをポジティヴに捉えられているのだが、しかしその心理的状態に至るまでには相応の時間が掛かったし、今尚BABYMETALをよく知らない人にとっては、依然としてハードルとなっているのも事実であろう。
 ユーザの受容について、そこまでの計算があったのかと言えば、それは無かったと思える。

 この曲は、Aメロ、Bメロ、Cメロ全て違う人が作っており、クレジットされている人以外の要素も恐らく多分に含まれているだろう。
 そうしたバラバラな素材をアレンジャーは見事に統合し、トラックとしては何ら不自然さもないものに仕上がっている。
 これは推定でしかないが、クレジット中にあるKxBxMETALはやはりKOBA-METALであろう。彼の中で「こういう曲を作りたい」という明確なイメージがあり、それを具現化する為に複雑なプロセスを辿ってしまったのだろうとも思う。

 おそらくは歌詞についても同様なプロセスを経ている筈で、現在の歌詞はカットアップ(ウィリアム・バロウズ的な)で出来ているだろう。それ故に生まれた「曖昧さ」という良い面の特徴もあるのだが、論理的な一貫性が無いので、全体としての強いメッセージ性は生み出せなかった。

 楽曲に限らず、こうしたプロセスで作られる商業作品は多いのだが、私の考えとして基本的に無駄が多く、作家側のモチヴェーションを下げる意味でも歓迎すべきものではないと思っている。
 この20年のハリウッド映画の質的低下は目を覆うばかりだが、その最大の原因である脚本の質的劣化は、船頭多いプロデュース体制によるものが大きい。リスク・ヘッジばかりを重視するとこういう体制になりがちとなる。
 BABYMETALの楽曲は中盤以降、信頼を得ているコンポーザー/アレンジャーに任される傾向にあり、作家固有のテイストがレパートリーのヴァリエーションとなっていく。


「君を守るから」という印象的なフレーズのお陰で、SU-METALが言う「踏み出す勇気が無い時、背中を押してくれる歌」というのが正しい解釈なのだろうと思う。

 しかしこの歌詞の主題は「いじめを見ぬふりをしていた者」なのか「いじめに荷担していた者」なのか、更には「いじめをする当事者」「いじめられていた側」なのか、フレーズ毎にもブレていていて、悪い言い方をすれば「ずるい」。
 だからとて、ある部分に相当するグループ《のみ》に向けてストレートなメッセージを歌詞にしたところで、あまりに生々しくエンターテインメントとして受容出来るものではなくなってしまう。
 完成された歌詞は、寸止めの抽象化が奇跡的に成立していると思う。どこかで聴き手が「腑に落ちる」フレーズを見出せる可能性が高い。

 しかし「イジメ(ダメ)」の韻を踏ませたであろう「キツネ(飛べ)」など、度を超した抽象化もあって、全面的には支持し難い。ただ、ずっと「イジメ(ダメ)」を繰り返すと、これはこれでただの題目化となってしまい、ならば「キツネ」の方がマシだろうとも思う。

 この曲に於けるYUIMETAL+MOAMETALの合の手を私は「ヒョウタンツギ」であると思っている。ヒョウタンツギとは手塚治虫のマンガで、唐突に出てくる子どもの落書きの様な存在だ。ストーリーのシリアス度が増してくると、マンガとして息苦しくなった手塚治虫はヒョウタンツギを唐突に描き入れて自己内のバランスをとったのだった。

 そうだとしても「Say Nothing」「ポイ捨て禁止」はどうかとも思う。


 

 とにかくライヴが素晴らしいので、そちらの印象が強くなってしまうのだが、音源に戻って聴き直すと色々発見がある。

 冒頭はサビのメロディをスキャットで歌うピアノ・バックのプレリュードがある。
 アクターズスクール広島時代の中元すず香が、好んで歌っていたであろうバラードの片鱗を聴く事が出来る。
 攻撃的なギターのイントロがあり、シャウトをした後からの歌は、ライヴとCDでは全く違っている。
 CDでのSU-METALの歌唱は、7割程度の強度で歌っているのだ。そのぐらいの強度であると、彼女の声の透明感がより鮮明に浮き上がってくる。僅かにハスキーな成分があるのは、良いヴォーカリストの在るべき資質でもあるが、SU-METALはその面で理想的な声に恵まれている。
 初見の人が「ふざけすぎてないか」と思っても、SU-METALの真摯な歌声には抵抗出来ない。それ故に「どうBABYMETALを受けとめていいのか」で混乱する。恐らくそういう人がマスではないかと思う。

 この曲の歌入れは以前にも行われていたが、発表された音源の録音は2012年後半になってのものだ。YUIMETAL+MOAMETALも歌を入れ替えたと言っているのだが、どうしても私の耳には、合の手で聞かれる声が初期というか、ユニット結成時に近い時の声に聞えてならない。
 しかし終盤のダイアローグ・パートは、確かにその時期の彼女達の声に聞えて、「大人の声になったと言われた」という証言と合致する。

 BABYMETALの楽曲としては珍しく、この曲にはDメロがある。終盤の盛り上げに向けての「いとしくて せつなくて こころ強くて/これ以上 もう君の泣き顔は見たくない」のところだ。前半は手垢のついたクリシェなのだが、「こころ強くて」以降はぐっと注意を喚起する言葉になってる。
 この箇所ばかりでなく、ベタに盛り上げるアレンジが多用される。
 台詞の部分はハーフのテンポになるが、ピアノが叙情的にメロディを奏で、その直後から2回目のギターソロに雪崩れ込む。
 折り目正しく左右のギターが2小節毎交互に弾き、最後にはハモる。この音源でギターを弾いているのはLedaで、神バンドのサウンドを先ず構築したのが彼なのだろう。

 初回限定版には、元ARCH ENEMYのクリストファー・アモット(マイケルの弟)がソロを弾いたNemesis Versionが収録されたものがある。符割がちょっとハマっていない気もするのだが、強いピッキングと抒情的なフレーズはやはり存在感があって、オリジナル盤と好対照の演奏を愉しめる。

 最後のサビは、不思議なのだが半音下げた転調をする。こういう転調をする例を私は今のところ思いつかない。普通は盛り上げる為に上げるものだ。
 しかし、最初に聴いた時は「え?」とは思ったものの違和感は無く、リード・ヴォーカルのメロディが最後には3度上に上がるので充分に盛り上がるのだ。
 これはなかなか思いつかないアレンジだと思う。


 歌詞と楽曲のアウトラインについて書いたが、このプログラムは楽曲そのものよりも、ステージ・パフォーマンスの比重が高いと個人的には思っている。

 つづく






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コメント

自分の中で何となく曖昧に感じていることを、具体的かつ明解に言語化してみせる小中氏の分析の鮮やかさには、いつも舌を巻かされます。さらに、今回のヒョウタンツギなどの比喩も極めて的確で、それによりさらに明確にニュアンスが伝わってきて、読んでいて新鮮な驚きがあります。続きも楽しみにしています。

テレビで紹介される時は大体この曲でしたね。
キャッチーではないからハードルが高く、その後の検索には繋がらない曲です。

ヒョウタンツギの比喩は秀逸でした。
まさにその瞬間、私の頭の上に電球が点灯した気分です。

自分もこの曲には違和感がありました。今もやはり多少あります。なんでイジメが題材なの?と。おっしゃるように扱い方によってはシャレにならないですから。曲がライブ映えする良い楽曲なので余計に詩が気になりますよね。

MV見たらちょっとは理解してもらえると思うのですが、HIPHOP等の大勢力にいじめられてるヘビメタというジャンルを「私たち(BM)が守るよ」、だから一緒に戦おう!と呼びかけてる、と、個人的に解釈してるので「いじめ」という言葉にのみ過剰反応してこの曲を毛嫌いするのはなんか悲しいというか寂しいというか…。

一緒に戦おうよ! に賛同です。 偏見の多いメタルというジャンル、みんなで集まってもメタルの話なんて皆無!
熱く語るなんてとんでもない話なのです。
JAZZやクラッシックは馬鹿にされないけどメタルは…
大声でメタルを語ろうよ。私達と一緒に!そう呼びかけているのだと解釈しました。
いじめダメ、かっこ悪いよ。→メタルの方が格好いいだろ。今流行ってるジャンルより。
キツネ飛べ!       →メタル好きよ立ち上がれ!
君を守るから〜。     →私達も頑張るから。
意味やコンセプトを表現するのがMVなら、解釈はこの様になるかと思います。

「いじめ」というのは、1局面に於いてはいじめる側、いじめられる側、傍観者とに分けられると思う。
しかして、舞台を変えた時、他所ではいじめられていた者が、より弱い者をいじめ、傍観者だった者が次の瞬間には、いじめられる側、いじめる側に回る場合が往々にしてあるのではないかと思う。
弱者、強者、といった、ありがちな相対的価値ではなく、「カッコ悪い」という新たな視野、価値基準を導入する事で、「いじめ」の空疎さを訴え、その連鎖、連環にターミネーションを与えるという事が、この楽曲に込められたメッセージの肝なのではないかと思う。

コメントを書きながら、初代ウルトラマンTVシリーズの「怪獣墓場」という話を思い出した。強者が即ち正義ではなく、戦いの虚しさを物語る作品として印象深い。
そして、その最強者たる筈のウルトラマンですら宇宙忍者ゼットンに倒されてしまう事を考えると、盛者必衰の理を表しているように思う。
やはり、「イジメ、カッコ悪い」であり、「可愛いは正義」というくらいがちょうど良いのではないのかな、と思います。

IDZのPVは、2つのメッセージが込められています。
ひとつは単純にイジメ撲滅。そしてもう一つはスタンド・アップ・メタルです。
私は元メタル大好き青年でしたが、グランジ・パンクが主流になっていき、
メタルはダサイ、煩いだけの音楽の烙印をおされ、虐げられてきました。
初めてこのPVを見たとき、涙が溢れ止まりませんでした。
メタルの歴史を知っていれば、このPVを制作した人はメタル愛にあふれる方が関わったのだと簡単に想像できるのです。
PVの外人メタラーがHIPHOPに苛められていますが、3名がそれを守って励ましているのがわかります。
キツネはBabymetalの世界では「メタルの神」です。つまり
キツネ飛べ=メタルよ立ち上がれ!です。
ポイ捨て禁止=メタルのCDを簡単に捨てないで!です。(パンク全盛の時代に、「メタルなんてダサイからCD捨てようぜ!」といった風潮があった)
そして、わかりやすくもPVの途中で「stand up Metal」と表示されますしね。

涙を拭いたあと、古いメタルのLPを押入れ奥から引っ張り出し聞き直して、METALの良さを再確認しつつ、昔を思い出してくれたBABYMETALのこのPVに感謝しています。

WALL OF DEATHを煽る曲なので、

サーフで飛べ!スタッフが(密かに)守るから!

女の子も参加してるんだからイジメちゃダメだよ、楽しくモッシュッシュ!

ってことだと思ってました

以前から気になっていた事を投稿させて頂きます。「イジメ」のギターソロ後のブレイクの「愛しくて、切なくて、心〜」の「こころ」の歌い方についてです。
1st「BABYMETAL」では 「ラ ラ ファ# 」 ( Aパターン) というメロディーですが
「赤い夜」では 「ラ ソ# ファ#」 (Bパターン) と歌っています。
最初は、成長とともに歌い方が変化したと思っていたのですが、聴き比べてみると、
黒い夜 A パターン
FORUM Aパターン
O2 Brixtton Bパターン
というランダムな結果になりました。どのような理由で二つのメロディーを歌い分けているのかは解りません。ちなみにMETROCKはBパターンでした。

 小中です。
>e-metalさん

 面白いご指摘ですね。
 恐らく作曲時本来のメロはBパターンで作られていた気がします。
 でもレコーディングしてみるとAパターンになっていて、それを直すよりもテイクの勢いを買った。その後のライヴでも、Bを歌おうとはしているのだけれど、Aに戻る時がある――。
 こんな感じだと個人的には現時点では思います。

>小中様
ご返答有難うございます。小中案に1票です。
もしかしたら、Bパターンで歌う時は「調子がいい」「気合いが入っている」
など体調やメンタル面が良好な状態であるバロメーターなのかもしれませんね。
sonisphereはBパターンです。

IDZの歌詞の本当の意味は、90年代以降のグランジ/オルタナ勢に一掃される前のメタル好き(しかもシャレのわかる)にしか理解できません。

80年代後半に音楽業界の頂点にいたメタルは、ニルヴァーナなどのグランジ勢の登場により、一気にダサいものとして奈落の底に落とされてしまいます。そこからへヴィメタルは長い冬の時代を迎えるのです。

しかし、一度はまったら死ぬまで抜け出せないのがメタル。人目の気になる気弱なメタルファンは隠れてメタルを聞き続けることを余儀なくされます。

何故なら「メタルが好き」と公言することにより、「趣味が悪いダサいヤツ」のレッテルが貼られてイジメられる恐れが出てきたからです。

メタル好きを誰にも言えず一人で部屋でメタルを聞いて、メロイックサイン&ヘッドバンギング&エアギターを続ける日々。こんなダサいメタルの時代がもう一度来るなんて夢にも思えない日々。自分もメタルが好きなくせにそれを隠してメタルファンを「ダサい」と傷つけて、そして嘘を付いた自分の心も傷ついて、傷だらけの日々。

そこに登場したのが救世主、BABYMETALです。

そのことを踏まえて「イジメ、ダメ、ゼッタイ」の歌詞を読むと、全く違った意味が現れます。文字通りに取ると確かにイジメを軽く扱っているように聞こえますが、それは全く違います。

メタルファンをイジメちゃダメ、カッコ悪いよ。
メタルファン同士でどうして傷つけあうの。
キツネ(=メロイックサイン=メタルファン)勇気を出して、きっと飛べるよ。
メタルファンのオッサンたちよ、苦しみも悲しみも全て解き放て、カワイイ女の子の私たちがきっと守るから。

2012年の冬にYouTubeにアップされたPVを見た時、心から爆笑しました。

そして、「すげえええええええええええ」と心から震えました。

プロデューサーのコバメタルは現在41歳。まさにメタルが一番熱かった時代にメタルにはまった世代です。

コバメタルこそメタルの救世主、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」こそ2010年代にしか有り得ない最高のメタルアンセムなのです。

ひどい周回遅れですが、最近このサイトを知って最初から読み進めています。
自分が感覚的にしか理解できなかったBABYMETALをこんな風に専門的見地から解説してもらえるのはとても面白いです。

この曲で自分が好きなフレーズは、「ポイ捨て禁止」です。これって、人生を簡単に投げ出しちゃダメだよ、空き缶とは違うんだからって意味ですよね。重い内容をさらっと伝えてしまうこの感じ、すごくありませんか?

反対に、どうしてもシックリと来ないのが「夢を見ること、それさえも持てなくて」です。
どうして、夢を見ることそれさえも出来なくて でも 夢を持つことそれさえも出来なくて でもないのか。音優先で文法無視なんですかね。

META次郎様

 鋭い指摘ですね。気づきませんでした。う~ん、例えばここでは、夢を見ること、または、夢を持つこと、のどちらか1つのことを出来ない、と言っているのではなくて、夢を見ること、と、夢を持つこと、の2つのことが出来ないと言っている、という解釈は成り立たないでしょうか? 夢を持たないと夢は見ることが出来ないので、最初の段階である"持つ"ことさえできないほど苦しんでいる、ということかな、と、META次郎のコメントを読んで思いました。

 上のコメント最後の行、「META次郎」さんに「さん」を付け忘れていました。META次郎さん、すみませんでした。

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