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2015年3月27日 (金)

『イジメ、ダメ、ゼッタイ』補遺

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 この楽曲の受け止められ方は、日本と海外では些かスタンスが異なると思う。
 日本人ならば、このタイトルは90年代以降の警視庁による覚醒剤防止キャンペーン標語の引用である事は広く知られているし、これをもじったネタには散々接してきている。
「シリアスなメッセージソングではない」というイクスキューズだ。

 ライヴ演出の項で触れなかったが、このプログラムは最初に紙芝居(スライドショー)が映写される。日本語版では、今よりも若い声のSU-METALが朗読しており、決してふざけた口調ではないものの、「人は何故、傷つけ合うの」というかなり主題を抽象化させたもので、「ロン毛のお兄さんが教えてくれた。Wall of Death!」という展開は、そもそもそれで感動させようという意図は無く、これから苛烈なパフォーマンスをする三人に、息を整えさせる意味合いが主の演出だろう。

 昨年のワールドツアーでは、映像は同じだがナレーションが英語になった。これがSU-METALによるものなのか、私には判断がつかない。そうだとしたら、随分発音は巧い。
 ただ、ワンマンのホールならばある程度は聞えても、フェスなどではナレーションの言葉を観衆はあまり聞き取れなかったと思う。随所に挿入されるネタ画像で観衆は沸き立つからだ。
 ただ――、テキストでは明確にこの楽曲のタイトルが英訳されて表示される。

「No More Bullying Forever」

 このインパクトは相当に強かったのではないか。
 Bullying は現代では強い言葉となっている。それは世界の学校のどこにでも起こっている事であり、最悪の結末を引き起こし続けている。
 Jpop Idol+ Metalという前例の無い日本のユニットが、時にファニーな歌や踊りを見せながら、しかし圧倒的なパフォーマンスをした後に、急にこの言葉を掲げたのだ。ある種のショックはあったろうと推察する。

 
 

 この歌をいじめに遭っている当事者はどう聞いたのか。
 あるネット(非2ちゃんねる)の、BABYMETALに関するニュース記事へのコメントで書かれていたものが忘れられない。要旨はこういうものだった。

「こんな歌なんて歌って貰いたくない。いじめが悪い事だなんてみんな頭では判ってる。自分はただじっと我慢して時が過ぎるのを待っているのだ」

 このコメントが何らかの象徴であるとは毛頭思わない。ただ、こういう受け止め方をする人もいるのだとは、認識しておこうと思った。

 逆にこの歌によって気分が救われたという人は多い筈だ。


 以前にも書いてきたが、日本ではメタル好き(メタラー)は、ちょっと趣味が特異な人くらいの認識で、殊更にコミュニティから排除される様な事は無いと思っている。
 しかし欧米であると、よりマイノリティに向けられた音楽であると認識され易く、メタルというだけで悪いというイメージがつく時代すらあったのだ。

 メタルヘッズは従って、自分達の音楽を神聖化しがちな傾向にもなり、BABYMETALについては今尚、その存在を認めるか否かで埋めがたい溝が存在している。
 BABYMETALを認めなかったある若いメタルヘッズの告白がRedditに投稿されると、直後に抄訳がネットで出回った。
 そのすぐ後になって、翻訳ブログの人がレスを含めて翻訳してくれたものがある。

荒らしまくってきたヘイターがBABYMETALに恋に落ちる 【海外の反応】
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 投稿者「イジメ、ダメ、ゼッタイされた」のあまりにナイーヴな告白は、ある程度は理解出来るものの、一体どこがそれ程までに彼を揺さぶったのかを私はずっと考え続けている。

 何故BABYMETALが、日本語でしか歌っていないのに、海外の人々(決して大多数ではないが)の心を動かし得たのか。
 これも本試論の、可能ならば得たいと思っている結論の一つだ。

 菊地最愛、水野由結は共に、過日の公開授業にて「BABYMETALの海外での活動で、音楽は言葉を越える事を知った」とそれぞれに述べた。
 確かに音楽だから出来た事だ。

 しかし、音楽だけでは無かったのだと、私は考えている。

 一つにはMIKIKO-METALの言語的な振り付けだ。これについてはまだ一文にするだけの考えがまとまっていないが、直感的に思っている事を記す。

 彼女の振り付けは言語的(言語 Langue そのものではなく、言語活動 Langues)であり、全てを言語として理解はされなくとも、何らかを「伝えよう」としているパフォーマーと、「判りたい」と思っている観客との間にコミュニケーションを成立させているのだ、と思っている。
 ボディ・ランゲージは地域によって捉えられ方が異なり、普遍的なものとそうでないものとの落差は大きい。しかし、早いBPMの音楽をダイナミックな身体運動で表現し、時には見たこともないモーション(Catch Me If You Canの様な)に目を見張らせられる内に、YUIMETAL+MOAMETALのめまぐるしく変わる表情、微笑んだり、困惑したり、落胆したり――、そうした豊かなエモーションの表現が伝えるものは、文化・人種を越えて普遍的なものであり、実はかなりの重要度を担っていると私には思えているのだ。
 そして、これはどんなアーティストでもそうだと思うのだが、特にさくら学院由来でもある「観客に伝える」事を最重要視している三人だからこそ、サウンド面のみではなく、パフォーマンス全体で観客にアピールする事が出来てきたのではないだろうか。

 しかし、真に理解して貰いたいコアなコンセプト、メッセージであるならば、それはやはり言葉に書かなければならない。
 紙芝居は、日本での用い方と海外とでは全く異なるツールとして機能している。


『イジメ、ダメ、ゼッタイ』の国内プロモーションに於けるモットーは「世直し」だった。
 BABYMETALの三人は昭和の少女の様なスタイリングでプロモーション活動をした。
 私はその時の報道を見た覚えが無い。
 メジャーデビュウとなったこの楽曲は、世間的に大きなリアクションを得る事は無かった。
 しかし、2回出演した「ミュージック・ステーション」では2回ともがこの曲を披露した。
 この楽曲は相当屈折した韜晦で正体が見え難くなっているが、込められた真意はまさにタイトル通りのものだと思う。

 それをストレートに受け取ったのは日本ではなく、Ijime_Dame_Zettaiedら若い欧米の観客、もしくは動画視聴者だったのは、皮肉ではある。

 しかし、CDをリリースして数ヶ月程度で忘れ去られる様な曲を、そもそもBABYMETALは作らない。しぶとくこの曲を演じ続けていけば、この楽曲のタイトルとそのマインドが浸透していくのかもしれない。それを期待したいのだ。

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コメント

旋律、歌詞、ダンス、キャラクター等、出来上がった作品(パフォーマンス)自体が本物であったからこそ、様々な要素の何かが、おそらく当初の意図を超えて幅広い受け止められ方をされているということですね。

私には、この歌が自分の好きなアイアンメイデンやハロウィン(特に初期)の楽曲を想起させることから、Babymetalに惹かれるきっかけともなった曲です。

海外のファンとの間で見えかたの差は出るが、BABYMETALほど海外のファンが情報を持っている例は過去に無いのではないかと思います。
本文に出てくる海外の反応を扱ったサイトの様に、日本側と英語圏側の双方に献身的な翻訳者がいて、トピックが出るたびに即日的に翻訳され、それに対する反応も翻訳される。
トマト君のことも、はくまーいのこともBohのツイートも共有され、同時進行で盛り上がる。
メインストリームのアーティストでもないのに。
インターネットのおかげと言えばそれまでですが、語りたくなるものなのですね。

ゆいもあのダンスを定義しネーミングするとボディーランゲージダンスになると思います
ピンクレディーの時代から(あるいはそれ以前から)日本のアイドルシーンでガラパゴス的に発展したダンスをMIKIKO-METALが昇華させ、二人が具現化した世界に誇るメッセージを伝えるダンスだと思ってます
こんなの世界にないと思います
この点ではマイケルジャクソンも世界トップのフィギィアスケーターもかなわないレベルに到達してる唯一無二のダンスだと思っています
恥ずかしながら自分は動画を見る際はいつの間にか二人を中心に見て、すぅと神バンドをBGMとして使ってる場合が多くあります
贅沢だなと思います
そしてあの歌を真正面から歌えるすぅは素晴らしい
ダサイと感じたり、ふざけてると感じたり入り口で感じるのは当然だと思いますが、それを超え、守ってくれる強さ、本気がすぅにはあります
自分はこのプログラム大好きだし、これぞBABYMETALだと思います

「韜晦」という言葉は、「究極超人あ~る」で学びました。

ミュージックステーションで披露されたのが、この楽曲であることが、同時「何故?」と問われていました。
私の中では、「本気だから?」という答が巻き起こって来ました。

さくら学院卒業後のSu-metalへのラジオインタビューで、「キツネ様の指示に従って世直し活動をするのがベビーメタル」という説明をしています。
たまたま世界的にブレークしてしまったし、あるいは冗談の様に聞こえはするけれども、ベビーメタル活動継続延長のモチベーションは、そこにこそあるかも知れないと思います。


毎回、楽しみに読ませて頂いております。
日本語で歌唱する楽曲が、どうして海外で受け入れられているのか?
と言う現象について、自分なりに答えを模索したのですが、結論から言えば「スゥメタル(中元すず香)の声質」だと、感じております。
彼女の歌声は、時には心地良く、時には度ストレートに胸に響いて来ます。
歌を聴いて涙を流した事など、今まで一度たりとも無かったので、本当に困惑してしまいます。
彼女は選ばれし神の子だと、信じて止みません。

BABYMETALをこんなにも鋭く、深く評論できるのかと感銘を受けています。
IDZは、私も気になる曲でしたので投稿させてください。

この曲の歌詞は、イジメをやめさせたいのに声を出せないでいる子供に向けた応援
として受けとめました。

冒頭、イジメられている子から「あなた」への語り。
傷ついたのは、イジメられた自分だけでなく、自分を気にかけているだけの「あなた」もなのだ。

自信なく隠れ続けた昨日までの「あなた」。その「あなた」との決別を。
イジメ、カッコわるいよ。みんな傷だらけになる。
キツネとは勇気、イジメのすべての苦しみや悲しみを「あなた」が断て。
勇気(キツネ)が「あなた」を強くする(守る)から。

二番の後半~
「もう逃げない」と決意した「あなた」。
勇気は心を強くし「あなた」は決然として「もう君の泣き顔はみたくない」と言う。
イジメ、ダメ。その苦しみや悲しみを「あなた」が断て。
キツネ飛べ!勇気を出せ!きっと飛べる!

と勝手テキトー解釈をしました。私の願望込みです。
中学生の頃、いじめに遭い「お葬式ごっこ」で「死んだ」のですが、40代になっても元気で生きております。文中の子供が耐えぬいてくれることを祈ります。

この歌がイジメられている子供を励まし救うとは思いません。それはたぶん無理です。しかし、イジメはダメだと社会が宣言し続けることは必要だと思います。その一環としての意義は十分にあると思います。

この歌詞と共に、勇気を奮い立たせてくれる曲調と、決然としたSUちゃんの歌い方に、私なりに製作者の真剣な思いを感じています。奮い立て、勇気!って感じです(笑)

いつも拝見させていただいてます

BABYMETALの歌詞は万華鏡のようですね
IDZも自分、友達、親、傍観者、社会、相手
いろいろな角度に向けてるように感じます

でも、ふとした瞬間に
ただのメタルに向けた悪ふざけな応援歌だと我に返るんです(笑

英語のナレーションですが、ファンカムで聞いたときには「ネイティブでは無いけれど聞き取りやすい英語」と言う印象でした。
WOWOWのクリアな音で聞いても同じだったのですが、「流暢な英語と言うよりは正確に発音しようとしている」「どこかで聞いたことのある声」という印象を強く持ちました。

で、「あ、SU-METALだ」と思い、何度か聞き直しているうちにSU-METALの声にしか聞こえなくなったという次第です。
どこかで見た日本語の歌詞も正確に発音するようにしているという話やド・キ・ド・キ☆モーニングの冒頭の早口も最初は口が回らなくて大変だったというヘドバンの記事もあり、思い込みかもしれませんが、先生の発音を真似してだいぶ練習したSU-METALかなと思っています。

やはりこの曲には色々な意見が出てきますね。
詩という制約のある表現形式、さらに楽曲という縛りがある歌詞の場合、明確なメッセージソングでもない限り、聴き手が歌詞の行間を補う必要があります。
この曲の歌詞は語りかける対象が曖昧というか場面によって異なり、そのことが聴き手に混乱やいらだちを覚えさせます。結果、各人の経験や性向により去来する心象に大きな差異が生まれ、通常の曲であれば共感が生まれるところ、逆に意見が交錯するということになるのでしょう。
やはりこの曲は問題作ですね。自分は今後もこの曲に違和感を持ち続けることになるのでしょう。
その点洋楽はある意味気楽ですね。歌詞がわからないことが多いので曲中心で聴きますから。もっとも歌詞がわかったとき、例えばボヘミアン・ラプソディが人殺しをした若者のことを歌っていると知った時等、改めてびっくりすることになるのですが。

IDZ考、1、2、補遺と、何回も拝見しました!
BABYMETALの成功は、ものづくりの観点からすると日本人が得意とする高品質のチームワーク、高品質のアッセンブリが生きているのかなとも思います。
さらにBABYMETAL3人の貪欲なまでの成長が、YUI-METALのジャンプ&180度ひねり着地に表れてますね。
こうしたコンビネーションの弱点として、日本企業が陥りやすいのは「船頭多くして船山に登る」ですが、BABYMETALの場合、KOBA-METALというプロデューサーに任された、もしくは初期段階は小さいプロジェクトで勝手に出来たということが功を奏したのかなと思います。

I.D.Zについてはまるでミュージカルを見ているみたいです。
Dメロまであり、最後のサビは半音下がって一旦落ち着き、最後にSU-METALの伸びやかなハイトーンで締めくくるという、LIVEでは6分を超える大作。
そこにMOA-METALとYUI-METALのまさに命を削るようなダンスパフォーマンスが展開されるわけですから、まさにBABYMETALの代表曲ですよね。
この曲をTV出演するときに選択するのは、大幅にショートバージョンで披露されることを考えると、甚だ疑問なんですが、ここは代表曲としての思い入れがあるんでしょうか。
私はギミチョコ!などにした方が良いのでは?と思うのですが。

↑でも書きましたがミュージックステーションで、2回ともIDZを披露したのは、やはり必然性が有ったと考えのが妥当でしょう。
特に12月出演時には新曲であるR.O.Rも完成していたわけだし、受けだけを狙うのなら2014年中に視聴回数2000万回を数えたギミチョコを披露するべきでしょう。
そこでIDZを敢えてやる。それがBABYMETALのスタンスなのでしょう。

タイトルやら合いの手やらに
冗談っぽい感じはあるものの
曲も詞も完全にマジでしょ

何しろ唄ってるSUの辞書には
冗談の文字はありませんよ
・・・多分落丁ですけどw

ベビメタの存在を知ってまだ半年ほどの親父です。同じくファンカムの動画のみを中心にハマってるだけのにわかファンなのですが。一緒に語って盛り上がれる相手がなかなかおらず、欲求不満が募る毎日ですが、楽しく読ませて貰えるブログを見つけて喜んでいます。実に「語るに足る」ものを多く持っているバンドですよね。

IDZにはイジメを取り巻く様々な立場からのメッセージを読み取ることが出来ますが、それら全ての根底にある「弱さ」への決別を歌ったものだと理解しています。

初期の重音部の頃からの曲であったこともあり、まだ幼く体力的にも余裕のなかったユイモアに対し、スーメタルが「君を守る」という歌詞に2人へのエールを込めて歌っているというインタビューを観ましたが、3人のステージにかける思いや情熱が伝わってくるプログラムだと思います。

「世直し」だとか茶化したような合いの手は、作り手側のやや不謹慎な遊び心からだとは思いますが、3人の少女はその思惑を超えてこの曲に己の弱さと闘う自分達の想いを込め、見事なエンタテインメントへと昇華させました。

それはまさに、BABYMETALというプロジェクト全てに共通しており、重音部も「世界征服」も海外武者修行も、彼女達にそれを支持した側が想定も出来なかったまでの現象を3人は現実にしてきたのです。

3人のうち誰か一人でも別のメンバーがチョイスされていたら全く展開は違っていたでしょう。

さくら学院にこの3人がいたこと。それ自体が奇跡の始まりでした。

キツネ様によって見出された選ばれし3人が、今後どのような奇跡を見せてくれるのか。リアルタイムでその行く末を見守る幸せを一日でも長く味わっていたいと切に願っています。

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