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2015年3月14日 (土)

『ヘドバンギャー!!』余話

 論考ではなく、関連して思った由無し事など。

† マイクスタンドとコール&レスポンス
 このプログラムでのみ、SU-METALはマイクスタンドを装着して歌う。脚部が無い上半分だけのものだ。彼女が持つスタンドは様々にデコられていて、映像ではとても効果的なアクセントになっている。
 YUIMETAL+MOAMETAL聖誕祭では、このマイクスタンドを受け渡す「儀式」の演出があり、粗いファンカム動画を見ていても鳥肌が立った。

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 半分のマイクスタンドで想起するのはやはりフレディ・マーキュリーだ。
 ライヴエイドで奇跡的に復活して以降のクィーンは、それは格好良かった。
 ウェンブリーでのライヴで、彼はあまりの観客の多さと熱気に気分を良くし、「バナナ・ボート」の一節を観客に歌わせる。
 それまでロックのミュージシャンには、コール&レスポンスの様な観客とのコミュニケーションは避けられていた。「バナナ・ボート」はハリー・ベラフォンテという一世を風靡したエンターテイナーの持ち歌だった。コール&レスポンスはソウル・ミュージック、R&Bのコンサートで試みられるもので、ロック・ミュージシャンは観客に媚びる事を忌避していたのだ。
 しかしそうした価値観を無視したのがフレディだった。

 観客と一緒に歌うというシンガロングも、昔はフォークソング・シンガーのコンサートなら許されても、ロックでは有り得ないものだった。例外的にThe Beatles 及びジョン・レノンのソロ活動ではあったのだが、ロックの基本姿勢はマッチョであり、「一緒に歌う」というカルチャーは無かった。

 しかし時代は変わった。
 BABYMETALの「Road To Resistance」は、シンガロングが好きな海外の観客を意識して作られた曲だが、実のところ、歌わせるパートをわざわざアレンジに組み込む必要は無かった気もしている。
 海外のライヴ観客は、Deep Purpleの "Black Night" のギターリフですら歌っているのだ(前に触れたJon Lordメモリアル・ライヴでの事)。彼らは何でも歌いたかったなら歌ってしまう。
 Brixtonでのライヴで、2階席の観客が「ギミチョコ!!」のシンセのフレーズをきっちり歌っていたのには苦笑してしまった事も思い出す。

「Road To Resistance」については、今度のSSAライヴの放送を見た上で、改めて考えようと思う。

† 失神パフォーマンス
『ヘドバンギャー!!』ライヴ演出での、銅鑼叩きについては論考でも触れたが、ライヴの最中にアーティストが失神するというパフォーマンスは何もX Japanの専売ではない。
 1960年代に日本を席巻したGS(Group Sounds)ブームでは、まず観客である熱狂的な若い女性がバタバタと倒れたが、ステージでも歌い終えたシンガーがよく失神したものだった。

 しかしこと「様式」として見るなら、やはりファンクの帝王、ジェームズ・ブラウンのステージングが最高峰である。
 それこそエネルギーの塊の様な、汗臭くキレのあるダンスをしつつ熱唱したJBは、最後の曲になると力尽きて身を屈めてしまう。するとMCがすかさずガウンを掛ける為に駆け寄る。そのまま力なく舞台袖にゆっくりと向かうのだが――、おもむろにガウンを脱ぐや、再びエネルギッシュに歌う。これが数回繰り返される。毎回だ。もう何十年もそれを続けた。様式とはそれ程までに高めるべきものなのだ。

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コメント

マイクスタンド演出とクィーンの関連性、興味深く読みました。なるほど、クィーンの楽曲にはレディオ・ガガや we will rock you などコール&レスポンスで盛り上がる名曲が多数。おじさんの知らないバンギャの生態を若い娘の知らないクィーンやXのオマージュを散りばめた演出で歌わせるKoba …「わかるやつだけわかれば良い」という所でしょうかw

RoRは自分の中で取り扱いに困っている曲です。違和感有りまくり。レスを読んでいるとメタラーの方たちからは本格的なメタルの楽曲として評価が高いようです。ただ、BABYMETALが私自身も含め、これだけ多くの人に受け入れられ、さらに広く受け入れられる可能性があるのは、これまでなかった可愛いメタル、楽しいメタルという全く新しいジャンルを切り開いたからこそと思います。メタルに基盤を置きつつも完全なメタルになってほしくないし、それではBABYMETALの存在意義が無い。ボーカル、ダンス、合いの手が売りのBABYMETALにギターメインのDragonForce的な楽曲というのがそもそも無理があったのではないでしょうか。3人が借りてきた猫にしか見えない。MIKIKO氏の振り付けもこの楽曲に関しては全く映えていないように思います。というか、この楽曲で効果的な振り付けを求めるのがそもそも無理と思いました。
もう1曲の”あわあわ”も正直これまでのクオリティに達していないように思えます。今回の放送から外されたのは、更に作りこみをするためか、あるいは最悪お蔵入りなのではと思っています。
なんかBABYMETALをディスってるように思われるかもしれませんが、ファンとして新曲2曲にとても危機感を持っているのであえて書きました。自分の考えが杞憂であること、間違っていることを願っています。

フレディー・マーキュリーは魅せるパフォーマンスで稀有な存在でした。病で若くして倒れたのが、いまでも残念です。マイク・パフォーマンスでは、個人的にはデヴィッド・カヴァーディールやジョン・ボンジョヴィなども好きでした。

RoRは確かに他の楽曲とはやや趣を異にしていますが、世界戦略上は有効だとは思います。日本での過去2回の生RoRも会場で経験していますが、家で観るよりは何故か会場ではるかに盛り上がる曲です。泡玉フィーバーは個人的にどことなく勝手にハクション大魔王を連想してしまいますが、私はすごく乗りやすく結構気に入っています。RoRと正反対でアニメチックで短い曲なので2曲でバランスを取ったのかもしれないと感じています。

1979年SCORPIONS東京テープというライブ盤に荒城の月の大合唱が入っています。2月に同じ中野サンプラザで当時のギタリストのジョンロートでまたやりました。80年代のメタルのライブは嫌というほど経験してますが、コール&レスポンス・シンガロングは日本でも有りでしたよ。
Road of Resistanceは欧米のフェスでのシンガロング用に準備したと思う。実際の昨年の海外ツアーでいっしょに歌える曲というものの価値を痛感したと思う。
日本の客とのシンガロングしたいというのもあるかも。
国内ではシングルカットしていないこと考えると、これで売ろうとは思ってない次シングルありうるのはアワアワかも。

最初にこのPVを見た日はあまりに禍々しい映像に気味が悪くなり観るのを諦めた記憶がある
題名から変だと思っていたが空中から聖なる箱を虚ろな顔した少女が受け取る場面に至って「なんだこりゃオウムじゃないか!」と舌打ちして切ってしまった
直感的に観る側に不気味なカルト臭を感じさせる演出はコバメタル固有の毒なのだが最後まで観る気力はなかった
タイトルも「ヘッドギヤ」に掛けていると今でも思ってる
記憶が確かならば麻原が逮捕された当時の長女の年齢は15だったはず

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