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2015年4月

2015年4月29日 (水)

『ギミチョコ!!』考 3

Gimisoni

 前回のコメントで「あたたたー」の振付けは、YUIMETALとMOAMETALはSU-METALの「虫歯」を演じているのだ、という解釈した人がいると教えられ、そう思って見直すと、もうそうとしか見えなくなってきて困った。
「どっきゅん」「ずっきゅん」は間違いなく何らかのインパクトを表わすものであるし、彼女達の振付けは、マンガ的な比喩での虫歯の表現だという解釈に無理はない。
 MIKIKO-METALがそういう「ネタ」を演じさせたという事も蓋然性がある。

 

 しかし私は、「あたたたたー」パートはYUIMETALとMOAMETALによる「自由演技」として設定されたのではないか、と思ってきた。勿論、最終的には演出が施されてはいる筈であるが。
「あたたたー」パートのSU-METALは、全く動かない。いや、段々独自に表情を出す様になってはいくのだが、当初は不機嫌そうな顔をして佇立しているだけなのだ。
 もし「虫歯」であるなら、「痛い」というリアクションがあって然るべきだと思う。
 という事で、「虫歯」説を否定するのではなく私の読んだ解釈を検討してみよう。


『ギミチョコ!!』の振付けはBABYMETALの「凄さ」「可愛さ」「ダイナミックさ」「繊細さ」といった多様な側面を凝縮させたものだ。
 何のかんのと言っても、私がこれまで最も見返した動画はこのMVであったし、今見直しても未だに愉しめる。
 2010年から始まったBABYMETALが、実際の年月以上に成長したパフォーマンスを明快に誇示するプログラムだと思う。

 タイトルからして、Perfume『チョコレイト・ディスコ』との連続性を思う人は多かったのではないだろうか。『ディスコ』の終盤、ホイップ・クリームを作る仕種が、『ギミチョコ!!』のチョコレートを食べて満悦する表現とリンクしているとも言える。

 チョコレートの箱と思しき四角を指で作る仕種は、『いいね!』(私はこれをスマホ自撮りの隠喩かもしれないという説を述べた)と同一(モーションは全く異なる)であるが、これもPerfumeのプログラムに前例がある。

 こうした過去の自身の振付けから引用していく手法は、個人的にはとても共感する。私は全く異なる作品でも、登場人物の名前を共有させる事をずっと行ってきた。作品はそれぞれ別であっても、書いている本人には連続性が見出せてしまう。そうする事の方が「自然」なのだ。

 MIKIKO-METALの場合は、歌の歌詞を振付けで表現しようという意識が強く、結果として振付けが言語活動的であると幾度も述べた。
 しかし、では逐次的に歌詞の言葉を手話の様に転換しているのかと言えば、全く違う。
 MIKIKO-METALの振付けは、歌詞で歌われている物語の上に、新たなレイヤーを重ね、歌詞の物語を時にはより具体的に、時には対位法的にヴィジュアルで語ろうとしているのだと考える。
 MIKIKO-METALの振付けは言わばメタ・ストーリーなのだ。


『ギミチョコ!!』の振付けには、過去にはない特徴がある、と私は密かに思っている。決して大きなものではないし、意図的ではない可能性も高い。
 それは、YUIMETALとMOAMETALが異なる表情をしているところがあるという点だ。
 振付け自体はシンメトリなのだが、YUIMETALが無表情でいる時、MOAMETALはニマニマと微笑んでいる時があるのだ。

 ファンにはよく知られた事だが、昨年夏のSonispherフェスでの事。『BABYMETAL DEATH』でショウは始まるのだが、三人が位置についた後、MOAMETALは何故か一人だけ動作を始めなかった。気にしたYUIMETAL、次いでSU-METALがMOAMETALを見ると――、遅れて動作を始める。その後は問題なくパフォーマンスをした――、様に見えた。

 後にさくら学院ブログでMOAMETAL自身が明かしたところでは、ショウ開始時、イヤー・モニタに音が来ていなかったのだという。イヤー・モニタは、ステージ上の爆音から耳を護る意味もあり遮音性が高い。辛うじて聞えるドラムの生音だけを聴きながらMOAMETALは『BABYMETAL DEATH』をやりきったのだ。
 それを知った誰もが驚き、それであのパフォーマンスをしたのかと畏敬の念を抱かない者はいなかった。

 2曲目が『ギミチョコ!!』で、冒頭の曲入り直前、MOAMETALは一人だけ「ニヤ」と不敵な笑みを見せる。
 これは「ちゃんとイヤー・モニタが生きていてカウントが聞こえた」という笑みだとずっと解釈していたのだが、そうではない気がしてきた。
 MVでも、イントロ部ではMOAMETALの笑みのアップがインサートされている。
 これは意図的なものだと考えた方が自然だ。

 BABYMETALの三人の基本的なフォーメーションは、SU-METALが本神であるならYUIMETALとMOAMETALは左右の神使。阿吽であり、狛犬ならぬ狛狐。しかし基本的には三位一体である。
 YUIMETALとMOAMETALは基本的にシンメトリを形成するが、時間差のモーションも多い。
 ソロ的なパートは交互に行う。
 しかし、左右が全く違う場面というのは殆ど無かった。

 SU-METALと二人の関係は、基本的にはSU-METALと同一の情動で表現されるが、『君とアニメが見たい』がそうである様にSU-METALと対立するプログラムもある。
 1曲の中でも役割がシフトする場面が多々あって、なかなか一貫性を見出し難いのであるが、しかし振付けが「語りかけて」くるのだ。どうしたって「読みたい」という気持ちになる。

 と言うことで『ギミチョコ!!』を読解していこうと思ったのだが、ここまで書いて疲れてしまった。続きはまた次回……。

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「C!O!I!チョコレート」について、前回のコメントでさくら学院の楽曲に同じ言い回しがあると教えて戴いた。
 2013年10月発売「顔笑れ!!」通常盤のカップリング曲『Pumpkin Party Parade』(作詞/曲 本田光史郎)というミュージカル風ハロウィーン・ソング(構造はMichael Jackson "Thriller"を元にしている)の歌詞に、確かにあった。不勉強であった。
 尚、「Check It Out! Chocolate!」は全くハロウィーンの定型文ではない。この曲独自の和製英語だ。

 確かに『ギミチョコ!!』とプロダクション時期が近い。
 BABYMETALの楽曲はプロダクション期間が長いので、どちらが先なのかは判別し難いのだが、『ギミチョコ!!』が後だと考えた方が自然だと思う。
 これは全くの想像だが、『ギミチョコ!!』の歌詞は歌入れ時まで(例によって)フィックスされておらず、その場で考えられたフレーズがあったかもしれない。
 その時、さくら学院の曲でこういうフレーズがあると、YUIMETAL辺りが提言したのかもしれない。さくら学院原理主義的に考えればそういう事になる。

 これもまた、BABYMETALに於ける「さくら由来」の一つかもしれない。

2015年4月27日 (月)

『ギミチョコ!!』考 2

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 昨今のアイドル楽曲のBPM動向に疎かったのでちょっと調べてみようとしたら、ちゃんと専門の人が書いていた。

2010年代のJ-POPのテンポが「高速化」してるという話

 やはり打ち込み系であるとBPMは「より速く」という傾向はある様だ。

 一般的なダンス・ミュージックのテンポはBPM(Beats Per Minute/1分中の拍数)115から130。人が歩くテンポが心地よく踊れるテンポとされる。
 Perfumeを手掛ける中田ヤスタカはBPM 128に設定する事が多く、しかしその数値自体にはロジカルな根拠は無いと述べている。(128というコンピュータ系では親和性のある数値に意味を見出している)

 BABYMETAL楽曲(『No Rain, No Rainbow』は除く)のBPMでは『おねだり大作戦』が最も遅く、概ねBPM 120。ダンス・ビートが骨格なので当然そうなる。
 それ以外は基本的に速めなのだが、ブレイク・ダウンするアレンジがあったり、『BABYMETAL DEATH』の様にドラスティックにテンポ・チェンジを繰り返す曲もあれば、『ヘドバンギャー!!』の様にパート毎2~3程度BPMを変えているものもあって多彩だ。BABYMETALの楽曲集を飽きずに長く聴く事が出来る理由の一つでもあろう。

『イジメ、ダメ、ゼッタイ』はスピード・メタルなので相当に速いかと言うと、大体BPM 160。まあキックがブラストビートになるところは、ドラムだけBPM 320となっていると思えなくもないのだが。

『ギミチョコ!!』のBPMは220。120から比べるとべらぼうに速い事になるのだが、実感としてそんなにせわしない印象は無い。
 しかしライヴをやる度に「あれ? テンポ上げた?」と錯覚する人もいる。
 音源のミックスは、あまりハイハットを立てず、1拍毎にタンタンと乾いたスネアを立てていて、ギターもシンコペーションを交えてグルーヴを出しているので、直線的な速さを感じさせずにリスナーをノリに引き込む。
 当然このノリを推進しているのは、エッジを丸めた太いベースのラインである。

 BABYMETALがライヴで披露しながら、未だ音源が発表されていない曲は数曲あるのだが、過日の黒ミサでも披露された楽曲(『Bubble Dreamer』とも『あわあわフィーバー』とも言われる)は、TAKESHI UEDAによる2曲目のBABYMETAL曲だと目されている。
 あまり大きな声では言えない事だがブート音源を聴く限り、確かにTHE MAD CAPSULE MARKETSゆずりのインダストリアル的ギターリフ・パートと、フレンチ・ポップスの様なコーラス部が交錯する作風が『ギミチョコ!!』と通底する。

 Brutalなメタル部と、Kawaiiなポップの共存させる方程式は、現時点ではTAKESHI UEDAのアプローチが最も判り易い表現として掴んでいるのではないかと思う。

 
 
 

 さて、歌詞と歌唱についてなのだが、言うまでも無くこの楽曲の歌詞に深読みは不可能である。ストレートに受け取るしかない。
 チョコレートが、麻薬の隠語の一つにある事から、欧米では際どい歌詞なのかと邪推する向きもあったが、隠語など何でも有り得るものなのだ。

 しかし、チョコレート自体には確かに習慣性、中毒性が皆無ではない。
 かく言う私自身は酒は飲まず、取り立てて甘い物好きではないのだけれど、チョコレートはほぼ毎日口にする。
「脳が糖分を欲している」という理解をしていて(脳の栄養源は糖質)、しかしその欲求に抑制なく食べ過ぎてしまえば、当然無様な事になってしまう。
 ティーンの女の子だけの悩みではない。

 
 

 私はこれまで『おねだり大作戦』を例外として、BABYMETAL楽曲の歌詞の多くに「当事者感を損なう大人の視点」の問題を指摘してきた。
 しかしアルバム楽曲以降にはそうした不満が無い。
『ギミチョコ!!』の歌詞には様々な工夫があって、引いた視点は無くリアルだ。
 女の子の日常の中では、それほど重要ではないテーマではあり、しかしそれが切迫する瞬間というのも間違いなくあって、そこを巧く切り出した歌詞になっていると思う。
 とは言え、それはBメロの部分のみに限るのだが。

 先ずは「あたたたたー」である。
 一体仮歌にはどういうものが入っていたのか知りたいものだ。
 このパートの役割は振付けと不可分なので後に送るが、音源のYUIMETALとMOAMETALの発声が何度聴き返しても飽きずに楽しめるのは不思議だ。

 二人はこのパートを、相当に楽しみながら録音したのだろう。
 特に1回目のテンションは高く、「やだやだやだ」からはほぼ笑い声になっている。
 しかし「Never」の伸ばしでは「h」音を無意識に出して(二人とも)音楽的だ。
 かつての「電波ソング」は聴き手を苛立たせる様な歌が多いという印象があったが、YUIMETAL+MOAMETALは決してそんな発声はしない。

 こういう「本当に楽しんでいる」感じの録音は、何回もテイクを重ねてしまうと新鮮さが失われて技巧的なものになってしまう。
 恐らくこの録音も僅かなテストで録音されたものだと思う。

 2回目になると1回目より少しテンションは落ちるが、今度は後発のYUIMETALが相当突っ込み気味、というより完全に突っ込んでいる。
 ダンスではあれほどジャストなタイム感を見せるYUIMETALなのに。
 これを補正する事も不可能ではなかったと思うが(二人同じマイクだったら無理)、そのまま収録されている。
 ディレクターが「ゆいちゃんまじゆ・・・」と思ったのかは判らない。

 MOAMETALは毎回微妙に音の高低や調子を変えており、これもライヴ感、リアル感を生んでいる。ソロになるとMOAMETALは途端に自由になる。『おねだり大作戦』の「おいしいもの」と「だーい好き」の間には絶妙なタメを作る。

 しばしばBABYMETALはまだよく知らない層には「作られた」「やらされている」感というものが見えない壁となってきた。
 私自身、昨年の12月まではそういう感覚を抱いていたのだ。
 しかし、そうした「予断」を払い軍門に降ってみると、BABYMETALの本質は、三人のポテンシャルありきのプロジェクトであって、勿論そこにはプレゼンテーションという大人の演出はあっても、パフォーマンス自体は全く「やらされている」ものではなく、彼女達自身が引き寄せているものだという事が判るのだ。

『ギミチョコ!!』トラックでの歌唱パフォーマンスは、こうした事実を端的にリスナーに伝えるものになっていると思う。

 確かに、「あたたたたー」といきなり来られたら、「そっ閉じ」する人も多い。
 しかし、他の動画を一通り見てから再度『ギミチョコ!!』に触れると、BABYMETALという存在の持つユニークなエンタテインメント性が見事に結晶化したプログラムだと認識する。このプログラムの意味合いはそういうものだったと思っている。


 Bメロの歌であるが、猫の目の様に態度が変わり、「いいよね?」「なんです」「よこせ」と一貫しておらず、そこがリアルだ。
 チョコレートに限るものではなく、女の子の「その時に思っている心象」は気まぐれに変わる。しかし根底にあるのは「チョコレート大好き、食べたい」なので何ら矛盾は無い。
 自分がそれを食べる事の正当性をあれこれと検討しているだけなのだ。

 珍しくこの歌詞は、音韻重視の言葉選択が行われている。
「チョコレート」の「ちょ」が「ちょっと」(『ド・キ・ド・キ☆モーニング』との相関も感じさせる)。「Weight」と「Wait」、「だけど」「でもね」「だから」で前段をチャラにしていく話法など。

 その中でも問題なのは冒頭「C!I!O!」である。
 実際に歌っているのは「チェケラ」(=Check it out.)で、二昔前のギャル語(日本語では)。
 本来の意味であるなら、センテンスの最後につけるべき「チェックしてみてね!」なので、これが頭に来る事自体が異常だ。

 昨年のワールドツアーではこのプログラムでCall & Responseが設定された。ギターソロの後、SU-METALは観客に歌わせる。
 ロンドンのワンマンではちゃんと歌う人もいた様だが、Sonisphereといった、BABYMETALをよく知らない観客が多い会場では、冒頭の「チェケラ」がよく判らず、全部「チョチョチョチョコレート」と歌っていた。
 SU-METALの発音が決して悪い訳ではない(そもそも英語として歌っていない)が、冒頭につく言葉として有り得ないので、観客は戸惑ったのだと思う。

 当然ながらこの言葉も「ちょ」発音の変化形として選ばれた言葉であり、意味など持たないのだという事も、今の海外のファンには周知されてきていると思う。

 過日の女性限定「赤ミサ」で、この曲のCall & Responseはとても綺麗な響きだっただろう。SU-METALの音域を男性が歌うのは難しいのだが、女性ならば無理なく聲を揃えられる。映像は無理でも、是非CD(公式ブートレグ的に)を発売して欲しいと心から願う。


 本稿で言うところのCメロは、恐らく仮歌に入っていたハナモゲラなフレーズが、もうこのままでいいと録音されたのだと想像している。

「Too too late! Too too late!
 Too too P!P!P! (Please! Please! Please!) Come on!」

 Pleaseではなく完全に「P」と発音しており、「Come on」は「来いや」というのとは逆に、唇もトーンも絞って、「コモン」に近い。これが実に味わい深い。



 

 ところで、私は2013年までのステージで展開された「紙芝居」のストーリー設定(Metal Resistance第1章など)について、あくまでその夜のショウとしての筋立てだと捉えており、あまり重視しないで論考しているのだが、過日の「黒ミサ」の演出の中で、ぬるい白塗りをした観客(Tシャツも規程のものではなくA-KIBAという紙芝居内に於ける“悪の組織”名)が舞台に上げられ、BOHに「イジメ、ダメ」と顔に大書されるという一幕があったという。ファンクラブ限定イベントだからかもしれないが、案外と紙芝居設定は未だ連続性を維持しているのかもしれない。

 紙芝居でシアトリカルに見せていた時代と武道館以降との差異については、この考察が興味深かった。


 紙芝居では「チェケラッチョコ」というアイテムが登場する。A-KIBAによって洗脳されたYUIMETALとMOAMETALが、SU-METALを誘惑する為に食べさせたという禁断の甘味だ。
『ギミチョコ!!』が初披露されたのは2013年12月のLEGEND "1997" Su-METAL聖誕祭だったが、それ以前のステージでも「チェケラッチョコ」という存在は紙芝居に登場していたのだろうか。


 つづく







2015年4月25日 (土)

切通理作さんとのトークイベント

 BABYMETALファンクラブ THE ONE 限定ライヴ、「黒ミサ」「赤ミサ」が終わった。

 女性限定の赤ミサは、Twitterに画像が続々とライヴ前に上がっていたのだが、かなり若い女性が多かった様だ。
 赤ミサは、応募者は一人の「生け贄」という同伴者を許されていたのだが、「絶対行きたい」コアなファンと、「行ってみたいかも」なライト・ファンを結びつける狙いがあったのかもしれない。
 1000人強の観客のショウではあっても、BABYMETALが女性ファン層を広げていく契機になる事が期待されているのだろう。

 BABYMETALの三人も神バンドもすこぶる好調だった様で、これで世界へ向かう準備が整った。


 それにしても、日本の音楽ジャーナリズムは不甲斐ない。
 何故、BABYMETALの世界発売が北米と欧州で異なるディストリビュータになったのか(かつ日本国内はトイズが維持する)、そこに疑問も抱かないのだろうか。
「そうするしかなかった」のか、「戦略としてそうした」のか。
 これは色々な憶測が出来るのだけれど、もし積極的にこの態勢を望んだのなら、それが許された事には大きな意味を持つ気がするのだが。

 過日WOWOWで、ジャズの名門Blue Noteレーベルと、現社長、ドン・ウォズ(Was Not Was)を追ったドキュメンタリが放送された。
 ファンク・バンドをやりながら、プロデューサーとして活躍してきたウォズは、ひょんな事からBlue Noteの経営を任される。彼はこういう事を言っていた。

「レコード会社はずっと敵だと思っていた。何度も煮え湯を飲まされてきたし(黒人と白人の混合バンドはやめろと幾度も強いられていた)。しかしBlue Noteとなれば話は別だ」

 Blue Noteの事はさておいて、彼の様な大物ミュージシャンであっても、商業音楽市場を支配してきたレコード会社にはそうした感情を抱くのか、というのが最も印象的な事だった。

 何も確かな事は判らないが、少なくともBABYMETALは海外でのサーキット遠征のみならず、音源販売もオール・コントロールを得た様に見える。
 もしかしたら、静かなるMetal Resistanceが一歩進んだのかもしれない。





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 切通理作さんと、トークショウを行う事になった。
 私が『光を継ぐために ウルトラマンティガ』を出版した翌月、切通さんの『少年宇宙人 平成ウルトラマン監督・原田昌樹と映像の職人たち』が出版された。表紙はウルトラマンダイナである。
 『ティガ』と『ダイナ』が表紙の本が連続して、異なる版元から出版されるという奇禍はそうそうある事ではなく、じゃあトークショウをやりましょうという事になった。

「もっと高く!
『少年宇宙人 平成ウルトラマン監督・原田昌樹と映像の職人たち』(二見書房)
× 『光を継ぐために ウルトラマンティガ』(洋泉社)刊行記念トークセッション」

ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2015年05月22日(金)19:30 ~
フェア・イベント一覧
開催店舗ページへ

切通 理作(批評家)
小中 千昭(特殊脚本家・作家)

 詳細はこちらに。

2015年4月22日 (水)

2014 Live in London Trailer

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 という事でBABYMETAL 2015 World Tourの先駆けとなる、黒ミサ、赤ミサの前日となってしまった。
 プログラム批評をそれまでに書き終えられず痛恨である。

 前日になって、五月に発売となる昨年のツアーを収録した映像ソフトのトレイラーが公開となった。
『BABYMETAL DEATH』で幕が落とされた直後、YUIMETALはThe Forumに二階までぎっしり詰めかけた観客が全員手を振っている様を見て驚いた顔をしていた。こうしたカットが大切に編集されている事が判る。
 同じプログラムを見せるショウであっても、BABYMETALにとって一夜のライヴはその夜限りのガチな真剣勝負。そうしたドキュメンタリ性が記録されている事を期待出来る。


 明日の黒ミサは、コープス・メイク必須というイベントだが、撮影される事が事前に告知された様だ。
 昨今はプライヴァシーの問題から、ライヴの観客にはボカシを入れる映像もある。味気ないと言えばそうなのだが、顔認証技術が整備されつつある現代では致し方ない事かもしれない。
 しかし観客が白塗りしていれば、何ら遠慮する事無く客席にキャメラを向けられる。
 これは相当にしたたかな戦略だと思った。


 

 ちょっと身辺がバタバタしており、プログラム批評の更新はペースが落ちます。

2015年4月21日 (火)

『ギミチョコ!!』考 1


Release: 2014/02/26 1st. Album
Credits: 作詞:MK-METAL・KxBxMETAL 作曲:TAKESHI UEDA

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 おそらくはこのプログラムも曲先行で作られたと思われる。先ずは曲トラックから検討したい。

 その前に、『ギミチョコ!!』については昨年早い時期に、宇都宮泰さんという音楽家・放射線技術啓蒙家の方がTwitterで考察をされており、広く読まれた。私も暮に読んでいる。
 書かれている事に全て首肯してはいないのだが、先にそうした検討をされた事には敬意を表したいと思う。このまとめが判り易く読める。
 宇都宮氏は先ずMVから入って音源を評価し、その後にファンカムのライヴ映像を見るという経緯で書かれていたが、その後ステージでは生歌である事に率直に驚かれて「70年代のロックバンドか」と漏らされていたのが印象的だった。

 若者ではない世代がBABYMETALを好きになる契機は様々あれど、BABYMETALのやっている事に驚き、本気で好きになる理由の本質はやはり、「生でやっている」事なのだと思う。
 アイドルが生歌で歌う事自体は、今や例外的にはなってはいてもずっとないものではなかった。単に生であるという事ばかりでもない様だ。これについては試論のまとめで再度考えたい。



 シングルの為ではなく、アルバムの為に制作された楽曲だ。
『ギミチョコ!!』はある面で、デビュウ曲『ド・キ・ド・キ☆モーニング』での取り組み方に再度挑んだものだと思う。
 というよりも、「アイドルとメタルの融合」を改めて再定義し直したと考える。その理由は大きく3つ。

¶ヴォーカルは等身大のアイドル歌唱
¶手加減しないメタル・サウンド
¶脱構築的曲構成

 これらが共通項として考えられ、更に『ド・キ・ド・キ☆モーニング』ではあまり大きくフィーチュア出来なかった、Screaming=合の手を今回は最大限に導入する。
 そんなプランだったのではないか。

 何よりも曲構成はラジカルだ。
 イントロからAメロまでシンプルなリフで、完全にロック・サウンド。短いタイムで即座にリスナーを乗せる。
 しかしAメロは「あたたたたーたたーたずっきゅん!」なのである。フィーチュアどころがほぼメインヴォーカルをMOAMETAL+YUIMETALはここで担う。
 この曲の歌入れ時、SU-METALはAメロを仮の物だと思い込んでいたという。無理も無い。

 SU-METALが歌うパートは、Bメロで、ではサビはというと「Para Pappappa~」なのだ。(勿論解釈にもよるが)
 え、ここがサビ?と思う間もなくリフに戻り、その後ギターソロ(があるところが、かつてのMADの楽曲的には異質かもしれない)に行くので、紛れもなくそこはサビ(コーラス)なのだ。(勿論ブリッジだという解釈もある)

『Catch Me If You Can』も相当にラジカルな構成だったが、『ギミチョコ!!』は更に突き進んでいる。

 え? 何この変な曲――、そういった感覚を与えるもう一つの要素がコード進行だ。

 Bメロのコードは4小節の繰り返しで、一聴するとポップスでは極めて普遍的な循環コードだという印象を与えるが、最初と最後のコードは同じなのだ。

Emaj7 Caug C#m7 Emaj7 (ベースはE  E  C# E)

 全く不自然ではなないのだが、「ちょっと変」というさじ加減が利く。
 よくDJが既存のトラックを任意の範囲でループする、あの感覚に近い。

 

 ポップスはリスナーに「こういう感じ」という全体像を把握させた上で聴かせる音楽だ。
 しかしこの曲はAメロで先ず度肝を抜き、しかしBメロでは聴きやすいポップスだと油断させ、しかし来るべくサビは加工音声のスキャットという、先読みを逸らす展開をする。

 しかしギターソロの後、落ちサビ的なBメロのリフレインから次第にオケも盛り上げ、「Please!」で最高潮に達するという、構造的には美しいポップスともなっている。
 この構造が先ずリスナーの「気になる」ものにしている。



 ノイズが立ち上がり「Gimme Chocolate!」というタイトル・コールがあると、ノーカウントでイントロが始まる。
 以前にも述べた様に、この曲はBABYMETALとしては唯一、一曲を通してベースの低音が存在感を放っている。
 ドラムは割とチューニングが高く倍音の少ないタイトなサウンドなので、メタルっぽくないと思っていたのだが、THE MAD CAPSULE MARKETSのドラマーはまさにこういう音を叩いていた(この楽曲は打ち込みだと思う。トラック・メイカーがイメエジするサウンドのリソースについて述べた)。
 そこへモノフォニックなシンセのフレーズ。ポルタメント(音と音の間をうにゃっと繋げる)が掛かっているレトロな音だが、これが収まるべきところに収まらずコードを無視して下がっていくカオティックなフレーズだ。適当に弾かれたものかと思えば、これが律儀にリフレインする。
 これも一種の中毒性を誘発する因子の一つだろう。

 歌頭に向かって舌を高速で鳴らすヴォイスも聞え、デスまではいかない男性ヴォイスが「Give Me Give Me」盛り上げ、さあ歌が始まるぞというリフで期待値を上げる。
 左右のギターは異なるリフを弾いている。右はひたすら刻みで、左チャンネルではシンコペーションしている。個人的には好きなアレンジだ。
 しかしそこで出てくるのが――、

「あたたたたた ずっきゅん! わたたたたた どっきゅん!」

 歌詞にはこう記載されているのだが、実際に歌われているのは

「あたたたたーたたーたたた ずっきゅん! 
 わたたたたーたたーたたた どっきゅん!」

 である。いやだから何という訳では無いのだが。

 MOAMETAL+YUIMETAL(普段私はBABYMETALではY+M、それ以外では最愛+由結という順で書いているが、ここでは歌う順で書いている)のパートは、『イジメ、ダメ、ゼッタイ』などの様なオプショナルな扱い(ステレオ左右に振り切る)ではなく、センター近くに定位している。
 確かにリヴァーブは掛けられていないが、ダイアローグ扱いではなくヴォーカルとしてのEQに整えられている。
 言いたいのは、本当にただの「飛び道具」にするのであったらこういう音質にはなっていないという事だ。

 SU-METALが歌い出すBメロ(あくまで本稿での区分)になると、ギターはぐっと下げられる。
 SU-METALの声は透明感を活かしたEQで、涼やかで力の抜けた甘い歌声になっている。ギターがフルレンジで目一杯になっていたらこうは聞えず、メリハリの効いたアレンジだ。
 BABYMETAL楽曲では珍しく、ヴォーカルがダブル(以上)重ねられている。ポップスでは常套な耳馴染みのサウンドとなっている。
 この歌声には当然AutoTune感はゼロである。

 しかし本稿で言うところのCメロの前半は、AutoTuneによる無機化というよりも、YUIMETALかMOAMETALの声を一音毎にサンプリングして、それをメロトロン的に再生したかの様なサウンドだ。
「Too Too Late」からはSU-METALらしく聞える(勿論あくまでそう聞えるだけで、全部SU-METALなのだろうが)。

 リフに戻った後にギターソロとなる。
 このギターソロは個人的にはBABYMETAL楽曲中、一番好きかもしれない。
 超高速だがスウィープなどを使わずフルピッキング。単に速さだけを誇示するものではなく、ブラックモア的なペンタトニック風味も味わえ、ツイン同士がハモってからオクターヴで駆け上がるという様式美。更にそこからはDigiTech Whammyという飛び道具で悲鳴の様に叫ぶという構成が見事だ。
 Whammyはシーソーペダルでオクターヴや音階を上下させるエフェクター。昨年私はライヴでSteely Dan "Kid Charlgagne"のラリー・カールトンのギターソロをベースで弾いたのだが、どうしても楽器の音域的にオクターヴを行ったり来たりせざるを得ず(多弦のフレットレスは私には指の長さ的に弾けない)、Bass Whammyを買おうか一時真剣に検討した。しかしこの曲だけの為にドデカい筺をボードには入れられず断念したのだった。


 曲の構造として意表を突きながらも、ポップミュージックとしては実に練られたものだと思う。
 しかしこの曲の最大の特徴には未だ触れていない。
 それはBPM=220(概ね)というテンポである。


 つづく



2015年4月20日 (月)

BABYMETALの"RESISTANCE"

 昨晩遅く、突如Twitterの奔流が。

 何事かと思ったら、8月に開催されるイギリスのレディング&リーズ フェスティバルにBABYMETALが出演すると。しかもメイン・ステージの恐らくはオープニング・アクト。レディング会場とリーズ会場二日間に渡っての出演だという。

Babymetalnews
http://www.readingfestival.com/line-up

 発表直後、公式アカウントのアナウンスへ殺到しているTweetの、まあ8割は「なんでだよ」というリアクション。これは無理からぬところだ。
 大丈夫かなという心配よりも、「まあそうだろう」と思えてしまう程度には私も精進した様だ。

 BABYMETALはもうこういう試練を2013年から自ら望んで受けてきた。
 アイドルでも何でも、人気が出たら徐々に大きな会場でライヴを開催していくというのが「おきまりのコース」であって、そこに到達してしまった後というものがなかなか見え難い。
 BABYMETALはそうしたコースを敢えて拒絶し、より大きなアウェイへと向かう。
 最近のKOBA-METALへのインタヴュウでも、今年のワールドツアーは安寧に完遂出来るものではない、という予想を述べていた。
「修行ツアー」の時代から、BABYMETALの運営方針にこうした姿勢が変わる事はない。
『君とアニメが見たい』の時のコメント「褒められたいし、怒られたい」というのも、あんまり変わっていないのかもしれない。ただ、規模がもうまるで異なるのだが。


 BABYMETALはこうした試みを続ける事をResistanceと呼ぶ。
 私はこの言葉の用い方に、若干の違和感を感じていた。
 本来の意味であるなら、抑圧されてきた者による抵抗運動である筈だ。しかしBABYMETAL(ここではプロジェクトの意味で)がそうした立場にあったとは思えない。
 そうした被抑圧層を解放するシンボルとなろうとしている、とも思えない。
 BABYMETALの「戦略」は、巨額の投資を得て大規模な宣伝をし消費され尽くすまで拡大を続ける、商業音楽への挑戦なのだ、というのなら納得出来る。
 しかし、では目標の達成は何を以てそうだとするのか。この茨の道を完遂した時に何が見えるのか。
 BABYMETALは何処に至るのか。
 予定調和ではない、未知への挑戦こそがBABYMETALのResistanceなのかもしれない。





2015年4月19日 (日)

『ギミチョコ!!』考 0

 いよいよBABYMETALがブレイクスルーした、最も世界に知られている楽曲を論考するのだが、論を始める前に事実関係や経緯を振り返る必要がある。
 下調べをしている内に付帯情報が膨らんでしまった。今回は『ギミチョコ!!』そのものには全く触れないので、興味外の方は飛ばして戴いて構わない。





 現在2500万再生を突破しているYouTubeの「Live Music Video」は昨年2月26日、1stAlbumの発売日に公開されたものだ。
 先んじて2月3日に「Short Ver.」がOfficialチャンネルで公開されていた(現在は非公開)。
 第三者によるフル・ヴァージョンのアップロードが続いた様で、結局公式チャンネルもフルを公開したという経緯の様だ。

 海外掲示板翻訳サイトで読んだのだが、2000年代、もし大塚愛のMVがフル版で公開されていたら、海外のJpopファンの間でも人気が出ただろうという書き込みが記憶に残っている。
 YouTubeでショート版を公開し、CDの特典でフルをつけるというのは、本筋から言えば誤った判断だ。だってMVはプロモーション用途で作られるものなのだから。 
 しかし音楽業界は不況なのだった。


 それまでに既にBABYMETALに注目していたコア層ばかりでなく、欧米でこのビデオの存在が知られた契機は、4月3日にThe Fine Bros.という兄弟がアップロードした「YOUTUBERS REACT TO BABYMETAL」という動画の存在が大きい。
 ネットを通して見られる様々なものを、色々な人物が見ている様や述べた感想を手際よく編集したシリーズで、動画共有に於けるヴァイラルなキュレーションとも言えるだろう。
 日本のサブカルチャーも、きゃりーぱみゅぱみゅなどが既に紹介されていた。
『ギミチョコ!!』のMVは、大きなリアクション表現が見られる対象としてうってつけだっただろう。

 この紹介動画によって、普段Jpopなど積極的に聴かない層にも知られる事となった。
 6月には再生回数が1000万回を越える勢いとなった。
 本稿執筆時点でYouTubeに於ける「ギミチョコ」検索でヒットする動画は52,100件を越えている。

 昨年末頃の集計だと思うが、世界の国別でとった「BABYMETALの曲でどれが一番好きか」というアンケートでは当然ながら、各国一様にこの曲が1位を占めた(現在はかなり順位が下がっている様子。Redditでは『メギツネ』の人気が高い)。
 YouTubeの件の動画は再生回数ばかりではなく、コメントの数が尋常では無い。到底全部は読み切れないのだが、初期によく海外から書き込まれたもので目立っていたのが、
「中毒性がある」
 という事だった。
 なぜこれが良いと思うのかも判らないが、繰り返し再生してしまうのだという。

 日本でも勿論そうした感想が数多くTwitterに流れた。
 確かに『ギミチョコ!!』には中毒性がある様だが、なぜそうなのかについては本論の方で触れよう。


 楽曲を手掛けたのはTAKESHI UEDA(上田剛士)。元THE MAD CAPSULE MARKETS、現AA=。
 アイドルへの楽曲提供としてはBiS「STUPiG」(2014年1月22日)が先に発表されたが、先に手がついたのは『ギミチョコ!!』かもしれない。

 私はTHE MAD CAPSULE MARKTESは名前は知っていても聴いた事が無かった。
『ギミチョコ!!』を聴いた人の中には、MADのサウンドに似ていると感じた人もいた様だ。確かに「Good Girl」のリフとサウンドは近い。
 MADはメタルではなくパンク由来のデジタルハードコアという括りで語られるが、活動時期によってそのサウンドは変わっている。

 私が興味深かったのは「Tribe」(1999)という楽曲で、そのサウンド、ヴォーカル・スタイルは初期Slipknotに驚く程近い。しかしSlipknotの1st,Albumが発売されたのは2000年。
 MADは海外でも多くのライヴを行っていたという(2000年代以降)。
 後にMADのヴォーカルだったKYONOはSlipknotのSIDことDJ Starscreamとジョイント・ライヴを日本で行っている。
 また日本で昨年開催されたKNOTFESTにはTAKESHI UEDAのAA=、KYONOが現在やっているWAGDUG共に出演していた。


『ギミチョコ!!』の冒頭には、懐かしきMacInTalkの"Whisper"による合成声でタイトル・コールがある。
 私がMacユーザであったのはOS9時代までで、OSXの事はさっぱり判らないのだが、当時のMacintoshではフリーのツールとして、テキストを読み上げる合成音声ソフトがあったのだ。(TextToSpeech)。
 普通の男性、女性、子ども、ロボットといったヴァリエーションがあったのだが、このWhispser(囁き声)というヴォイスは、実際には囁いてる様な感じでもなく独特な声が印象深く、やはりこれを使うのだなと思った。

 私が脚本を書いた『serial experiments lain』(1998)は毎回、サブタイトルをこのWhisperで喋らせていた。最近(でもないか)『風立ちぬ』の録音監督を務めた、『lain』では効果担当・笠松広司氏のセンスだった。


 英語を喋らせるのは昔から簡単な技術だったのだが、日本語を綺麗に喋らせるにはハードルが高かった。しかし技術は確実に進み、日本語音声合成技術は革新と拡散双方共に発展している。
 一つの象徴が、このブログでも幾度か言及したヴォーカロイドだ。
 そしてニコニコ動画で何かを説明する動画を作成する人が重宝したのが、「棒読みちゃん」や「Softalk」といったフリーのツールで、これらはAquesTalkという音声ライブラリを使用している。
「ゆっくりしていってね!!!」の絵を使った「説明動画」で耳にした事のある人も多い筈だ。



 プログラム批評の中で書いたら怒られそうだし、しかし自分用メモとしては記しておきたいというのが今回のエントリである。

「ベースマガジン」5月号が発売になった。
 私のインタヴュウ頁があるのだが、流石に恥ずかしい……。

Yukkuri

   _,,....,,_  _人人人人人人人人人人人人人人人_
-''":::::::::::::`''>   ゆっくりしていってね!!!   <
ヽ::::::::::::::::::::: ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
 |::::::;ノ´ ̄\:::::::::::\_,. -‐ァ     __   _____   ______
 |::::ノ   ヽ、ヽr-r'"´  (.__    ,´ _,, '-´ ̄ ̄`-ゝ 、_ イ、
_,.!イ_  _,.ヘーァ'二ハ二ヽ、へ,_7   'r ´          ヽ、ン、
::::::rー''7コ-‐'"´    ;  ', `ヽ/`7 ,'==─-      -─==', i
r-'ァ'"´/  /! ハ  ハ  !  iヾ_ノ i イ iゝ、イ人レ/_ルヽイ i |
!イ´ ,' | /__,.!/ V 、!__ハ  ,' ,ゝ レリイi (ヒ_]     ヒ_ン ).| .|、i .||
`!  !/レi' (ヒ_]     ヒ_ン レ'i ノ   !Y!""  ,___,   "" 「 !ノ i |
,'  ノ   !'"    ,___,  "' i .レ'    L.',.   ヽ _ン    L」 ノ| .|
 (  ,ハ    ヽ _ン   人!      | ||ヽ、       ,イ| ||イ| /
,.ヘ,)、  )>,、 _____, ,.イ  ハ    レ ル` ー--─ ´ルレ レ´

2015年4月18日 (土)

Rockとお茶の間

 プログラム批評はやっとシングル発表曲を終えた。残すは4曲分となる。

『紅月』のコメント欄にて、あの格好は「あずみ」ではないかという指摘をされた方がいて、ああなるほどと。SU-METALがまとうマントが何故半端に短いのか、何となく釈然としていなかったのだが、確かに元イメージはそうなのかもしれない。
 しばしばBABYMETALのキャラクター性は、「スケバン刑事」とも重ねて見られる。いずれにせよ虚構の存在だったものが、リアルに現れたという驚きがあった。

 BABYMETALが用いる「~です。」を「~DEATH!」とする語尾変換は、斯界では使われてきたものなのかもしれないが、私を含め一般に知られたのは、恐らくテレビ東京「ヘビメタさん」(2005)という深夜バラエティだったのではないか。
 マーティ・フリードマンが日本に住んでいて、日本語がどえらく巧い事を知ったのもこの番組だった。
 翌年、続編的な「ROCK FUIYAMA」が放送されたが、MC陣で残ったのはマーティだけだった。


 ここからは年寄りの昔話。

 かつてロックはテレビにはあまり映らないものだった。
 少年期、ロックへの知識欲が旺盛だった我々は、夕方の帯番組「ぎんざNOW!」にCharやCarolが生出演し演奏すると、食いついたものだった。
 LAZYの演奏する姿を見たのも、イギリスのGeordieがヴォーカル(今AC/DCにいるブライアン・ジョンソン)を肩車しながら演奏するのを見たのもこの番組だった。
 Charはややして歌謡曲の人になって、テレビには普通に出る様になったのだが。

 洋楽のコンサート映像などは、NHKが不定期に放送した「ヤング・ミュージック・ショー」という枠で時折見る事が出来た。Yesのライヴなどを見た記憶がある。

 70年代中盤、日曜日の朝という時間帯に「ロックおもしロック」という30分番組があって、スポンサーはグレコであった。
 CMでスティーヴ・フォックス(GODIEGO)がGOBベースでチョッパーのリックを弾くところだけを覚えている(今でも私は弾ける)。

 BOW WOWがデビュウした時は、かなりの宣伝が行われて一般芸能ニュースにもなっていた。トラックの荷室が大きく開くとステージになっている、という特別移動ステージはテレビで見た覚えがある。

 しかし80年代になるまで、テレビにロックはあまり流れないものであった。

 その後MTVが登場し、アナログBS放送が始まり、一挙に間口が広がった。

 MTVは当初、メタル・ジャンルは扱っていなかったのだが、ややして「Headbangers Ball」というメタル専門番組を設ける。
 ヘッドバンガーという言葉はこの時に知った。

 1987年に、TBSで「PURE ROCK」というメタル紹介番組が放送される。レギュラーに伊藤政則、和田誠が出ており。マサ・イトーはその後UHF局で現在に至るまでメタル番組に出演し続けている。


 BSデジタル、CSと多チャンネル化し、ネットでHD動画が見られる現在、テレビでロックを見る事に大した価値は見出せないかもしれない。
 しかし、私が最初にBABYMETALにはまった契機はNHK「BABYMETAL現象」という秀逸な番組を見た事だった。

 ネットだけの情報で、私はここまでのめり込めただろうか。
 私と近い世代の方々も、あの番組が契機、もしくは駄目押しとなった人は多いかもしれない。
 テレビが凋落していると言われて久しい。
 しかし、テレビというメディアが持つ影響力は、まだまだ棄てたものではない様だ。







「きっと、夢にみる」競作集 <怪談実話系>

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10名の作家が描きだす、現実と虚構のあわいにひっそりと花開く夢
[ 著者 ]
中島京子 辻村深月 朱野帰子 添田小萩 小中千昭
沙木とも子 内藤了 淺川継太 小島水青 皆川博子

編:幽編集部 監修:東雅夫
発売日:2015年 04月 25日
角川書店

 怪談実話「系」は映像では散々書いたのだが、小説としては初めてかもしれない。
 書いてみたら、あんまり怪談的ではないものになった。
 90年代のアイドルと、スタジオ・ミュージシャンを巡る怪奇小説。そういう物語を考えたのは、このブログと無関係とは言えない。
 皆川博子さんと同じアンソロジーに書くという蛮勇を奮った。よろしければ是非。

2015年4月16日 (木)

『おねだり大作戦』考 2

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 BLACK BABYMETALはこのプログラムを演じる時だけ、ガイコツが描かれたフーディを着る。
 SU-METALの『紅月』に於けるマント、『BABYMETAL DEATH』で登場時のフード付きタオルと、BABYMETALの衣装替えはミニマムだ。
 ただパーカーを着ているだけなのだが、YUIMETALとMOAMETALのシルエットは劇的に変わる。一層幼く見えるのだ。
 最近のパーカーにはストーンが一杯ついており、シンプルでもゴージャスである。

 このプログラムの振付けは最初はそうでもないかもしれないが、中盤後半に行くに従って激しくなる。しかも1パートが長い。
 当初はリップシンクで演じていた二人だが、それでもこのプログラムは相当に疲弊するものだった様だ。
 しかしそこで、ではもっと軽くしようという修正がされる筈もなかった。そればかりか昨季からは生歌で演じる様になる。

 音源は、ライヴで演じる事をあまり配慮されずにトラックが作られた。ヴォーカル・パートはずっとオーヴァーラップしており、当然ながらプリ・レコーディングされた部分を併用している。これが、初見にはリップ・シンクか「被せ」かと錯覚させる。
 しかしどう見てもメインのヴォーカル部は生で歌われている事が判り、動画の視聴者は驚かされる。ニコニコ動画のコメントにもそうしたリアクションが如実に記録されていた。



 ギャングスタ・ラッパーの様にフードを被って腕を組み、不敵なアティテュードでステージに現れた二人は、ギターリフが始まると持っていたタオルをぶんぶん振り回しながらステージをスキップして走り回る。
 ライヴ会場でタオルを回す風習は、日本ではレゲエのコンサートから始まった様だ。
 Jpop、アイドル・グループなどでも特定曲でそれを行われる風習がある(つまり、観客は皆それ用のタオルを持ってきている必要がある)。
 BABYMETALはステージ上だけで回されるのだが、最小限のギミックで小さな彼女達の動きが大きく見えるという、極めて有効な演出だと思う。

「作戦1(ワン)」
 ここからの二人のダンスは典型的なBガール・ヒップホップなのだが、『いいね!』の「~風」とは次元が異なる。
 実際のビート以上に裏拍(だけ)に乗って全身で踊る。しかも単純な繰り返しなど例によって無い。「パパ大好き!」と声を上げる時には満面の笑みである。

「嘘でもいい ほめまくれ」
 Bメロに入ると二人は上体をぐるぐる回しながら、互いの間隔を広げていく。

 ストリングスに乗ってウィスパー・ヴォイスのSU-METALが“悪魔の”囁きを言うパートになると、2人は2小節交互でダンス・ソロを見せる。ここは「気取った女の子」らしい振りになっている。

 そして、あの台詞だ。

 武道館のライヴCDを最初に聴いた時、思わず吹き出した。
「わたし、パパのお嫁さんになるんだ」の直後の「うぉー」という歓声に。
 さくら学院ではないが、BABYMETALのメイト達もこのプログラムの時には「父兄」になる様だ。テッド・ジェンセンがマスタリングした「赤い夜」は、歓声があまり大きくないのだが、ここばかりは目立っている。

 すぐさまバンドがヘヴィなビートを叩き出すが、この時の、特にMOAMETALが見せる凄まじくパワフルな、モーションというよりもアクションには瞠目させられる。
 同じイギリスでの公演でも、The Forumの時まではそれ程までに爆発的ではなかった。しかしO2 Academy Brixtonでの凱旋公演であると、もう凄まじいものになっている。
 彼女達が魔術の様に突如ステージ上で爆発させるエネルギーは、そこにいる観客ばかりではなく、ファンカム映像を見ている我々にまで直撃を与える。
 あまりにもそこにパワーを使ったからか、Brixtonではその後の「最強の 最高の」で声が出なくなっている程だった。

「Let's go! Let's go! おねだり作戦」
 ここで初めてフードをとり、再びタオルを振り回し身も蓋もない格好のダンスは、まるでアニメーションのキャラクターの様だ。
「最強の(オー!) 最高の(オー!)」
 ここで3連符の振りが入る(両腕をぐるぐる回す)。
 ラップ部ではないけれど、ここでラップらしい符割がモーションで入る。ぬかりなし。
 それにしても、流石にブレス位置が少なすぎるので、「天使の笑顔にだまされそうだww」「ちょーだいちょーだいおねだり作戦」など終わりのフレーズでは息が切れる寸前だ。

「お願い!! (最後の) お願い!! (いつもの)」から、バックステップで「とんとんとん」とリズムを刻み出す。バンドの演奏するトラックに、ダンスでリズムを足している効果が生まれる。
「お願い! お願い! 結婚するならやっぱり『パパ!』」
 ここからの振付けの情報量も多い。二人で手を合せたり、大きく身体を折り曲げたり、「お願い」ポーズは片足でバランスをとった小刻みなジャンプをしながらだ。
 これをニコニコしながら、歌を歌いながらやるのだから恐ろしい。

「小悪魔キメル!」
 音源の時から、彼女達は「キメ!」と言っている様に聞える。

 どよーんとした間奏部、二人はまるで仲の良い双子が喧嘩をする様な威嚇ポーズをし合う。
 その後、あの「だって女の子だもん」から始まるダイアローグ芝居となる。
 台詞自体はやはり、大人が書いた「あざとい」ものなのだが、それを最早感じさせないくらいの演技だ。
 MOAMETALの最後の台詞「おいしいもの、だーい好き」を言う前から彼女は既にフードを被る準備をしている。顔をキメるよりも、次のパートに頭からきっちり入る事を優先させているのだ。

「One for the Money, Two for the money, Three for the money, Money, Money, Money, Money」
 身体を傾がせ、手の甲側を見せながらルーズな動きをしている様でいて、8拍目の動きはキレキレだ。ところが――、

「買って! 買って! 買って! 買って!」
 それまでのアダルトなダンスから一瞬にして子ども化し、二人はタケノコ・ジャンプ。

「ちょーだい! ちょーだい! ちょーだい! ちょーだい!」
 揉み手をしながらお立ち台に立って観客に媚びる。

 これが繰り返されるのだから、まあカオスとしか言い様が無い。
 昨年の欧米の公演では、このパートになるとYUIMETALとMOAMETALの顔を印刷したフェイクの100$紙幣が観客によってばら巻かれ、混沌は一層深まった(法的に危うい行為ではあるのだが)。
「買って!買って!ちょーだい!ちょーだい!」の音源では二人一緒に叫んでいるのだが、一番最後の「ちょーだい!」を注意して聴くとヤケクソな声になっている(そういうアクセントをつけてくるのは、やはりMOAMETALだろう)。録音時、彼女達は全部これを歌ったのだ(幾つかのテイクは録られただろうが)。

 ライヴでは流石に交互で担当が振り分けられ、先にMOAMETAL、続いてYUIMETALが担っている。
 このパートの終わりで二人はお立ち台に立つ。

「Let's go! Let's go! おねだり作戦」から再びCメロが始まる。

「お願い!! (最後の) お願い!! (いつもの)」
 あの小さな台の上でバック・ステップをするのだから、いつも見ていてハラハラしてしまう。あともう数十センチでもズレたら落ちてしまうのだ。

 しかし――、『BABYMETAL DEATH』や『4の歌』の舞台を右往左往する場面でもそうである様に、彼女達のステージ空間把握能力は常人のレヴェルではなさそうである。

 凄まじいまでの運動量を要求するプログラムだが、最も戦慄すべきはコーダのパートだ。
 小悪魔をキメられると、二人はゆっくりとステージ後方に向かい歩きながらフードを被る。おもむろにターンをして、曲終わりの最後の音でタオルを首に掛け、暗転。
 二人はこの「余裕のある」演技を、全く呼吸を荒げる事無く平静にやってのけるのだ。
 プロフェッショナルだとしか言い表せない。



 

『おねだり大作戦』は、BABYMETALが到達した一つの極みである事に疑いはない。
 中学生の少女二人が演じるプログラムとして、日本に於いては過去最高のエンターテインメントになったと言えよう。
 プロデュース・チームはBABYMETALに「何」を演じさせるのかに於いて、最早何の迷いも無くなっているとも感じる。
 そして何より、才能と容姿に恵まれた少女が、とてつもなく努力とトレーニングをすると、これだけのものを見せるのだ。
 この歳になって、そういう原則的な事実を知ることが出来たと思っている。

 主題はブラックであっても、このプログラムが観客に与えるものは多幸感だ。
 ニヤニヤとした笑みをどうしたって浮かべてしまう。そんな娯楽は、少なくとも私には過去に経験がない。

 高校生となったBLACK BABYMETALの二人が、今後このプログラムを続けて演じてくれるのかは判らない。ファンとしては、演り続けて欲しいと思うばかりだが。






2015年4月15日 (水)

『おねだり大作戦』考 1

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Release; 『メギツネ』初回限定盤収録
Credits: 作詞:中田カオス・RYU-METAL・FUJI-METAL、作曲:TEAM-K、編曲:TATSUO・KxBxMETAL ギター・ベース:TATSUO


 この論考を書くのが最初から楽しみで仕方なかった。
 しかし先に断っておくが、このプログラムについては称賛しかしない。

 BABYMETALの楽曲はいずれも多かれ少なかれネタ性(ジョーク性、オマージュ性)を持っているが、この『おねだり大作戦』はネタ性に於いて現時点では最高峰である。

 私は新しいCDを手に入れ、ちゃんと聴き通してみようという場合は車で移動する時にかける。何処へ向かっている時かは忘れたが、五日市街道を西に走らせている時にこの曲を最初に耳にした。

「うあー、次はラップメタルか。節操ないなぁ……。しかし小学生だよねこの娘達。なんかポンキッキーズ的な……」

 そこにブレイクがあり、あの台詞が流れた。


わたし、パパのお嫁さんになるんだ


 これはネタでもなく本当なのだが、私は車を路肩に停めた。

「え? 今何て言った?」

 曲を頭から聴き返した。BABYMETALは基本的に殆どの歌詞を聴き取れるのが美点の一つなのだが、そんな事にはまだ気づいていない。
「買ってー買ってー買ってー買ってー頂戴!頂戴!頂戴!頂戴!」

 曲が終わると、私はCDをイジェクトした。
 どう捉えていいのか未だ態度を決めかねていた。
 いや、本能的にはもう「参った」と思っていた。しかし俄には受け容れ難かったのだ。
「イジメ、ダメ、ゼッタイ」とか「チョチョチョチョコレート」と、健全方向な楽曲を歌うユニットだという先入観もあったからだ。


 この曲の歌詞には文句のつけ様がない。完璧だ。
 クレージーキャッツの名曲の数々(無責任ソング)を作詞した青島幸男の域に達していると言っても過言ではない。
 こういうジョーク曲は極めて難しいものだ。無責任ソング的なものにはこれまで多くの人々がトライしては潰えてきたのを私は見てきた。
 まさかここで、BABYMETALの楽曲で巡り会うとは予想だにしていなかった。

 私には子どもがいない。もしかしたら、子ども(の様な二人)がこういう歌を歌うのは不愉快に思う親もいるかもしれない。
 しかしそうした「毒」こそが、これまでの無責任ソングフォロワーがついに継承出来なかった重要な要素だったのだ。

 歌詞を改めて見た時、再び驚いた。

「天使の笑顔に だまされそうだww」

 歌詞に、「ww」という草が生えているものがかつてあっただろうか。
 思わず検索してみたが、「(既存の)歌詞に『ww』をつける」という2chのネタスレしか見つからなかった。
 この「草」は当然音にはならないし、実際の歌唱で笑い声になっている訳でもない。
 しかしこのフレーズに「ww」があるのと無いのとではまるでニュアンスが変わる。「だまされそうだ」の「そおだ」の発音には、「うはは」という気分が感じられる。
 前例はあるのかもしれないだろうけれど、ラジカルな表現だと思う

「かわいく『プンプン!』駄々こねろ!」も秀逸なフレーズだと感じ入る。

 YUIMETAL+MOAMETALは、この歌詞が自分達よりも相当幼い子どもを想定して書かれたと思っており、そうしたイメエジで歌っていると言っていた。
 しかしティーン・エイジャーの少女の歌詞だとしても決しておかしくはない。
 ただ、そうなると余計生臭くなってしまう。

 この歌詞は少女の独白というよりも、年頃の娘を持つ父親が抱くオブセッションを表現したものだ、という解釈をした方が、実際に親であるリスナーにはまだしも心穏やかに聴けるのかもしれない。



『紅月-アカツキ-』というSU-METALのソロ曲がある為、バランスとしてYUIMETAL+MOAMETALの曲が作られたのも当然だ。
 しかし何故この二人のユニット内ユニットがBLACK BABYMETALという名前になったのか、ずっと私は釈然としていなかった。
 ブラック・ジョークの歌しか歌わないのかと言えば、次の曲は『4の歌』なのである。
 こういう歌詞ではあるが、二人の歌唱はひたすら楽しげだし、無邪気だ。
 この曲には暗い声の「合の手」が入っているのだが、その暗い声質から、恐らく紙芝居のナレーターである染谷歩が担当しているのだろう、と漠然と思っていた。
 ところがこれは、SU-METALの声だったと知って喫驚した。

(天使の顔した 悪魔のささやき)
(説教するならカネをくれ)
(最後の)(いつもの)

 こうしたラップ部はSU-METALが担当したという。昨年のApocrypha-S SU-METAL聖誕祭では、SU-METALもパーカーを着て舞台上に現れ、ドスの利いた煽りをしていたという。行った人によってその時のヴァージョンは「カツアゲ大作戦」と呼ばれている。
 つまり、このプログラムはヴォーカルとスクリーミングが入れ替わるという「裏BABYMETAL」という意味からBLACK BABYMETALという呼称となったのだと考えられる。
 しかし多くのステージでは、SU-METALのソロと交代で演じられるのが通例で、YUIMETALとMOAMETALのユニットがそのままBLACKとなったのだろう。
『4の歌』を歌うのもこの名前のままというのは些か居心地が悪く、もうちょっと捻っても良かったのではないか(何より長い)。

 冒頭、エスニックなヴァンプのループに「せいや!」という男声サンプリングがリピートされる。ミスマッチの為のミスマッチ、だと思っていたのだが、ライヴではこのイントロが流れると(大きなショウだと延長される)否が応でも期待感が膨らむ。

 この曲のイメージ・ソースは知られている通り、Limp Bizkitの「My Generation」で、原曲のリフの3拍目を食いに小アレンジはされている。『おねだり』を聞き慣れた後で「My Genaration」を聴き返すと、リフ自体は『おねだり』の方が良く思える。ただ、Limpには強力なドラム・ビートがあるのだが。
「買ってー買ってー」直前のブレイクには、同曲のフレッド・ダーストの「Fly!」がそのままサンプリングされている。

 Limp BizkitがBABYMETALと同じフェスティバルに出た際に(実際予定されている)、この曲を始めた途端、BLACK BABYMETALがスキップしながら(勿論タオルを振り回し)ステージに現れ『おねだり』を歌い出し、フレッドがぶちキレる――、という光景を、この曲を聴く度に妄想している。


 ファンク・ビートをベースにしたNuMetalなので、特にAメロでは多弦ベースの地を這う様な低音が聴かれる。
 ところどころに映画音楽的なオーケストラ・サウンドが効果的に用いられているのだが、これにも何となく聞き覚えがあって、Linkin Parkだったかなと聴き返してみたのだが違った。

 Aメロ、Bメロと喋るトーンの低温度なところから次第に上がって「Let's Go, Let's Go おねだり作戦」から、「お願い! お願い!」と盛り上がるCメロの流れもさる事ながら、「だって女の子だもん」の二人の演技ダイアローグを挟んで「買って-!買ってー!」で最高潮に達する構成は見事だ。
 再びCメロに戻って充分に盛り上げ、4分内で美しく終わる。

 ラップが登場して以来、日本のポップスでも幾度となく導入が試みられてきた。
 そのほぼ全てが、英語によるラップを模した発音スタイルや韻の踏み方(英単語を多用)をするのがルーティンとなってきた。
 初期の例外で思い浮かぶのはアニメ『おばけのホーリー』の主題歌『約束するよ』という相原勇が作詞・歌唱した曲くらいだ。ソウル・ミュージックのアレンジが大好きだった。

 YUIMETALとMOAMETALの歌はラップではあるのだが、『ド・キ・ド・キ☆モーニング』のAメロ同様、無調の指標的メロディ・ラインはある。だが彼女達には「ラップとはこういうもの」という観念がない為にナチュラルな日本語表現になっている。
『約束するよ』には3連符のフレーズがあり、これが「~ぽく」効果を上げていた。日本語ラップには如何に過剰にワードを盛り込むかという無意識なベクトルが働く。
 しかし『おねだり』にそうした指向は一切無く、普通の話し言葉に近い密度であり、これこそが正解であった。

 言うまでもなく二人の声は素晴らしくシンクロしている。
「かわいく『プンプン!』」といった、微妙な音の高低もきっちりと合わせてくる。

 振付けでもそうである様に、二人は互いに声を合せる事については常にパーフェクトであり、彼女達には特殊なミラー・ニューロンが発達しているかの様だ。
 さくら学院以来、ほぼ常に二人は「ペア」という扱いをされてきた事について、抵抗がある時もあっただろう(『FRIENDS』の歌詞にもある)。
 しかし二人が出会ったのもある種の運命だ。二人が揃う事で成し得た事は計り知れないものだった。

 

「わたし、パパのお嫁さんになるんだ」というダイアローグは、ライヴではユニゾンになっているのだが、CD音源はソロである。最初はMOAMETALだろうと思っていたが、YUIMETALかもしれないと思い始めた時もあり、今は全く判らない。
 二人の声質は相当に異なる、筈なのだが、意外と判らなくなる。
 実際音源になると、「これどっちだっけ?」と自身達も迷う場合もある程だ。


 つづく




2015年4月14日 (火)

BABYMETALの源流(の様なもの)

Gimmichoco

「ギミチョコ!!」MVの再生回数が2千5百万回を越えた。
 欧・米での1stアルバム発売後、これが更に伸びるのか楽しみだ。
 BABYMETALのパフォーマンスを純粋に楽しむ一方で、BABYMETALという概念が如何にヴァイラルな広まりを見せるのかは、また別の興味も抱く。
 ネットに於ける分析は幾つか目にしたが、Google検索グラフやTwitterの統計データはあっても、BABYMETALに限らず動画の統計というのはなかなか数字にし難いものだろう。「ギミチョコ!!」という特定の動画再生回数は一つの指標ともなろうが、BABYMETALに関する動画総数は膨大で、ミラーなども含めたら到底把握しきれない。
 しかしそうした動画の広まりが、認知の浸透度に重なる気がするのだが。


 BABYMETALはリアルな人間であり、アーティストでありプロジェクトだが、メディア受容者にとってはメディアの中の架空キャラクターとして見られる側面もあるだろう。そもそも「アイドル」はシミュラークル的な存在だ。


 BABYMETALの楽曲群は突然変異で現れたという訳ではなかった。
 勿論、メタル+アイドルという試み自体はオリジナルなものだが、そういう試みが「アリ」になっている状況の推移があった。


 作家陣にいるゆよゆっぺはボーカロイド曲をニコニコ動画で発表しながら活動を広げていった。先達には“ヒャダイン”前山田健一といった人がアイドル楽曲を手掛けてきた。

 ボカロ曲の普及には、MIKU MIKU DANCEというツールによる、トゥーン・シェーディングCG自作の隆盛が不可分だし(これはツールを解放した作者のお陰であるが)、その素地としてゲーム「THE IDOLM@STER」の人気、「脳内アイドルプロデューサー」概念の普遍化があった。
 BABYMETALの特に初期形態は、脳内Pの理想を実現したものと見た人もいただろう。

 更にそれ以前のニコ動では、電波ソングという過剰な表現を身上とした同人(声優系)アイドル歌唱が流行した。
 私が覚えているのは、どこで知ったのかも忘れたが「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」という、何か狂った様な曲だった。

 
 こうした(サブ・)サブカルチャーの流れが無意識的にBABYMETALには直接・間接的に流れ込んでいると類推している。勿論当事者にそんな意識があった筈もなく、あくまで受容のされ方の素地としてである。
 しかし私自身は上述の流れをきちんと観察も体験もしておらず、その時々を断片でしか知らない。
 いずれ誰かがどこかで、BABYMETALの源流を俯瞰したものを書いてくれる事を望みたい。

※コメント欄でかなり補強してくださった方がいた。感謝。


 

 相変わらずプログラム批評では誤謬を書いてしまっており、反省しきりだ。
 コメントで指摘してくださる事には心から感謝したい。
 プログラム批評を始める時にも記したが、取り敢えずの目標まで終えたら、第二版として改めてエントリするつもりだ。

 言い訳めくが、編集者も校閲もいないとこんな様を晒してしまう。
 国内でのライヴは当然ながらファンカム映像は(基本的に)存在しないので、やはり現場に行かれる方の証言に頼るしかない。



 それにしても『紅月』の論考は難しかった。勿論フルタイムで取りかかっていた訳では無いが、書くのには3日程もかけた。
 それなのに、SU-METALの歌声を陳腐な文章に書く事は許せず、結局は言葉にする事を逃げてしまったのだから、敗北感で一杯だ。


 本ブログの予定について、コメントにてある方が、「さくら学院メソッドですね」と書かれて、ああ、そうかもしれないと思った。
 何人かの方に引き留めて戴き恐縮している。
 ただ、発表されたプログラムを論考してしまうと、このブログの目的は失われてしまう。
 勿論、機会があれば私も一度はライヴに行きたいと思っているのだけれど。

 更新を停めても、私が月数百円の使用料を払い続けられる限りは、このブログはネットに残しておく。後には相当の誤解や曲解の山としか読めないシロモノになっているに違いないが、束の間BABYMETALが活動を停止していた期間、それまでの活動を含めてこういう考えをしていた者がいたという証としてだ。
 勿論、何らかのモチヴェーションが生まれれば更新を再開するかもしれない。


9784787273765

このアニメ映画はおもしろい!
川上 大典 編著
四六判 216ページ 並製
定価:1600円+税
ISBN978-4-7872-7376-5 C0074
奥付の初版発行年月:2015年04月/書店発売日:2015年04月15日



 久々に青弓社の本に関わった。
 川上大典さんに請われて執筆陣に加わらせて貰ったのが、昨年の7月。諸事情で出版が今となった。
 アニメ「映画」の論文集で、執筆者と目次はリンク先にある。

 私は幾つかのアニメ映画は書いたものの、最後になったのが「キノの旅 -the Beautiful World- 病気の国-For You-」映画版(中村隆太郎監督)なのだが、これは中編作品であり、ひたすら原作に忠実に脚色したものだった。
 なので、映画ではないのだが、中村隆太郎監督の最後のテレビシリーズとなってしまった「神霊狩 -GHOST HOUND-」の創作ノート的なものを書かせて貰った。
 このシリーズについては「恐怖の作法 -ホラー映画の技術-」でも成り立ちを書いているのだが、恐怖が主題の作品ではないのであまり踏み込んで書けなかった事が少し悔恨の念として残っていた。私にとって今回の執筆依頼は実に有り難かった。

2015年4月13日 (月)

『紅月-アカツキ-』考

Akatsuki_battle

Release: Single『メギツネ』収録
Credits: 作詞:NAKAMETAL・TSUBOMETAL     作曲:TSUBOMETAL
     編曲:教頭  ギター:Leda


 作詞・作曲・編曲・演奏は『イジメ、ダメ、ゼッタイ』のコア・チームによる。

 BABYMETALが当初にメイン・ターゲットとして想定したのは、X(Japan)に親しんだ世代だった。しかし私の様にジャパメタはおろかパワーメタル系を聴かない世代以上にも、勿論ずっと下の世代にもファンはいる。
 この現象をどう解釈したらいいのかという事が、私がブログを始めた当初の理由の一つでもあった。

 あるブログサイトでBABYMETAL楽曲の「一番好きな曲は何か」というアンケートが行われ、ダントツの一位を獲得していた。

 私がこのプログラムについて論考するのを及び腰になってしまうのは、オマージュを捧げられたX、及びその楽曲も知らなかったからだ。
 勿論『紅月』に関しては、イメージ・ソース曲『紅』や他の楽曲は聴いた。
 Unfinished Versionについてなどは、このブログの説明を参考にさせて戴いた。
 曲想が近いのは確かだが、明確に特定のモチーフが使われている訳では無く、オマージュとしては理想的な手法だろう。


 パワーメタルのメロスピ、パワメロの一部楽曲がよく「アニソンぽい」と比喩されるが、勇壮に盛り上げるメロディを正面きって歌い上げるからだろうと思う。
メタル・エヴォリューション』でパワーメタルを探る為に、サム・ダンはヨーロッパの野外フェスに赴き、集っている人々にパワーメタルの特徴を言わせていた。
 魔術、ファンタシー的な世界観と共に、ある貫禄ある女性は「あんまり男っぽくない」という意外な答えをしていた。
 ネガティヴな意味ではなく、他のメタルのブルータルでマッチョなサウンドと比べてという事だと思う(真意が判る程の長いインタヴュウではない)。

 メロディアスな歌メロがあるなら、当然コードはそれなりに多くなる。確かにロックというよりはポップに近づく。
『紅月』の構成はDメロがあって落ちサビもあり、ギターソロが少し長いだけで、極めてコモンなJpopのものだ。あまりリアルではないがストリングスも自己主張し、ピアノの音も聴かれる。
 哀切のある歌メロはまさに、14,5歳時のSU-METALの歌声の魅力を最大限に引き出す事を目標に作られた。


『イジメ、ダメ、ゼッタイ』の歌詞は編集が重ねられ、結果として「寸止めの抽象化」を得たというのが私の考えであった。
『紅月』は寧ろ積極的な抽象化が意図されている。

「命が消えるまで まもりつづけてゆく」というフレーズが喚起するノーマルな印象は、やはり幻想世界のラヴソングだ。今主人公は孤独な状況にあるが、手元に痛んだ刃があるのだから、それを用いた闘争があった事も類推出来る。

 しかし、この歌詞には守るべきものが人なのかそうでないのかすらも触れられておらず、また「何」から守っているのかも不明だ。
「赤い糸」の絆が辛うじてラヴソング性を支持しているだけである。

 こういう歌詞になっているのは、私には理解出来る気がする。
 この曲はSU-METALが未だ13,4歳頃に作られた。平和な日本に生まれた彼女が、シリアスに切迫した歌へ如何に気持ちを込められるのか。
 SU-METALは多分、あまり他の歌手の物真似を歌う事は好まないだろう。ある歌が気に入ればそれを自分なりの歌い方で歌ってきた。
「~ぽく」歌う事が出来ず、歌詞を自分なりに把握しなければ歌にならない。
『紅月』の非現実的な虚構世界は、少女の想像力を働かせる装置として極めて有効だったと思う。

 ただ、意図された抽象化によって、聴き手側に強く訴えかけるものには至れなかった。
 勿論、現実世界の我々にとって、辛い状況である中でも、信念を持ってやり抜き、内なる敵(=消極的に否定する気持ち)を打ち破ろうという応援歌と聴く事は可能である。
 こうした構想の歌詞を作る上で、耽美的なワードを入れ込む誘惑を封じた制作陣を称賛したい。中学生少女が歌う歌詞には相応しくない。


 この曲の解釈を、BABYMETALは一度はっきりとステージ上で提示した。
 2013年2月、LEGEND Z でのこのプログラムは、ギターソロ部でまさに劇的な見せ場が設けられていた。
 間奏部になるとステージ奥の二階部に「もう一人のSU-METAL」が現れる。同じ体形、同じコスチュームで、小さなマスクを装着している。
 SU-METALとドッペルゲンガーは武器を用いず、格闘を繰り広げる。『イジメ』のYUIMETALとMOAMETALのそれよりも、体格が大人びている分迫力は増す。もう一人のSU-METALは連続側転まで見せる強力な相手だが、SU-METALは決して見劣りしていない。ギターソロが終盤に入ると――、SU-METALとドッペルゲンガーは客席に向かって一直線上に立ち、後方のSU-METALはSU-METALと一体化したかの様に消える。
 この演出は実にエキサイティングだった。しかしただでさえ歌がクリティカルであり、神バンドと共演している現在は、こうした演劇的演出は不可能だろうし、SU-METALの負担が大き過ぎる。
 この時のショウは、『紅月』が「ネガティヴなもう一人の自分との闘争」の歌である事を表わしたものと思えるが、勿論曲自体は、聴く人によって自分の恋愛など困難な状況を重ねる事も可能である。


 CDに於けるSU-METALの歌は、録音当時の幼さがまだ残る声で、透明感のある切々とした、とても訴えかけてくるものだ。
 私が1stアルバムを聴いていた時に実際涙を浮かべたのは『イジメ』だったのだが(でも今年に入ってから)、『紅月』でも特に、Dメロになると未だに鳥肌を立てる時がある。

 私が印象深いテイクは、恐らく2013年五月革命の(ブート?)音源だと思われるものだが、動画の映像には2012年の鹿鳴館コルセット祭りに於ける『ヘドバンギャー!!』の場面で編集されている。映像自体も興味深い。これで聴かれる『紅月』は、未だステージ上でこの曲を歌い慣れていないSU-METALが、時折危うくなりつつも最後まで渾身の力で歌いきったという印象のものだった。(リンクを貼るのはやめておく。『五月革命』で検索出来る)
 SU-METALはきっと口惜しい思いをしただろう。しかし現在に至るまで彼女はステージで果敢に挑戦し続け、この曲を征服した。

 2014武道館のライヴCDであると、歌の説得力がまるで異なる。歌に力強さがあり、それは子音の発音に顕著だ。決して乱暴でも荒々しくもない強さは、「守っていく」という決意が微塵の疑い様もなく込められている。
 私はCD音源版にあるクリーン・ギターのイントロが好きだが、神バンドが入るライヴ(の多く)ではUnfinshed Versionのピアノ・イントロ版が用いられ、「まもり・つづ・ける」と歌メロがアレンジされている。
 SU-METALはこの曲の導入部ではフェイクも使い始めている。しかし「紅月だーッ!」(X Japanの『紅だー』の引用)からは後では、もう彼女は全身全霊でストレートに歌い抜ける。

 このプログラムでSU-METALはマントを肩に掛け、歌の折々で翻して見せる。
 激しいギターのリフが始まると、SU-METALは激しく身を揺らせる。控えめに言ってもセクシーだ。歌頭に備えステージ後方から歩く姿はまさにモデル・ウォーキングで、MIKIKO-METALはソロ曲でもぬかりない。
 ツイン・ギターソロでは、上下両ギタリストがセンターで背中合わせで弾き、つかの間にSU-METALを休ませる。LEGEND I(2012/10)で骨バンドが行ったパフォーマンスをリアルに再現した演出だ(これも元はXなのだろう)


 SU-METALにとって歌う事が楽な曲はBABYMETALには数少ない。
 この『紅月』は、14,5歳時の彼女の音域の上限で作られた。そもそもこういうパワーメタル系曲は、ミックスヴォイスを使いこなすハイノート・シンガー(X JapanのToshiもそうである様に)が歌うものなのだ。
 SU-METALは最高音域は以前と変わらずとも、声を出し易い音域は成長して下にシフトしている筈だ。
 後に作られた『悪の輪舞曲』は、より歌い易い音域で書かれている。
 しかし『紅月』はSU-METALにとって初めてのソロ曲であり、彼女にとっても特別な曲だと思う。SU-METALの可能性は我々には未知数であり、この曲も易々と歌える様になっているかもしれない。


 この曲のメロディはとてつもなくセンチメンタルだ。スピードメタルのサウンドがそのイメエジをロックにしている。しかしアカペラで歌われても、この曲は美しく響くだろう。
 ただし、ノンファルセットで歌える女性は、殆どいない。(という事をYouTubeでも確認した)

 SU-METALは決して高音を売りにするシンガーではない。寧ろ音域はアルトだ。
 なのに高音域まで非現実的な伸び方をする。その際にはSU-METAL自身もコントロール出来ないかの如くだ。
 しかし、私たちが彼女の歌声に魅せられたのは、そうした特異性では全く無い。誰一人そんなファンはいまい。

 私は最近になって、彼女の歌が持つ魅力の更なる一つは言葉の明瞭さだと思う様になった。
 彼女はシリアスに歌う時、アイドル的な表情を作らない。口と顎を可能な限り最大限に用いて、時には全身を使ってまで、歌詞の言葉を極めて明瞭にはっきりと歌う。その姿勢はアクターズスクール広島時代、可憐Girl's時代から変わらない。
 言語が判らない多くの外国人が、何故SU-METALの歌に魅せられているのか。
 彼女は歌を単なる音ではなく、言葉として伝えようとしている。意味は判らずとも、その伝える気持ちの強さは何よりも雄弁に伝わる筈だ。

 SU-METALというリード・ヴォーカリストがフロントに立つBABYMETALが、世代も文化も言語も越えて支持されている、その理由の最大なものは問答無用にSU-METALの歌声だ。ただ、ではどう魅力的なのか――、私は未だに言語化出来ない。


 私のささやかな希望を述べれば、是非ギターイントロを神バンドで演奏して欲しいという事だ。
 昨年のApocrypha-Sにて、ギター・イントロ版が披露されたとの事。コメントでのご指摘、ありがとうございました。





 BABYMETALは、世界の(未だ一部だが)少女たちにも希望の光を届けているのかもしれない。






2015年4月11日 (土)

BABYMETALのMusic Video

 本ブログであまりMVについては触れていないのは、私が近い業界で仕事をする身であるからだ。
 私は基本的に、国内の映像作品を公的に批評する事は避けてきた。
 脚本家にせよ映像監督にせよ、根幹には鋭い批評眼を持つ人が多いし、そうした面での表現活動をする人もいる。しかし私の場合、批評的な観点は自分の創作にとって重要な要素となる場合が多いのだ。
 浅田真央とフィギュアスケートにせよ、BABYMETALにせよ私とは全く異なる世界のものであるから、純粋に論考を愉しめる。

 とは言え現代の商業音楽に於いてMVは不可欠な要素であり、全く触れない訳にもいかない。
 BABYMETALは活動歴からすればMVの数が少なく、それに力を特に入れているプロジェクトではないだろう。
 しかし最初に関心を得たのは『ド・キ・ド・キ☆モーニング』MVだったし、世界的に知られたのは『ギミチョコ!!』MVだった。少ない投資で大きな成果は得たのだ。




 ただ私個人の考えでは、BABYMETALのMVで『ド・キ・ド・キ☆モーニング -Air Dance Version』を凌ぐものは無いと思ってしまっている。
 タイトルが全く意味不明だが、これは広く観られたMVの3人のダンスだけを引き1発で撮ったものだ。
 他のアイドル・グループのダンス・ヴァージョンも幾つか見たが、大抵は編集がされている。しかし『ドキモニ』のそれは基本的に1ショット・1テイクで、ディレクターが辛抱溜らなかったのか、バストショットのインサートが3箇所、数秒分あるだけだ。
 引きなのに、SD画質であっても3人の顔はよく見えて、全身の動き自体が大きな表情となっており、セットと照明、撮影の全てが巧くいっている傑作だ。
 何より、ほぼ1カットで撮られるという事は、3人は収録時、完璧に踊りこなしていた事を意味しており、それが素材のまま記録されているのだ。この時期の彼女達を活き活きと捉えたドキュメンタリ・フィルムとしても高い価値を持っている。

 1カット物では先に、可憐Girl's『Over The Future』のMVにもダンス・ヴァージョンがあった。こちらはキャメラが前後に動いてはいるがほぼ1カット。ただ終盤一度明らかに編集で繋がれている。恐らくパフォーマンスにミスがあったのだと思う。しかしそもそもこれは、MVの編集素材の一つとして撮られたものであり、その完成度を云々すべきものではない。
 このダンス・ヴァージョンで、SUZUKAのダンス・ソロがBABYMETAL Rising Force Versionの元である事が確認出来た(驚愕ではあった。確かに同じモーションなのだがまるで違う印象となっている)。

 勿論、『ドキモニ』本来のMVも決して悪い出来ではない。ミニマムな予算の中で工夫がされており、何より3人はこの撮影をとても楽しんだだろう。

 しかしやはりその表現はアイドルという既存の枠に収まったものなので、私個人には刺激が薄かった。
 公開当時、外国人が食いついたのはやはりメタルサウンドでこの歌と映像、そういうミスマッチを面白がられたのだと思う。


『いいね!』のMVはクラブのロケや、ナイトのモノクロ・イメエジカットが多数挿入されており、ここで見られる3人の蠱惑的な表情は他では見られないものだ。
 MVはカットを細かく割るのがルーティンであり、3人のダンスは細切れにしか見られないので、幾度も見たいと思えるMVではなかった。


『ヘドバンギャー!!』からは、通常に近い予算(でも低予算)となり、ロケセット撮影なども行われている。このMVについては「神バンドの原形」として以前のエントリでも触れた。
 明らかにホラー、それもJホラーとビザールなホラー(ハマーやウォーホル的な)が折衷されていて、これは私も楽しめた作品だ。
 しかしラストカットの長いエピローグは未だに意味が判らない。何か映っているのか?


『イジメ、ダメ、ゼッタイ』が、やはりBABYMETALのMVとしては代表作となろう。
 大谷採掘場でかなり長時間の撮影が行われた。
 白眉はやはり、MOAMETALとYUIMETALのギターソロ当て振りだ。特にMOAMETALは、実際に少しギターを弾ける事もあり、実にリアルな両手タッピングを披露してみせる。

 このMVのストーリーを、この楽曲自体のメッセージだとして受け取った事をコメント欄で何人か書かれており、私には全く無かった視点なので興味深かった。
 MVは基本的に楽曲が出来上がってから発注されるし、私はもっとゼネラルなメッセージ・ソングであるという考えを述べたのでこの解釈には与しないのだが、作り手がどういう意図で作ったかよりも、どう受け取ったかの方が重要な事は言うまでもない。私自身もそういうものだと自身の創作を捉えている。


『メギツネ』が、MVとしての完成度は最も高いだろう。
 能楽堂でロケされた映像は美しい。しっとりと歌うSU-METAL、本当に遊んで楽しんでいるYUIMETALとMOAMETALのインサートも効果的だ。
 バックバンドとして狐バンドが出演するが、彼らが手にしている楽器は全て和楽器で、特にドラムは大小の和太鼓をドラムセットの様に組み立てられている。カウベルが木魚なのも面白い。


『ギミチョコ!!』は、ライヴ映像にCD音源を被せたものだ。
 このMVについては『ギミチョコ』論考の時に改めて触れたい。
※コメントでの情報ありがとうございました。





 メタルとは関係無いし、全米チャート歴代1位に迫っている事に関心は無かったのだが――
 マーク・ロンソン(トラック・メイカー)+ブルーノ・マーズ(ゲスト・ヴォーカル)による「Uptown Funk」は、MVはあまり面白くないのだがサタデーナイトライヴでのスタジオライヴは熱かった(バンドは本物だが当て振りというIDZ on Music Station状態)。
 サウンド的にはリック・ジェームズの再現かと思うが、アレンジにはザ・タイムのニュアンスも。ファンクが復権しつつあるのであれば嬉しい。
 ダンスビートを体現する好例。しかもかなりエコ。





2015年4月10日 (金)

BABYMETAL GOES WEST

 昨日はBABYMETALが大きな発表を幾つか行った。
 後になって、今のこの時期に起こった事がBABYMETALを取り巻く環境と、BABYMETAL自身の新たなステージへ至る節目として記憶されるのかもしれない。


 5月からのワールドツアー訪問国向けに、メキシコ、カナダ、スイス向けの挨拶動画が既に公開されている。SU-METALの英語発音がとても巧くなっていた。

 1stアルバムがヨーロッパではearMusicから、アメリカではRAL (Sony Music)からリリースされるという。
 オリジナル盤にボーナス2曲が追加(『Road of Resistance』『ギミチョコ!!-Live』)。MV6曲が収められたDVDとの2枚組の様だ。オリジナルの初回限定版付属DVDに、『ギミチョコ!!』MVが加わるのだろう。
 随分以前から海外リリースは検討されてきた筈だが、遂にという感慨が湧く。
 しかしCDが多く売れる時代ではなく、そう簡単に「成功」という結果に結びつく訳では無い。5月から始まるワールドツアーは、プロモーションとしても大きな意味を持つ事になる。

 しかしRALというレーベルは寡聞にして知らず、ちょっと調べたが配信が主体の様な印象を受けた。今回の発表直前、iTunesやSpotifyでの1stアルバム配信が停止措置になっていたので、何らかの発表がある事は確実視されていたのだが、CDをどれだけ売る目算なのか、現時点では見えない。
 映画スタジオで言うなら、RALはSony Picutures Classicsという感じかもしれない。大規模に宣伝を打つブロックバスターを扱う本体ではなく、アートムービー系やインディペンデント系を制作する会社だ。Fox Searchlights Studioなどもそういうスタジオである。

 ボーナストラックには『君とアニメが見たい』が入ると思ったのだけれど、これはちょっと残念ではあった。
 尚日本国内は引き続きトイズファクトリーがリリースをしていくという。


 既に通常盤の予約は始まっていた昨年のワールドツアーの映像ソフトは、やっとファンクラブ限定セットの具体的な仕様が発表され、予約が始まった。設定価格が高いと言えば高いのだが、内容を考えれば納得出来るとも言える。
 私の様な在宅ファンには、出してくれるだけでも有り難いとすら思う。


 いよいよ2015ワールドツアーの開始が迫ってきてしまった。直前にはO-Eastでのファンクラブ限定ライヴ2夜もある。

 本ブログは、それが始まる前までに、これまでに発表された楽曲(プログラム)を論考し、その時点まででの試論をまとめたいという目標で書き始めた。
 BABYMETALは最後まで応援し見届ける決意は揺るぎないが、ブログをずっと続けられる自信は無い。
『浅田真央試論』は何となく停止してしまったのだが、『BABYMETAL試論』はある程度のまとめをしたいと思っている。

 

 論考は発表音源があるものしか出来ないので、『Road of Resistance』までとなる。

2015年4月 9日 (木)

『メギツネ』考 4

 BABYMETALに関心を抱き始めた時、菊地最愛と水野由結に何か既視感を覚えたのは、イチローと共演したCMの印象があったからだ、という事に気づいたのは結構経ってからの事だった。

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 BABYMETALの3人のプロポーションが一番ドラスティックに変わったのは、昨2014年3月の武道館後だという気がする。
 ワールドツアーを経て夏のSonispherでは、SU-METALの体格はしっかりとしており、YUIMETALとMOAMETALの身長も伸びていた。

 初期の「天使の様な」小さくて愛らしくキレキレな踊りをする2人では最早なくなっているのだが、天使の様な笑顔は決して失われておらず、真剣な振付けでは年齢相応な経験値とスキルを備えた強い存在になっている事を顕示していた。

 初期の3人のギャップを愛した人の中には、かつての様なバランスが見られなくなった事を惜しむ人もいたかもしれない。しかし私を含めた比較的新規のファンには理想的に成長してくれたと思う人が殆どだろう。

 やはり初期の、既に中学生になっているとは言え小さな少女だった彼女達を、ファンであると広言する事には抵抗を覚える人もいた筈だ。
 初期の小柄な体躯でのパフォーマンスも、キッズのレベルなどではなく既に完成度は高いものになっていたのだが、しかし昨年以降からのパフォーマンスは体格と比例して格段に成長した事が誰の目にも明らかである。

 以前埋め込んだ動画、NHK「MJ」出演時のパフォーマンスと、Sonispherでのパフォーマンスを見比べてしまうと、やはり圧倒的に彼女達のパフォーマンスは別物とも言える程に差がある。
 MVでは既に、要求された動きは完遂出来てはいるのだが、実際のステージで再現するのはまた別の問題となる。


 このプログラムのYUIMETAL+MOAMETALの振付けは、漫然と見ていると幻惑されてしまう。
 Bメロでは座り込んで女性らしい仕種を見せ、そこからの各部の振りは極めて細かくセグメントされており、ほぼ1小節毎くらいにポーズを決める。
 このポーズ決めのポイントが単純な4拍目とか小節頭には殆ど無く、3拍目で跳んだり、4拍裏に決めたりと実に難解なリズム割りとなっているのだ。
 大きな動作と素早い動作、緩急は変幻自在である。
 歌物のダンスは基本的にリズム・ビートを体現するものだが、MIKIKO-METALによる振付けは歌メロに沿ったり、完全にリズム・ビートとも歌メロとも異なるリズムで刻まれる。
 しかも恐ろしい事に、多くの場面でYUIMETALは歌を口ずさみながら実行しているのだ。

 振付けに着目して見ようとすると、どうしても正確無比なYUIMETALを注視してしまう。
 素早いムーヴメント、決めたポーズの正確さと静止、どれもが完璧なのだ。
 MIKIKO-METALは彼女について、ヒップホップでもない独特なダンサーだと表現していた。どんなダンスだってYUIMETALならばこなしてしまうのだろうが、MIKIKO-METALの振付けに特化した、まさにMIKIKOコリオグラフィを具象化した存在であるのかもしれない。

 MOAMETALは比較的正確さは欠くものの、大きなモーションには予動をつけたり独自なアレンジをしていて、また面白いパフォーマンスである。3人、2人で揃えるところはきっちり外さず、煽りパートになると一瞬で火がついて激情的なアクションを見せる、といった切り替えは3人でも随一だ。

 SU-METALは、やはりヴォーカルがあるので動きは控えめだが、「ソレソレソレソレ」ではやはり彼女らしい全身バネの様な動きを見せる。


 このプログラムはそれ自体独立性を持った構成だ。
 冒頭、ライヴ版ではSU-METALのプリ・レコーディングされた「きーつねー、きーつねー」という、レトロな加工された歌声に合せ、3人がしずしずと舞台中央で開始フォーメーションに入る。
「じょーゆうよー」に合せ面被りのポージングに入るのだが、そこまでたった3拍の動きだけで、もう完全にプログラムの世界を作り上げてしまう。

 イントロ前半、YUIMETALとMOAMETALは「キツネ振り」のポーズを幾つか繰り返す。そして「ソレ!」に入る直前の小節3拍目で3人が跳び、4拍目で不思議なポーズで着地する。
 左掌で顔を隠し、首を傾けたままジャンプするのだ。最初は水に潜る様な仕種に見えたのだが、そうではなくこれはキツネが何かに変身する描写なのではないかと思う様になった。

 そう、「乙女」になるのだ。

 ここに顕著なのだが、彼女達は音に合わせて動いてはいない。
 普通は音が鳴ったところで動く筈だが、ジャンプの様に一旦飛び上がったら、着地するまでの時間は制御出来ずビートに遅れる可能性がある。したがって2拍目の裏には既に跳び始めており、ビートが鳴った時に跳躍した頂点に合って見えるのだ。
 着地した次の拍からはもうリフに合せた「ソレ!」という激しい振りに入る。
 イントロだけでこの情報量である。

 YUIMETAL+MOAMETALは昨年より、「ソレ!」「コンコンコンココン」も全て生歌で歌っている。激しい振りに合せてなので、一層切迫感が高まる。

 

「さくらダブ・ステップ」では、SU-METALが一度後方に下がり、紙の狐面を手に現れるという時代劇の様な演出がある。これもなかなか映像ではSU-METALの面越しの流し目を捉えたものが見つけられずに不満を抱くのだが。
 昨年のHeavy Montrealでは、投げ捨てた面が強風に押し戻され、MOAMETALの顔面を直撃するアクシデントがあったのだが、MOAMETALは平然と振りを貫徹し、座るパートの時に素早く面を払いのけるという極めてプロフェッショナルな手際を見せて内外のファンに感銘を与えた。 
※MOAMETALがステージ袖で座り込んでいる写真はSonispherではなくHeavy Montrealの時のものだった。コメントで指摘を戴いていたが訂正が遅れてしまった。お詫びして訂正をします。

 エンディングは再び激しい祭りのアクションから面被りのポーズに戻っていくのだが、SU-METALと2人が時間差で表裏を入れ替わり、何度観てもうなり声を上げてしまうくらいにビシッと決める。

 音が鳴り止んでも3人はそのポーズを保ったままで静止している。
 屋内のライヴであれば照明を暗転させられるので、そういう振付けになっているのだろうが、野外のフェスであると次のプログラムの音がなるまでそのポーズのまま待たねばならないのだろう。観衆が熱狂しているのに、ステージ上で静止し続ける3人の姿は神々しいばかりだ。

 SU-METALにとってライヴで歌う中ではこの曲が一番難しい様だ。
 確かにBメロ以降は高い音域ばかりで、ブレス箇所が極端に少なく、しかも歌メロは微妙な音域でのレガートが連続する。
 ライヴによってはやはりSU-METALのヴォーカルが巧くいかない場合がある。
 ただ、これは彼女の問題だけではない気がしてならない。神バンドの演奏パートは変え様がないが、同期させるプリ・レコーディング音源の方で、もっと歌い易いアレンジをする事は可能な気がする。ハモりをもっと下げるくらいなら現場のミキシングでも操作出来ると思う。まあこれは部外者の余計な戯れ言であるが。

 その面でもやはりSonispherでのパフォーマンスは見事だった。
 SU-METALのヴォーカルはほぼ完璧に近く、YUIMETAL+MOAMETALの動きのキレも、私が見た中では最高のものだった。


『メギツネ』の振付けは、BABYMETALだけしか出来ない特別なものであるのは当然として、ある一つの頂点だと言える気がしている。
 シンプルに音楽に乗せて身体を動かすところなど一瞬もなく、寧ろ音に先行して動作を開始させ、まるで音楽を牽引する様な振付けを実行する。少なくとも近年のポピュラー音楽の世界にはなかったものだと思う

 私が近い感覚を抱いたのは、フィギュア・スケート界では知らない者はいないロシアのエフゲニー・プルシェンコの演技だ。ヴィヴァルディの激しい弦楽奏を使ったプログラムで、彼はまるで指揮者の様に音を先回りして全ての動作を演じた。ただ録音された音源を流しているだけなのに、実際に彼が指揮しているかの様に錯覚出来て、とても感銘を受けた。
 BABYMETALの振付けは、後の『ギミチョコ!!』以降もこうした要素が不可欠になった。
『メギツネ』が端緒という訳では無いだろうが、決定的に印象づけたのはやはりこのプログラムなのだ。
 彼女達があの様に振付けをパフォーマンス出来るのは、身体的能力以上に音楽的なセンスがあるからだと思う。
 トラックを正確なリズムで脳内再生が出来ており、神バンドの演奏でビートのピークを的確に捉えるからこそ、先回りモーションが成立するのだ。



 

 私のMost Favoriteなプログラムという訳ではないのだけれど、『メギツネ』についてはまだまだ書き足りていない。
 イントロ部のビートが高まる直前、YUIMETALとMOAMETALが狐の顔をつき合せるところが妙に色っぽいだとか、「なめたらいかんぜよ」ではまたも2人はSU-METALに蹴り飛ばされるとか、後半のCメロではYUIMETALが望んで「扇風機ヘドバン」が組み込まれているだとか、論旨に組み込めなかったエピソードは尽きない。


 それにしても、改めて当初の疑問に戻ってしまう。
 何故BABYMETALの3人はこの様なパフォーマンスを可能にしたのか。
 そして、MIKIKO-METALは何故それが可能であると思ったのか。

 私には未だに結論が見出せない。



2015年4月 8日 (水)

『メギツネ』考 3

20140520005358963

 たしか『いいね!』についてだったと思うが、YouTube動画へのコメントで、英語圏男性が「この振付師はイカレている (Sic)」と賛辞を述べていた。
 そして3人のパフォーマンスについて、何故これほどの事が出来るのか不可解だと述べると、それに対して別の外国人が「彼女達は中国人の様に幼少期から鍛えられているのだ」と書いていた。上海雑伎団の様なものだと思い込まれている。

 確かにそうした誤解を生じても不思議ではないとも思う。
 BABYMETALのステージ・パフォーマンスは何度見直しても人の能力を超えているとすら思えるからだ。
 しかし彼女達は決して無理をやらされてきたのではない。そこが最も特異なところなのだと気づいて貰いたいものだ。


 MIKIKO-METALについての全体像を私は未だ把握し得ておらず、BABYMETAL新規である私がMIKIKO論など書ける筈も無い。
 Perfumeを巡るネットの言説を軽く探っただけでも、「MIKIKO先生」は単なるコリオグラファーではなく、メンバーにとってのメンターであり、舞台クリエイターという大きな存在である事はすぐに察せられるし、言及される事も多い。

 これまでのプログラム批評では、巷間で言われる幾つかのMIKIKO振付けの特徴を挙げてきた。
 私が自分なりに見出したものも、「制御されたエモーショナルなモーション」「言語活動(ランガージュ)的」という事を挙げたが、このブログを始めた時からずっと一つのワードが頭の中にあった。それは、

 「MIKIKO-METALの振付けはドS

という言葉だったのだが、さくら学院2014年度の終盤公演用の振付けが始まる時、職員室(スタッフ)のTwitterで「MIKIKO先生のドSな振付け、期待してますw」とあっさり書かれてしまった。
 実行するのが極めて大変な振付けである事は、誰より演じる当事者達が痛感しているのも当然ではある。

 MIKIKOを特集したBSフジの番組「ESPRIT JAPON」に於けるインタヴュウは色々と興味深かった。
 彼女は高校に入ってからダンスを本格的に始め、早くも19歳で教える立場になった。
 しばらくはMAXのサポートとしてバックダンサーをしながら、故郷の広島でもアクターズスクール広島で指導をし、広島では舞台演出までも行っていた。
 Perfumeはメンバーが小学5年の時からの付き合いだという。

 2006年頃、彼女はニューヨークへ単身で舞台演出や振付けを吸収する為に向かう。
 Perfumeにはビデオレターで振付けを教えており、Perfumeのブレイク時には日本にいなかった。

 ニューヨーク滞在中。彼女がそれまで得意としていた黒人的なダンスは、そもそも日本人には合わないのかもしれないと彼女は思った。では日本人らしさを活かすダンスとは何なのか。
 外国の観客に対して「和」の要素を出してアピールするというのも、ルーティンとしてこれまで多く試みられてきた事であるが、それも自分がやりたい事とは違う――。

 そして形成されていったのが、Perfumeがパフォーマンスする、数々のコリオグラフィだったのだ。

 時が移り、さくら学院と派生ユニットの振付け、舞台演出も担当する事になる。
 彼女はバトンをやっていた経験がある様で、女の子達が大勢でフォーメーションを様々に変えていくというステージが「大好物」だったので、特にバトン部 Twinklestarsの振付けは楽しんだ様だ(生徒達はさぞや大変だったかもしれない)。

 そして重音部BABYMETALの振付けに取り組む。
 興味深い事に、BABYMETALの振付けでは、彼女が「避けたい」と思っていた要素を前提としなければならないプログラムが作られていく。
 言うまでもなく「和」テイストの『メギツネ』と、Bガール的なダンスがキーモーションとなる『おねだり大作戦』である。

 楽曲からしてこれらの要素を排除する事は不可避であった。彼女がどう自己の中で折り合いをつけたのか、訊ねてみたい気がする。
 しかしどちらのプログラムも、きっちりその要素を期待されるもの以上に構築し、単にそのジャンルの要素ばかりではなく、BABYMETALらしさ、MIKIKO-METALらしさをベース以上に積み上げている。

 メタル(それも早いBPMの)、EDM(及びTECHNO POP)、正統派アイドル、モダンダンス、ヒップホップ/ジャズ、コンテンポラリーなアートとしてのダンス――と死角の無い様な懐の深さよりも、一旦ダンスが始まればすぐさま「MIKIKO振付けだ」と判ってしまうオリジナリティ、ユニークさが際立つ。
 今の映像・音楽メディアのフィールドで、一番創造的に自由を獲得した一人であるかもしれない。

『メギツネ』のキー・モーションは日本舞踊だ。
 面を模した、頭の上から被せる掌の仕種は実に美しい。

 アイドルが見せるダンスは、歌を愉しげに見せるものだが、特にYUIMETALとMOAMETALにとっては先ず「演じる」ものなのだろう。そのプログラムをパフォーマンスする時間は、YUIMETAL+MOAMETALから、更にそのプログラムのキャラクターへと移行する。
 BABYMETALの三人には本来判り得ない女の情念、の様なものが歌われる中で、科(しな)を作ったり化粧をする仕種についても、顔の角度など細かい計算がなされており、それを二人は常に完璧に演じてしまう。
 BABYMETALのプログラムの中でも、この『メギツネ』は独特な世界を作り上げていると思う。

 それは何かと私は考え続けてきた。
 MIKIKO-METALの振付けは言語的で、ダンスとしては普通は用いられない手法も導入して「伝え」ようと強く働きかける。
 それ故に言語が異なる観衆をも巻き込んだのだろうと前に述べた。
 しかし『メギツネ』は異なる。容易に共感させようとはしないプログラムだ。
 やはりこれは歌詞がそうさせているのだと思わざるを得ない。

『ヘドバンギャー!!』が、自分自身の熱狂を醒めた観察眼で客観視した視点が併存しながら、観客をも熱狂に巻き込もうというプログラムであるのに対し、『メギツネ』は舞台上で完全に完結している。
 勿論、実際のライヴでは3人の煽りに観客も巻き込まれていくのだが、しかし「祭り」として3人が舞う姿は観衆に向けてというよりも、神に向かっている様に私には見える。このプログラムは神楽なのだ。
 渾身の力で3人が「ソレソレソレソレ」と踊る時間は長い。次第に片足だけで横移動もするのだが、3人の間隔は全く乱れない。
「『ドキドキ』が可愛く思える程、このプログラムから段々振付けが激しくなる」と、彼女達自身が述懐している。

 YUIMETAL+MOAMETALは仕種の折々で視線を観客の方へ送る。「男には判らないでしょ?」とでも言いたげな様に。


 今年正月のSSA公演で、客席で観ていたMIKIKO-METALが「3人は命を削っているくらいに見事だった」というコメントをしていたのだが、「え、そういうプログラムを作ってるのはあなたでしょうに」と心の中で突っ込まずにはいられなかった。

 BABYMETALのプログラムは、最初の振付け時からマイナーな手直しを受ける事は多くある様だが、特に『メギツネ』は後半、落ちサビ部が全く異なる振付けになった。
 幾度もステージを重ね、プログラムは更に研ぎ澄まされたものになっていく。


 

 つづく






2015年4月 6日 (月)

日本怪獣侵略伝 ~ご当地怪獣異聞集~

 告知が頻出してしまい恐縮なのだが――、
『怪獣文藝の逆襲』から時を置かずして、もう一冊の怪獣小説アンソロジーが発売となる。

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日本怪獣侵略伝 ~ご当地怪獣異聞集~」洋泉社 発売日 2015/4/13

 こちらは造形・デザインの寒河江弘氏(私は『魔法使いTai!』『ウルトラマンティガ』でお世話になった)と村井さだゆき氏が進めている、日本の都道府県に御当地怪獣を作るというプロジェクトから生まれたオリジナル小説集だ。
 洋泉社から出るこの本では、特撮脚本家にお題が出されて小説を競作。それぞれに別の作家の手によるイラストレーション(1色)が2点も描かれている。

村井さだゆき×岡本英郎
小中千昭×池谷仙克
中野貴雄×丸山浩
會川昇×開田祐治
井口昇×加藤礼次郎
上原正三×韮沢靖
装画:西川伸司

 私の作品には、“あの”池谷仙克さんに装画を描いて戴いた。
 怪獣デザイン自体は池谷さんではないのに、これがもう、あの池谷タッチで描かれているのだ。これは是非見て戴きたい。

 BABYMETALとは全く無関係という訳でも無く、横浜の御当地怪獣「少女怪獣レッシー(赤い靴怪獣)」が登場するエピソードを、井口昇監督が書いている。

 會川昇氏があのOVA『THE 八犬伝』Revisitedと言える小説を書いた事も個人的に嬉しかった。
 そしてウルトラ脚本のオリジネイターの一人であり、尊敬する上原正三氏が書かれている事はエピックだと思っている。

 それにしても角川書店と洋泉社がほぼ同時期に怪獣小説本を出すというのは希有な出来事だ。その双方に書く機会を得たのは有り難かったが、個人としては困難さもあった。
 これは読者には全く無関係な事なのだが――、
『恐怖の作法』にも書いたのだけれど、3.11以降、私は都市破壊を描きたいと思わなくなってしまっていた。怪獣物ばかりでなく、アニメーションなどでも数多くの都市破壊を描写してきた自覚があったからだ。
 しかし今回、特に「ご当地怪獣」は編集者から「怪獣が一瞬出てきて終わりというのはナシです」と厳命され、仕方なく怪獣を暴れさせたのだが、やはりこの衝動には未だに抗えない何かがあると再認識したのだった。




 シュリンクラップの写真集がもう一冊届いた。
 NHK「MJ」で、さくら学院2014年度卒業公演の様子が短く流れた。
 私は未だ父兄という域には達せずシンパサイザーに留まるのだが、卒業した四人共に活躍を願っている。
 田口華の歌はもっと見ておきたかった。彼女は自ら志願して虎姫一座の研究生となったそうだが、昭和歌謡レヴュウというコンセプトのこの劇団は観に行きたいと思っている。
 野津友那乃はコメディエンヌ志望。「モンティパイソン」にせよ「サタデーナイト・ライヴ」にせよ、優れたコメディショウには美しくキレキレのコメディエンヌの存在が光っていた。そういう女優になって欲しい。

2015年4月 5日 (日)

『メギツネ』考 2

Megitsune

 本稿執筆現在、東京は桜が散っている。
 今回はCD音源のサウンドと歌唱について。

「さくらさくら」を引用したダブステップ・パートが『メギツネ』アレンジの眼目であるが、冒頭にもその一部が流れる。
 日本人ながら、この「さくらさくら」のメロディにはエキゾティシズムを感じる。江戸時代の箏の練習曲だったそうだが、イントロではサンプリング音源により箏の音も聴かれる。

 BABYMETAL楽曲としては珍しく16ビートなのだが、勿論フロアで踊れる様なダンス・ビートではない。
 リフがギターではなくシンセ・ブラスというところが、元々この曲のデモではがEDM系の作りになっていた片鱗だろうか。
 Aメロ、SU-METALのヴォーカルは極めて無機的な歌い方をしており、ヴォコーダーとのユニゾンが無機性を更に演出している。
 YUIMETAL+MOAMETALの「わっしょい」が躍動感と生命感に溢れているのと好対照だ。
 このAメロは一度だけで繰り返さない。

 SU-METALのヴォーカルはBメロから本腰が入る。
 音源のヴォーカルは、他の楽曲と異なる処理がされている。かなり強烈なコンプレッサーが掛かっているのだ。
「リミッターが掛からない」のが中元すず香の歌であるのだが、それを徹底的に潰す(一定音量に揃える)とこういうローファイ(ハイファイの逆)・トラックになる。暑苦しさとか迫力を出す場合に使われる手法なのだが、率直に言ってBABYMETALのトラックには不要な処理だった。

 この楽曲の歌メロも、なかなかに難度の高い(音符に♭とかナチュラルとかが一杯ついてそうな)メロディだ。しかし単に奇をてらうものではなく抒情的で綺麗な流れではある。

 私はSU-METALヴォーカルの魅力の一つにレガートの巧さにもあると思っていた。
 それは『ド・キ・ド・キ☆モーニング』から顕在している。3回目の「ちょ待ってぇ」の「てぇ」といったところだ。彼女はいつもこういうところは正確だし、スラーで繋げられた音符の動きを一層魅力的に聴かせる。
 Bメロ歌い出し「いにしーえーの-」、SU-METALのレガートの魅力に、先ず惹かれずにはおれない。

『メギツネ』には演歌的な「しゃくり」が最初から歌メロに組み込まれていた。「ああ~」という箇所だ。
 SU-METALは「はじめてこの曲の録音で歌唱指導をされた」という様な事を言っていたが、恐らくそれは「津軽海峡冬景色」の参考音源を聴いた程度ではないかと思う。

 この歌入れはさくら学院2012年度卒業式(2013年3月末)の翌々日に行われた様だ。

 素直な歌い方で人の心を動かしてきた中元すず香に、演歌調メロディを歌わせるというのは、相当に勇気が要る事だった気もする。
 当然ながらSU-METALは、過大な情感を盛り込まずストレートに歌いこなした。

 私が少し気になっているのは、「幾千の」の「ん~」が「ぅ~」と歌われるところなのだが、味と言えば味である。

 この曲(音源)を聴き返すと、いつも私はメイン・ヴォーカルよりも、その旋律の上下をトリッキーに行き来するハーモニー・ヴォーカルの方に聴き入ってしまう癖がついた。
 これまでの楽曲でも、単純な3度のハーモニーはSU-METALがつけていたと思うが、『メギツネ』のハモりには魂が籠もっている。
 ライヴでもこのハモりは流されるのだが、SU-METALの生のヴォーカルとはやはり質感が違い過ぎている為に味付け程度に留まる。
 CD音源ならではの愉しみだ。

 曲全体が未だ半分も行かない内に「さくらダブステップ」に突入する。
「さくらさくら」のメロディで「キツネ キツネ ワタシハメギツネ オンナハジョユウヨ」と歌われる。

 中間部はYUIMETAL+MOAMETALが引っ張る。
 祭りの囃子が「せいや」ではなく「そいや」なのは、やはり一世風靡セピアの楽曲からインスパイアされたのだろうか。

 東京の祭りでは古来「わっしょい わっしょい」だったのが、暫く前から地方の影響で「せいや せいや」が優勢になりかかった。しかし伝統を守ろうと近年は戻されているところが多い。
 一世風靡セピア『前略、道の上より』の歌詞を見ると
「素意や 素意や~」と漢字が宛てられていた。阿波踊り的な振りが一世風靡セピアとBABYMETALでは共有される。


「ソレソレソレソレ」と盛り上げるYUIMETAL+MOAMETAL。
 そして再びBメロから歌が再開するが、落ちサビ的になった後にブレイクがあって、

「なめたらいかんぜよ」

 という台詞となる。

 高い音域でずっと歌っていたのに、ここでは可能な限り低く声を出そうとしており、しかし紛れもなく少女の声なので「どきり」とさせられる。

『鬼龍院花子の生涯』(1982)という映画が公開される時、夏目雅子のこの台詞を言う場面は盛んにテレビスポットで流された。
 勿論SU-METALはそんなものは見ていまい。
 この台詞は土佐弁であるが、宮尾登美子の原作小説にはなく脚本家の高田宏治が書いたものだった。

 そこからはCメロの繰り返しとなるが、音量バランスはもう、メイン・ヴォーカル(+ハモり)とドラムだけというくらいに極端なミックスだ。
 この為のヴォーカルにコンプ・リミッターを掛けていたのかとも思える。

 それにしても何と圧倒的な説得力を持つ歌声だ。
 これについてだけは私の言葉では表わし難い。
 どんなエフェクトも無効化してしまう様な存在感である。
 歌詞だけを見ると疑問を抱くところも、この歌唱によって完璧に納得させられてしまうのだ。
「乙女」の歌ではあるが、少女というよりも「女」に近いこの歌を、この時点でSU-METALは歌いこなしていたのだ。



 

 SU-METALも、YUIMETALとMOAMETALの祭り囃子も「愉しくて仕方が無い」様な表現では全く無い。ある種の決意があり、切迫感を以てそれにひたすら邁進している表現にしか聞えない。
 このトラックを許に、MIKIKO-METALは更なる高い表現へ向かう。



 つづく









 誕生日コメントを多く書いて戴き、大変ありがとうございました。
 こんなに多くの人に祝いを述べて貰ったのは初めてかもしれない。
 昨日は映画美学校の生徒達が人の誕生日にかこつけて花見を開催してくれた。

 私が赴くと、生徒らが自作の面を被って迎えられ、いきなりゲンナリ。

20150404_162225

 ケーキがまた羞恥プレイなアレで、これは流石に公開出来ない。まあ感謝はしている。

2015年4月 4日 (土)

4の日

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 『メギツネ』論考はちょっとお休み。
 4月4日というのは私の誕生日である。この歳になるとめでたくもないどころか忌まわしくもあるのだが。

 牽強付会も甚だしいが、BLACK BABYMETAL『4の歌』は、私の歌である。そう思えば少しは誕生日も楽しい、かな?



 

 もう手元に来てからかなり経っているのだが、『さくら学院2013年3月 卒業 中元すず香』という写真集。
 これまでに若い女性の写真集を買ったのは浅田真央の2冊だけだった(たった2冊しか出ていない)。
 BABYMETALに関するものを取り敢えず集めた時期に買ったのだが、未だにシュリンクラップを破らずまま、どうしようかと思案している。

 もうすぐ発売になる「ベース・マガジン」誌(5月号)の取材を受けた。インタヴュウの半分はBABYMETALの事を話した。本望である。

『グラビア ザ テレビジョン』誌に水野由結の初単独取材頁があった。
 菊地最愛との間にライバル心はあるのか、という問いに、「多分両方とも持ってると思う。自分達の関係は『FRIENDS』というさくら学院ソングの歌詞と同じだ」という答えをしていた。
 ライバルで親友、そういう歌である。

2015年4月 3日 (金)

『メギツネ』考 1

Megitsune_mj


Release:Single『メギツネ』2013年6月19日
Credits: 作詞:MK-METAL・NORiMETAL 作曲:NORiMETAL 編曲:ゆよゆっぺ


 先ずはやはり、歌詞を中心に見ていこう。

 今から2年弱前、現在のところBABYMETALがリリースした最後のシングルCDという事になる(配信では『Road of Resistance』がある)。

 BABYMETALが海外での展開を本格化する為に作られた曲だ、と思っていた。
 レディー・ガガのサポート公演では自己紹介としてこのプログラムからショウが始められていた。
 日本らしさを前面に出しており、ガガを観に来た観衆にとっても判り易かっただろう。

 意外な事に、この曲が着手されたのは結成後そう間もない時期であり、『紅月』を含めたBABYMETAL初期楽曲4作の一つだった。
 しかし初期のサウンド設計はK-Pop的なEDMだった様だ。
 すっかりBABYMETAの主力作家となっているゆよゆっぺにアレンジ、サウンド・プロデュースが委ねられたが、最終版に至るまでには30を越えるヴァージョンの試行錯誤が重ねられたという。

 歌詞に切り込む前に、
 ファンにとっては今更の事が多くなるが、改めてBABYMETALと「キツネ神」の関係を振り返る必要がある。

 BABYMETALが生まれて間もない時期、フォトセッションの時か、或いは『ド・キ・ド・キ☆モーニング』振付けの時かは判らないが、メタル・ミュージシャンが写真に収まる時によくする指のサインが教えられた。少しでも「メタルらしさ」を演出する為だ。
 そのサインとは人差し指と小指を立てた「メロイック・サイン」と呼ばれるもので、今は亡きロニー・ジェイムズ・ディオが広めたと言っていい。
 かつては「悪魔の角」の印だと理解されていたのだが、悪魔信仰と関連づけられる事を忌避して、異教的ではあっても反キリストではないのだと現在では説明される。

 三人はそれを真似し始めたところ、影絵の「狐」の形と似ている事を面白がった。
 ここでBABYMETALと狐の関係が生まれる。

 BABYMETALの三人はインタヴュウを受ける場合、自分達が知らされていないこれからの計画について訊ねられると、「それはキツネ神だけが知っている」と答えるルーティンが生まれ、そもそも三人はキツネ様によってステージに降臨し、神が憑いた状態でパフォーマンスをしている、という設定となった。


 稲荷信仰は全国に普遍的に広まっているもので、日本人にとって神の眷属である狐の像は馴染み深い。
 狐の尻尾が実りある稲穂と相似している事から、稲荷信仰は豊作を願う信仰の対象となってきた。
 収穫した穀物を食い荒らす鼠を退治してくれるという意味でも、狐は農民の味方であった。

 一方で日本人にとって、狐は狸と共に「化かす」存在でもあった。
 まず触れねばならない「玉藻前」。鳥羽上皇をたぶらかした美女の正体は九尾の狐であり、追い詰められると殺生石という毒を放つ石に身を変えた。

 狐、特にメスの狐に対する概念は日本と西洋は少し似通っている。
 Vixen(メギツネ)という言葉には、「意地悪な女」というコノテーションが付帯する。

 1980年に、女性4人バンドVixenがデビュウした。リチャード・マークスが書いたデビュウ・シングルだけはとても好きだった。ドラマーがピンヒールを履いたまま叩いていたMVが印象的だった(近年までメンバーを入れ替えて断続的に活動していた様だ)。


「メギツネ」という言葉は、昭和の映画やドラマだと「本心を隠して他者の前では狡猾に演じる女」という意味合いの台詞で使われてきた。
 基本的にはパブリック・イメージとして良い女のイメージではない。

 それを前提にこの歌詞は書かれている。



『メギツネ』の歌詞は『ヘドバンギャー!!』と同じく、整然とした論理性が薄いのだが、以前の曲に対して私が抱いた様な異議、というより違和感をあまり感じる事はなかった。
 全く根拠も無く書いてしまうが、この曲の歌詞をメインに書いた人物は女性ではないだろうか。

 この歌は、女が華がある時期には限りがあって、それまでは内心では辛い事があっても、華やかに振る舞う。それが女の道であるという様な内容だ。

 そうした観点を持てるのは、相応に年齢経験を積んだ者だと普通は考えられるが、1回しかないAメロの歌詞は明らかに「現代の若い女」の実感として書かれている。
 そして「いにしえ」の幾千の時に生きた乙女達は、今そこにいる少女とも同一であるという。乙女というのは単なる成長過程の一時期なのではないという事だ。

 一人の乙女の中に、乙女という概念と繋がる総体そのものがあるというのは、アーサー・ケストラーのホログラフィック理論的な、部分の中に全体があるという考え方なのかもしれない。
 この歌の語り手はそれを直感的に知っているのだ。


 この歌詞の最も野心的な箇所は、「ヤマトナデシク 女は変わるの」という一節だ。
「大和撫子」という、「メギツネ」とは相反する様な概念が持ち出され、更にその言葉は「如(し)かれる」ものだと助動詞的に規定される。
 音韻で読めば「大和撫子らしく」かもしれないが、「如(し)く」と読むと「匹敵する 敵う 及ぶ」といった意味合いも出てくる。
 どの意味合いかを一つに絞る事に意味は無いが、この歌詞に於ける「大和撫子」はずっとその女性の人生にあるものというよりも、時限的なものである様に読める。

 大和撫子という概念は、10世紀には文化の中で流通していた様だ(『古今和歌集』の「あなこひし今もみてしが山がつのかきほにさける山となでしこ」)。
 より遡ろうとすると、記紀の登場人物の一人である奇稲田姫(櫛名田比売 くしなだひめ)に由来を求める事も出来る。この姫は撫でる様に育てられた事から、撫子という花の語源になったと言われている。
 八岐大蛇に立ち向かう素戔嗚尊に寄り添い、櫛に身を変えて霊力を与え、退治後は素戔嗚尊の妻となった奇稲田姫は、「変身する女性」という面では「メギツネ」の歌詞と重なると言えよう。
 何より、BABYMETALが崇めるのはキツネ「神」なのだ。

 
 

 耳に残る歌詞に「キツネじゃない キツネじゃない 乙女なメギツネ」がある。
 キツネとは違うメギツネ、単に雌雄の差異とも思えない。入念に「乙女な」という言葉まで添えられ、メギツネという言葉の持つ悪いイメエジを払拭しようと試みている。

 メギツネが化けるのは、己の為だけでも虚栄の為でも無い。
 この歌詞はそう強く訴えている様に聞える。
 化粧もする。花火も上げる。顔では笑っていても心では泣く。

 乙女総体の観念的な全体像把握問題は脇に置いて、BABYMETALの三人は、この曲の歌詞に出てくる言葉にとても共感をしている様だ。
 特に「顔で笑って 心で泣いて」の部分に。

 あの様な苛烈なステージを完遂する為に、三人はどれだけの犠牲を払っているのか。
 BABYMETALはそうした裏側を一切見せない方針だ。
 昨年の武道館での事故など、アクシデントは幾つも起こってきたが、インタヴュウなどで触れる事はしないし、恐らく記事も書かないで欲しいという要請をしているだろう。
 肉体的な問題ばかりではない。活動開始から僅かな時間の間に、より多くの、より遠くの観客の前で演じ続ける事へのプレッシャーは想像するに剰りある。

『ヘドバンギャー!!』と同じく、この『メギツネ』も自分達を歌ったメタ的なプログラムなのだ。

 この歌詞がどの段階でフィックスとなったのかも判らないが、相当早めに出来ていたとすれば、2013年度の「修行」ツアーを経て2014年度から本格的に海外進出を始めるという、「普通ならやらなくてもいい」激烈な計画も見据えられていたのだという事になる。

 ここまで触れてこなかったが、この曲の合の手はほぼ全て祭り囃子だ。
 ハレとケ、ライヴ・ステージ上の彼女達と、「世を忍ぶ仮そめの姿」である自分自身。
『BABYMETAL DEATH』とはやや色彩が異なる意味で、このプログラムもSU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALになりきる為のものかもしれない。
 先に述べた様なガガ・サポートもそうだったし、武道館でもSSA(キツネ祭りと称された)でもこの曲がオープニング曲となっていた。

 

 
 

2015年4月 1日 (水)

メタルに於けるベース

 サウンドについての続きである。

 BABYMETALの音源についてその音像には文句があまりない、と書いたのだが、それはあくまで「メタル系ミュージック」としてだ。
 KOBA-METALは、BABYMETALのサウンドを仕上げるのに相当試行錯誤をしたと語っている。それは「メタリカの様にベースはあまり聞えない様な現代のメタル」のサウンドを指向したからだと述べている。

 確かに多くのメタル楽曲は、ベースが聞えないミックスとなる事がデフォルト化してしまっている。でもそれは決して良い事ではない筈だ。

 そもそもその端緒となったMetallica の "...and Justice For All"でベースの音が聞えないのは、当時から知られていた理由があったのだ。
 こんな記事が過日配信された。

メタリカの「聞こえないベース」、真相判明 リリースから27年

 何で今更?と首を傾げる。メタルファンには有名な話だし、ドキュメンタリ映画『メタリカ 真実の瞬間』でも言及されていた筈だ。
 天才と呼ばれたベーシスト、クリフ・バートンが事故死した後に加入したジェイソン・ニューステッドは、メンバーが悲嘆にくれているのにメタリカに加入した事で空気を読まずはしゃいでいた為、ミックスの時にベースを思い切り下げられたのだ。バンド内いじめだと言ってよい。
 ジェイソンが脱退後、それについては間接的に謝罪もされた筈だ。
 後任となった現在のベーシスト、ロバート・トゥルージロは、Metallica 加入前にInfectious Groovesで重量級ファンクを弾くベーシストとしてお気に入りだったのだが、Metallicaではやはりというべきか、ベースが目立つ場面は僅かでしかなくなっている。

 ともあれこのアルバムはロックとしても薄いサウンドであり、決してモデルにすべき音像では無い。
 しかし残念ながらその後のメタル・シーンでは、ベースの音を重視しなくなってしまった。それがクールな音だとエンジニア、プロデューサーが思い込んだのだ。


 ドリームシアターも、指弾きだからというのもあるがベースはあまり聞えない(ポートノイ脱退後のアルバムは聴いていないが)。

 ラウド系ミュージックではこの二十年程の間、ベースにSansAmpというアンプ・シミュレーターを使ってクランチ気味にドライヴさせた音が流行った。歪みまではいかないオーヴァーロード・サウンドは、ベース音を抜けさせる(音を認識させる)手段でもあった(流石に近年Sansの使用率は減った様だが、寧ろファズまで掛けるベーシストが増えたかもしれない)。確かにエッジは立つのだが、ミッド域が削られてしまう。
 本来ならば、各楽器がそれぞれ固有の周波数を自身の領域としてバランスを取るべきだ。
「アンサンブル」であるのなら。
※勿論、KoRnのフィールディの様に、ミッドを完全に絞ったドンシャリ音で存在感を出す手法も有る。まあ彼は自分の担当楽器を「打楽器」だと言っているのだが。

 近年のライヴハウスの音響はどうもクラブの影響なのか、低音を飽和させるまでに大きく鳴らす傾向がある気がする。
 単に観客をトランスさせる趣旨ならそれでも良いが、飽和した低音の塊の中では、ベーシストが弾くフレーズが聴取れる筈がない。

 何か間違っていると思う。

 ベーシストとして聴くと、BABYMETALの音源、ライヴも相当に不満はある。
 BOHが優れたベーシストである事はソロなどでも明らかであるが、バンドサウンドの中では存在感が薄い。これは決して彼の責任ではなくサウンド・デザインの問題だ。

 ベースはひたすら低音を出す楽器だと思われるかもしれないが、倍音を含めたベースが受け持つ周波数帯域は寧ろミッド・ローなのだ。

 ベースがきっちりと役割を果たせば、明らかにリズムがうねり、グルーヴが生まれる。
 それがベースの役割だ。

 BABYMETALの楽曲の中で、ベースが存在感を際立たせているものが一つだけある。
『ギミチョコ!!』だ。
 コンポーザーのTAKESHI UEDA(上田剛士)はメタルではなくハードコア出自のベーシストだからだろう。ギターとベースの支配音域は棲み分けされている。この楽曲にはロックらしいうねりが感じられるが、それ故にメタルらしさは薄いかもしれない。

 私がかつてNuMetalを好んだ理由の一つは、ベーシストがスラップする(事もある)からではなく、ファンク的なリズムとしてベースが己の役割を明確に担っていたからだった。

 メタルに於けるベーシストの復権を強く願う。

Bassboh



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ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術

第1章 平成仮面ライダーとは何か?――井上敏樹×虚淵玄
第2章 東映特撮と『セーラームーン』をめぐって――小林靖子×小林雄次
第3章 平成ウルトラをめぐって――小中千昭×曾川昇

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