« メタルに於けるベース | トップページ | 4の日 »

2015年4月 3日 (金)

『メギツネ』考 1

Megitsune_mj


Release:Single『メギツネ』2013年6月19日
Credits: 作詞:MK-METAL・NORiMETAL 作曲:NORiMETAL 編曲:ゆよゆっぺ


 先ずはやはり、歌詞を中心に見ていこう。

 今から2年弱前、現在のところBABYMETALがリリースした最後のシングルCDという事になる(配信では『Road of Resistance』がある)。

 BABYMETALが海外での展開を本格化する為に作られた曲だ、と思っていた。
 レディー・ガガのサポート公演では自己紹介としてこのプログラムからショウが始められていた。
 日本らしさを前面に出しており、ガガを観に来た観衆にとっても判り易かっただろう。

 意外な事に、この曲が着手されたのは結成後そう間もない時期であり、『紅月』を含めたBABYMETAL初期楽曲4作の一つだった。
 しかし初期のサウンド設計はK-Pop的なEDMだった様だ。
 すっかりBABYMETAの主力作家となっているゆよゆっぺにアレンジ、サウンド・プロデュースが委ねられたが、最終版に至るまでには30を越えるヴァージョンの試行錯誤が重ねられたという。

 歌詞に切り込む前に、
 ファンにとっては今更の事が多くなるが、改めてBABYMETALと「キツネ神」の関係を振り返る必要がある。

 BABYMETALが生まれて間もない時期、フォトセッションの時か、或いは『ド・キ・ド・キ☆モーニング』振付けの時かは判らないが、メタル・ミュージシャンが写真に収まる時によくする指のサインが教えられた。少しでも「メタルらしさ」を演出する為だ。
 そのサインとは人差し指と小指を立てた「メロイック・サイン」と呼ばれるもので、今は亡きロニー・ジェイムズ・ディオが広めたと言っていい。
 かつては「悪魔の角」の印だと理解されていたのだが、悪魔信仰と関連づけられる事を忌避して、異教的ではあっても反キリストではないのだと現在では説明される。

 三人はそれを真似し始めたところ、影絵の「狐」の形と似ている事を面白がった。
 ここでBABYMETALと狐の関係が生まれる。

 BABYMETALの三人はインタヴュウを受ける場合、自分達が知らされていないこれからの計画について訊ねられると、「それはキツネ神だけが知っている」と答えるルーティンが生まれ、そもそも三人はキツネ様によってステージに降臨し、神が憑いた状態でパフォーマンスをしている、という設定となった。


 稲荷信仰は全国に普遍的に広まっているもので、日本人にとって神の眷属である狐の像は馴染み深い。
 狐の尻尾が実りある稲穂と相似している事から、稲荷信仰は豊作を願う信仰の対象となってきた。
 収穫した穀物を食い荒らす鼠を退治してくれるという意味でも、狐は農民の味方であった。

 一方で日本人にとって、狐は狸と共に「化かす」存在でもあった。
 まず触れねばならない「玉藻前」。鳥羽上皇をたぶらかした美女の正体は九尾の狐であり、追い詰められると殺生石という毒を放つ石に身を変えた。

 狐、特にメスの狐に対する概念は日本と西洋は少し似通っている。
 Vixen(メギツネ)という言葉には、「意地悪な女」というコノテーションが付帯する。

 1980年に、女性4人バンドVixenがデビュウした。リチャード・マークスが書いたデビュウ・シングルだけはとても好きだった。ドラマーがピンヒールを履いたまま叩いていたMVが印象的だった(近年までメンバーを入れ替えて断続的に活動していた様だ)。


「メギツネ」という言葉は、昭和の映画やドラマだと「本心を隠して他者の前では狡猾に演じる女」という意味合いの台詞で使われてきた。
 基本的にはパブリック・イメージとして良い女のイメージではない。

 それを前提にこの歌詞は書かれている。



『メギツネ』の歌詞は『ヘドバンギャー!!』と同じく、整然とした論理性が薄いのだが、以前の曲に対して私が抱いた様な異議、というより違和感をあまり感じる事はなかった。
 全く根拠も無く書いてしまうが、この曲の歌詞をメインに書いた人物は女性ではないだろうか。

 この歌は、女が華がある時期には限りがあって、それまでは内心では辛い事があっても、華やかに振る舞う。それが女の道であるという様な内容だ。

 そうした観点を持てるのは、相応に年齢経験を積んだ者だと普通は考えられるが、1回しかないAメロの歌詞は明らかに「現代の若い女」の実感として書かれている。
 そして「いにしえ」の幾千の時に生きた乙女達は、今そこにいる少女とも同一であるという。乙女というのは単なる成長過程の一時期なのではないという事だ。

 一人の乙女の中に、乙女という概念と繋がる総体そのものがあるというのは、アーサー・ケストラーのホログラフィック理論的な、部分の中に全体があるという考え方なのかもしれない。
 この歌の語り手はそれを直感的に知っているのだ。


 この歌詞の最も野心的な箇所は、「ヤマトナデシク 女は変わるの」という一節だ。
「大和撫子」という、「メギツネ」とは相反する様な概念が持ち出され、更にその言葉は「如(し)かれる」ものだと助動詞的に規定される。
 音韻で読めば「大和撫子らしく」かもしれないが、「如(し)く」と読むと「匹敵する 敵う 及ぶ」といった意味合いも出てくる。
 どの意味合いかを一つに絞る事に意味は無いが、この歌詞に於ける「大和撫子」はずっとその女性の人生にあるものというよりも、時限的なものである様に読める。

 大和撫子という概念は、10世紀には文化の中で流通していた様だ(『古今和歌集』の「あなこひし今もみてしが山がつのかきほにさける山となでしこ」)。
 より遡ろうとすると、記紀の登場人物の一人である奇稲田姫(櫛名田比売 くしなだひめ)に由来を求める事も出来る。この姫は撫でる様に育てられた事から、撫子という花の語源になったと言われている。
 八岐大蛇に立ち向かう素戔嗚尊に寄り添い、櫛に身を変えて霊力を与え、退治後は素戔嗚尊の妻となった奇稲田姫は、「変身する女性」という面では「メギツネ」の歌詞と重なると言えよう。
 何より、BABYMETALが崇めるのはキツネ「神」なのだ。

 
 

 耳に残る歌詞に「キツネじゃない キツネじゃない 乙女なメギツネ」がある。
 キツネとは違うメギツネ、単に雌雄の差異とも思えない。入念に「乙女な」という言葉まで添えられ、メギツネという言葉の持つ悪いイメエジを払拭しようと試みている。

 メギツネが化けるのは、己の為だけでも虚栄の為でも無い。
 この歌詞はそう強く訴えている様に聞える。
 化粧もする。花火も上げる。顔では笑っていても心では泣く。

 乙女総体の観念的な全体像把握問題は脇に置いて、BABYMETALの三人は、この曲の歌詞に出てくる言葉にとても共感をしている様だ。
 特に「顔で笑って 心で泣いて」の部分に。

 あの様な苛烈なステージを完遂する為に、三人はどれだけの犠牲を払っているのか。
 BABYMETALはそうした裏側を一切見せない方針だ。
 昨年の武道館での事故など、アクシデントは幾つも起こってきたが、インタヴュウなどで触れる事はしないし、恐らく記事も書かないで欲しいという要請をしているだろう。
 肉体的な問題ばかりではない。活動開始から僅かな時間の間に、より多くの、より遠くの観客の前で演じ続ける事へのプレッシャーは想像するに剰りある。

『ヘドバンギャー!!』と同じく、この『メギツネ』も自分達を歌ったメタ的なプログラムなのだ。

 この歌詞がどの段階でフィックスとなったのかも判らないが、相当早めに出来ていたとすれば、2013年度の「修行」ツアーを経て2014年度から本格的に海外進出を始めるという、「普通ならやらなくてもいい」激烈な計画も見据えられていたのだという事になる。

 ここまで触れてこなかったが、この曲の合の手はほぼ全て祭り囃子だ。
 ハレとケ、ライヴ・ステージ上の彼女達と、「世を忍ぶ仮そめの姿」である自分自身。
『BABYMETAL DEATH』とはやや色彩が異なる意味で、このプログラムもSU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALになりきる為のものかもしれない。
 先に述べた様なガガ・サポートもそうだったし、武道館でもSSA(キツネ祭りと称された)でもこの曲がオープニング曲となっていた。

 

 
 

« メタルに於けるベース | トップページ | 4の日 »

コメント

素敵な曲ですよね。この曲に3人は共感を覚えながらも、少女が歌うにはあまりにもハードルが高い曲です。SU-METALが毎回ライブで歌う度、まさに見を削るように歌っているのですが、今だ本人が満足する歌唱が出来てはいないように見えます。歌の高みを目指しながらいまだ到達できない歌唱に、心が震える曲です。

まさかVIXENが出てくるとは驚きでした、KONAKAさんのメタルの造詣の深さには驚かされます。私はメギツネと言えばバービーボーイズのメギツネ on the runでした。この曲を超えるメギツネが出てきたのも本当に驚きでしたね。
しかし日本の女性のメタルの象徴としてキツネは大成功だったと思う。EDM調の「おめかしキツネさん、ツインズなびかせて、はじけてドロンして、いざ行け七変化」からメタルへの移行、痺れました!正に3人のこと歌っていますよね。
この曲はSUに高音部は問題ないはずなのに息継ぎができないため、かなりキツイですよね。高音出す時は力むからグッと息を吸わねばならないのに少ししか吸えない、と高音が続かなくなる、KOBAももう少し演者のこと考えて欲しいです。
それとレコーディングではこの曲といいねは全編SUのハモリが入っている。いいねは骨バンド時代のライブでもハモリ入ってた。SUの声に必要ないと思うんですがね。
それにしても本当に大好きな最高に盛り上がる曲です。

自分がBABYMETALを知るきっかけがこのメギツネだったので、今回のエントリーは楽しく読ませていただきました。
自分のこの曲に対する第一印象は、”一世風靡セピア?”でしたね。(^^;
外国の方から見ると、メギツネのPVの第一印象は「怖い」、「おどろおどろしい」と感じる方もいるようですね。自分は「カッコいい!」でしたけど。
BABYMETALの3人は、この曲を「お祭りメタル」のような発言をしてますが、自分は日本人が感じる哀愁感というか、物悲しさというか、怨念というか…、そんなものを感じるメロディーと歌詞が好きですね。特に「なめたらいかんぜよ」以降のSu-METALの熱唱が印象的というか迫力が好きです。
あと、GoogleのCMに、この曲が使われたのも印象的でした。
なんにせよ、自分はもっとこの曲が評価されるというか、一般に認識されていいと思うですよね。。。

とっても興味深く拝見させていただいています。
メギツネは私がベビメタにはまる切っ掛けとなった大好きな曲です。
「ヤマトナデシク」は個人的には「大和撫子」の「子」は狐にふさわしくない?
という事で、狐とは少し異なりますが、走狗の「狗」に置き換えた造語では
ないかと思っています。「狗」は小さい犬などの意味を持つようですが
「クルクルはねまわる子犬の意味を表す」ともあり、ベビメタちゃんに
相応しい、この「メギツネ」に相応しい造語だと、勝手に思っています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/596668/61382019

この記事へのトラックバック一覧です: 『メギツネ』考 1:

« メタルに於けるベース | トップページ | 4の日 »