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2015年4月 8日 (水)

『メギツネ』考 3

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 たしか『いいね!』についてだったと思うが、YouTube動画へのコメントで、英語圏男性が「この振付師はイカレている (Sic)」と賛辞を述べていた。
 そして3人のパフォーマンスについて、何故これほどの事が出来るのか不可解だと述べると、それに対して別の外国人が「彼女達は中国人の様に幼少期から鍛えられているのだ」と書いていた。上海雑伎団の様なものだと思い込まれている。

 確かにそうした誤解を生じても不思議ではないとも思う。
 BABYMETALのステージ・パフォーマンスは何度見直しても人の能力を超えているとすら思えるからだ。
 しかし彼女達は決して無理をやらされてきたのではない。そこが最も特異なところなのだと気づいて貰いたいものだ。


 MIKIKO-METALについての全体像を私は未だ把握し得ておらず、BABYMETAL新規である私がMIKIKO論など書ける筈も無い。
 Perfumeを巡るネットの言説を軽く探っただけでも、「MIKIKO先生」は単なるコリオグラファーではなく、メンバーにとってのメンターであり、舞台クリエイターという大きな存在である事はすぐに察せられるし、言及される事も多い。

 これまでのプログラム批評では、巷間で言われる幾つかのMIKIKO振付けの特徴を挙げてきた。
 私が自分なりに見出したものも、「制御されたエモーショナルなモーション」「言語活動(ランガージュ)的」という事を挙げたが、このブログを始めた時からずっと一つのワードが頭の中にあった。それは、

 「MIKIKO-METALの振付けはドS

という言葉だったのだが、さくら学院2014年度の終盤公演用の振付けが始まる時、職員室(スタッフ)のTwitterで「MIKIKO先生のドSな振付け、期待してますw」とあっさり書かれてしまった。
 実行するのが極めて大変な振付けである事は、誰より演じる当事者達が痛感しているのも当然ではある。

 MIKIKOを特集したBSフジの番組「ESPRIT JAPON」に於けるインタヴュウは色々と興味深かった。
 彼女は高校に入ってからダンスを本格的に始め、早くも19歳で教える立場になった。
 しばらくはMAXのサポートとしてバックダンサーをしながら、故郷の広島でもアクターズスクール広島で指導をし、広島では舞台演出までも行っていた。
 Perfumeはメンバーが小学5年の時からの付き合いだという。

 2006年頃、彼女はニューヨークへ単身で舞台演出や振付けを吸収する為に向かう。
 Perfumeにはビデオレターで振付けを教えており、Perfumeのブレイク時には日本にいなかった。

 ニューヨーク滞在中。彼女がそれまで得意としていた黒人的なダンスは、そもそも日本人には合わないのかもしれないと彼女は思った。では日本人らしさを活かすダンスとは何なのか。
 外国の観客に対して「和」の要素を出してアピールするというのも、ルーティンとしてこれまで多く試みられてきた事であるが、それも自分がやりたい事とは違う――。

 そして形成されていったのが、Perfumeがパフォーマンスする、数々のコリオグラフィだったのだ。

 時が移り、さくら学院と派生ユニットの振付け、舞台演出も担当する事になる。
 彼女はバトンをやっていた経験がある様で、女の子達が大勢でフォーメーションを様々に変えていくというステージが「大好物」だったので、特にバトン部 Twinklestarsの振付けは楽しんだ様だ(生徒達はさぞや大変だったかもしれない)。

 そして重音部BABYMETALの振付けに取り組む。
 興味深い事に、BABYMETALの振付けでは、彼女が「避けたい」と思っていた要素を前提としなければならないプログラムが作られていく。
 言うまでもなく「和」テイストの『メギツネ』と、Bガール的なダンスがキーモーションとなる『おねだり大作戦』である。

 楽曲からしてこれらの要素を排除する事は不可避であった。彼女がどう自己の中で折り合いをつけたのか、訊ねてみたい気がする。
 しかしどちらのプログラムも、きっちりその要素を期待されるもの以上に構築し、単にそのジャンルの要素ばかりではなく、BABYMETALらしさ、MIKIKO-METALらしさをベース以上に積み上げている。

 メタル(それも早いBPMの)、EDM(及びTECHNO POP)、正統派アイドル、モダンダンス、ヒップホップ/ジャズ、コンテンポラリーなアートとしてのダンス――と死角の無い様な懐の深さよりも、一旦ダンスが始まればすぐさま「MIKIKO振付けだ」と判ってしまうオリジナリティ、ユニークさが際立つ。
 今の映像・音楽メディアのフィールドで、一番創造的に自由を獲得した一人であるかもしれない。

『メギツネ』のキー・モーションは日本舞踊だ。
 面を模した、頭の上から被せる掌の仕種は実に美しい。

 アイドルが見せるダンスは、歌を愉しげに見せるものだが、特にYUIMETALとMOAMETALにとっては先ず「演じる」ものなのだろう。そのプログラムをパフォーマンスする時間は、YUIMETAL+MOAMETALから、更にそのプログラムのキャラクターへと移行する。
 BABYMETALの三人には本来判り得ない女の情念、の様なものが歌われる中で、科(しな)を作ったり化粧をする仕種についても、顔の角度など細かい計算がなされており、それを二人は常に完璧に演じてしまう。
 BABYMETALのプログラムの中でも、この『メギツネ』は独特な世界を作り上げていると思う。

 それは何かと私は考え続けてきた。
 MIKIKO-METALの振付けは言語的で、ダンスとしては普通は用いられない手法も導入して「伝え」ようと強く働きかける。
 それ故に言語が異なる観衆をも巻き込んだのだろうと前に述べた。
 しかし『メギツネ』は異なる。容易に共感させようとはしないプログラムだ。
 やはりこれは歌詞がそうさせているのだと思わざるを得ない。

『ヘドバンギャー!!』が、自分自身の熱狂を醒めた観察眼で客観視した視点が併存しながら、観客をも熱狂に巻き込もうというプログラムであるのに対し、『メギツネ』は舞台上で完全に完結している。
 勿論、実際のライヴでは3人の煽りに観客も巻き込まれていくのだが、しかし「祭り」として3人が舞う姿は観衆に向けてというよりも、神に向かっている様に私には見える。このプログラムは神楽なのだ。
 渾身の力で3人が「ソレソレソレソレ」と踊る時間は長い。次第に片足だけで横移動もするのだが、3人の間隔は全く乱れない。
「『ドキドキ』が可愛く思える程、このプログラムから段々振付けが激しくなる」と、彼女達自身が述懐している。

 YUIMETAL+MOAMETALは仕種の折々で視線を観客の方へ送る。「男には判らないでしょ?」とでも言いたげな様に。


 今年正月のSSA公演で、客席で観ていたMIKIKO-METALが「3人は命を削っているくらいに見事だった」というコメントをしていたのだが、「え、そういうプログラムを作ってるのはあなたでしょうに」と心の中で突っ込まずにはいられなかった。

 BABYMETALのプログラムは、最初の振付け時からマイナーな手直しを受ける事は多くある様だが、特に『メギツネ』は後半、落ちサビ部が全く異なる振付けになった。
 幾度もステージを重ね、プログラムは更に研ぎ澄まされたものになっていく。


 

 つづく






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コメント

初回から、楽しく読ませていただいている、同世代のメイトDEATH。
MIKIKO先生の振り付けの特徴は、私が感じるに、諸関節の角度やその方向が
複雑に組み合わされていて、その表現が美しいことです。
先生が、以前Perfumeの振付けは、どこを写真で切り取っても、「絵」になるようにと云って
いたことが、BABYMETALにも見てとれますよね。

PerfumeでのMIKIKO振り付けのドS振りを示す逸話に「そこ脱臼して」というのがあります
要するに肩の動きを表現するのに「脱臼しそうなぐらいに動かせ」ということなんだと思いますが、振り付け以外にも舞台演出で結構危険な演出をしておいて後から「三人が怖いと言ってたら終わりだった」みたいなことをシレッと仰ったり
BABYMETALの場合舞台演出のほうはどこまで関わってらっしゃるかは分かりませんがね

MIKIKO先生の「命を削った」発言は、昨年の武道館のあとにはあったと記憶していますが、今年もありましたっけ?
武道館の場合は、ご存じのように単にふりつけの問題ではありませんでした。

2014年、武道館後
https://twitter.com/mikiko_san/status/440075402220814336
2015年、SSA後
https://twitter.com/mikiko_san/status/553962555325284353

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