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2015年7月

2015年7月30日 (木)

瞠目するライヴ映像

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 BABYMETALは28日、29日と、ファンクラブ限定のショート・ライヴを渋谷O-EASTで行った。
 私もこのライヴにはとても行きたかったのだが、抽選に漏れた。更にこのところ体調も芳しくないので、当選していても行けなかったかもしれない。

 先週末、Metal Hammer Golden GodsでのDragonForceと行ったライヴのプロショットがイギリスのネット放送で流れた。( 
 そして日本ではCSでMetrock 2015のダイジェストとして『Road of Resistance』『イジメ、ダメ、ゼッタイ』が放送された。
 特に後者のライヴ映像は、BABYMETALの映像を散々見てきたファンでも瞠目する質であり、多くの新規ファンも獲得した様だ。

 入念に、かつダイナミズムを失わない編集がされており、映像に関してはモッシュで起こった土埃に難があるだけで、文句のつけ様がない出来となっていた。
 同日の他の出演者の映像も観たのだが、BABYMETALだけ音は異質だった。
 ヴォーカルが抑えめでギターが端的に言って大きすぎる。ドラムもベースもそれ故に引っ込んでしまっている。
 この点だけは改善して欲しいと思う。

 

 にしても、この時の三人の活き活きとした表情には心奪われずにはおれなかった。
 一年前のSonisphereの時は、最後には5万人のポジティヴなリアクションを得て昂揚していく様が記録されていて、ドラマがあった。
 しかしMetrockでは、2万人はいるだろう観客を如何に熱狂させ得るのかについて、あまりにも自信と確信に満ちたパフォーマンスだったのだ。

 神バンドの演奏も含め、これ程の完成度を完全に記録した映像は今後もそうは無いのではないか。是非完全版を観てみたいと切望する。

 近日発売となる「MdN」誌が、MIKIKO-METAL自身にBABYMETALの振付けを解説させる記事を載せる様だ。これまでそうした記事を何処も載せようとしていなかった事の方が不思議であり、発売を心待ちにするのだが、そうなるとこのブログのレゾン・デートルも失われてしまう。
 早く書き上げておけば良かったと悔やむばかりだが、時間は掛かっても最後までは書こうと思う。

2015年7月23日 (木)

Speaking in English

 4年程前から、夏場にヨーロッパで開催される自転車ロードレース中継を見るのが好きになっていた。
 若い頃はスポーツ観戦など全く趣味ではなかったのだが、嗜好は変わるものだなぁと。

 現在ツール・ド・フランスが最後の週に入ったところなのだが、去年までよりはあまり真剣に見ていない。それはやはり、今の私にとって一番の関心事はBABYMETALになっているからなのだろう。まあ諸々あって仕事も遅れているというのが本当のところではある。

 プログラム論考の続きはもう暫くお待ち戴きたい。

 年に一度くらい、未知の外国人と会う機会がある。概ねはジャーナリストによるインタヴュウなのだが、過日は脚本を学ぶ博士課程にあるというイギリス人女性から会って欲しいという事で、脚本についてあれこれを話した。とは言え私は発音はよく褒められるのだが、如何せん単語がなかなか出て来ず、複雑な説明は通訳を担ってくれたバイリンガルの日本人女性に頼るしかなかった。

 SU-METALはメキシコのラジオに於いて、英語通訳のノラ、英西通訳を介したインタヴュウでも、「英語で答えていいですか?」と断って、その部分は自ら英語で答えるという場面があった。(その動画がちょっと見つけられなかった)
 昨年の冬から今年春にかけて、表に出ない期間にSU-METALは相当に英語力をつけていた。まだ発音には未熟なところもあるのだけれど、意欲的に自ら話そうとする気持ちこそが大事なのだと思う。
 BABYMETALの三人では、SU-METALは少し人見知りをする性質で、オープンマインドなMOAMETALの存在が有り難いという事を述べていた。しかし歌と同じく「相手に伝えよう」という気持ちが勝れば、まだ17歳という若さなのだから飛躍的に進歩していくのだ。

※コメント欄でDailymotionの動画を教えて戴いた。こちらありがとうございました。

2015年7月20日 (月)

DOWNLOAD Festival 秘話

 このところBABYMETALに関しては、Metal Hammer誌の表紙を飾った事が日本のヤフーニュースのトップになり、直販雑誌が早々に売り切れて編集者がRedditに「支持してくれてありがとう」と書き込んだりするなど、色々あったのだけれど、まとめブログ的な更新は控えていた。

 私はTwitterやFacebookのアカウントは固い信教上の戒めによって持っておらず、Tweetなどは時々眺める程度にしか把握していない(外国でのライヴになると、PCの前にいる限りは追う)。
「激ロック」というフリー誌にDragonforceのハーマン・リのインタヴュウが載っていて、そこには聞き捨てならない話が明かされているというTweetを見掛けて、これはちゃんと読む必要があると思い、新宿のTSUTAYAに行ったが影も形もない。やはりTOWER RECORDSに行かねばと赴くが、これが3フロアを探してもなかなか見つからず、最後の2冊の内の1冊を辛くも入手出来た。既に配布されてから時間が経っていた様だ。

 このインタヴュウではDownloadフェスにてBABYMETALがサプライズ共演した事と、Metal Hammer誌のGolden God's授賞式でのライヴについて語られており、Metal Hammer授賞式ライヴは知られている通り、恐らく前日と当日にリハーサルが行われたという。
 リハ時に「BABYMETALの三人はパジャマを着ていて可愛かった」と彼は以前自身のFacebookで書いていたのだが、幾ら何でもパジャマな訳はないよねと思っていた。

 私が驚いたのは(当然インタヴュワーも驚いていたが)、最初の共演となったDownload Fesでは、事前にリハをしていなかったのだという。
 俄には信じ難いのだけれど、そんな事で嘘を言う必要も無い。
 イントロのSEが幾度も流れかけたり、MOAMETALのマイクが生きてなかった事を思えば、本当にそうだったのだとしか思えない。

Download

 Metal Hammerの特集記事でも三人へのインタヴュウが若干あったが、Downloadで出番を待つ前、DragonforceのメンバーはBABYMETALのライヴというものを強くイメージする為に、BABYMETALのライヴ映像を真剣に見ていて、それが嬉しかったとMOAMETALが述べている。

 

 BABYMETAL3人の本番強さは理解していたつもりだったが、これは私の認識を遥かに超える事実だ。
 ほぼぶっつけで演奏するDragonforceも凄いのだが、全く未経験の組み合わせで、突然ステージに現れ、あのパフォーマンスをやったのだ。
 Dragonforceのワンマンライヴではなく、必ずしも歓迎されるとは限らないメタルのフェスのステージで、生歌でやってのけたのだ。

 もう絶句する他は無い。




 私は直接関係ないのだけれど、お知らせを。

 池袋ジュンク堂の地階で、故・水玉螢之丞さんの原画展が催されている。
 また、実兄の岡部いさくさんと大森望さんのトークショウも開催される。

「水玉螢之丞『SFまで10000光年』刊行記念 「SFおたく道」」

ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2015年08月11日(火)19:30 ~

岡部 いさく(軍事評論家)
大森 望(書評家、SF翻訳家)

2015年7月16日 (木)

……。

 BABYMETALとも音楽とも関係の無い事で憤った勢いでエントリを上げた報いか、台場のTHE ONE抽選はやはり玉砕。
 もうシートは断念して一般販売も応募するだけしてみるけれど。

 前回のエントリに訂正と追記をした。
 コメント欄が熱い。是非語り場にしてください。

「プログレ」は進歩的か

 BABYMETALのプログラム論考も残すは『悪夢の輪舞曲』『4のうた』『Road of Resistance』の三曲となった(スタジオ音源が発表されたもの)。

『悪夢の輪舞曲』について考える前提として、プログレッシヴ・ロック=プログレについて概説しておく必要がある。

「進歩的ロック」という呼称ではあるが、90年代にメタル側から復興されるまで、このジャンルは古色蒼然とした存在だった。
 60年代のアートロックを源流にして、クラシックやフォーク(民族)/トラッド等の異化要素を入れた様式的なロックがプログレなのだけれど、乱暴に言うと――

¶ 一曲が長い
¶ 変拍子がよく用いられる
¶ オルガンやアナログ・シンセが多用される
¶ 小難しいユニゾンの長いパートが有りがち

 といった特徴を持つ。ロック好きの中でもプログレ愛好家はかなりのコアな層であり、イタリアなどのマイナーなバンドを偏愛する傾向がある。
 暫く前、2chの芸スポで秀逸なコピペがあった。プログレ愛好家の偏狭さが見事に書かれていてひたすら唸った。

Progre

※この価値観はあくまでコピペのオリジネイターのものです。Magmaが正しくプログレッシヴであったのは確かですが、唯一神かどうかは個人によって異なると思いますw

 最もポピュラーなYESやPink Floyd, ELP, King Crimsonなどはプログレファンでなくとも我々世代なら当たり前に聴いてきた。
 私はイタリアのGoblinが好きであった。ダリオ・アルジェント監督の特別なファンではないが、彼が70年代に監督した映画の音楽はGoblinが担当しており、何よりもジョージ・A・ロメロ監督作品の『ゾンビ』(アルジェントがプロデューサー)のサントラは今でも偶に聴いている。

 90年代にDream Theaterが大きな存在となり、Tool, Opethなどがメタルの中にプログレ性を取り込んだサウンドをそれぞれに構築していく。
 しかし私がこの時代に最も好きだったのはIt Bitesというイギリスのバンドであった。
 フランシス・ダナリーというギター+ヴォーカリストは、歌声がGenesisの頃のピーター・ゲイブリエルに酷似しており、歌い方も相当に似せていた。
 ギターの腕も確かで、日本製Squireのストラトでアラン・ホールズワースに影響を受けた流麗かつ変態なフレーズを弾き倒していた。
 デジタルシンセ主体のキーボードもプログレ出自なサウンドで、変拍子もよく導入していたが決して難解な印象ではなく聴き易かった。
 やはり「偽物感」は否めず、真っ当なプログレ・ファンからは軽視されていたが、当時のどれもこれも同じ様なロックに飽き飽きしていた私には、こうした復興的なアプローチは面白かったのだ。

 少し余談であるが、本日辺りから店頭に並ぶ創土社「遥かなる海底神殿」に私が書き下ろした『キングダム・カム』という小説のタイトルは「来世」といった意味合いの言葉だが、ロックでもアメコミにも使われる例があった。私の頭に一番強い印象としてあったのは、『未知との遭遇』の、一番最初に書かれた脚本(ポール・シュレイダーが執筆していた)のタイトルが「キングダム・カム」であったという事実だった。(スピルバーグによってこの脚本は没になる。こうした経緯などについて私は青弓社ナイトメア叢書『天空のミステリー/未知との遭遇はどこまで本当か』という小論文を寄稿している。

 だがそれとはまた別で、コメント欄でも書かれていた方がいたが、90年代に「Kindom Come」というバンドが存在していた事も脳裏にあった。
 当時は解散状態であったLed Zeppelinにヴォーカルもギターもドラムもそっくりな「なんちゃってツェッペリン」バンドだった。当然ながら多くのロックファンが憤り、セールスも奮わずままフェードアウトしてしまった。これは流石に私も正当化出来ないのだけれど、ライヴエイドで正視に耐えないヘロヘロ下手クソなギタープレイを演じたジミー・ペイジと、ハイトーンが出なくなったロバート・プラントのリユニオンよりはまだマシだと思ったのも事実だ。
 ペイジはその後アメリカのバンドGreat Whiteにゲスト参加して、自ら「なんちゃってZeppelin」を演じる。更に数年前にまたリユニオンしたが、私は見る気がしなかった。

 It Bitesはフランシス・ダナリーが抜けてアメリカに渡ってしまい、長く解散状態だったのだが、It BitesのコピーバンドをやっていたKinoというバンドをやっていた若いギタリストが加入して再結成した。悪くは無かったが、かつての様な鮮度は当然ながら失われていた。
 ダナリーのソロは何の面白みもないアルバムだった。※2枚目は未聴だった。聴いてみようと思う。
 It Bitesは北欧などには若干の影響を与えた様で、A.C.T.といった後継バンドが少しあった。(イギリスのFrostもそうした部類に入るか)。

 コピーバンドが本当にメンバーになったのはFocusであり錯誤していた。ご指摘と異議、ありがとうございました。トッドは私も大好きです。

 イギリスのプログレとはほぼ無関係に、アメリカのプログレハード(ロック)という流れもあった。
 Kansas, Journeyといったバンドがいる(た)が、一番音楽界に影響を与えたのはTOTOだろう。プログレ性はおとなしくなり、ひたすら洗練に向かってAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック=大人用ロックという意味の和製英語)という無刺激・無害な音楽となる。
 と露悪的に書いてしまうが、AORを私は今尚擁護する。
 一小節だけ変拍子が入る様なアレンジの工夫がAORにはよく見られたものだった。ジャズ由来の複雑なヴォイシング、極められたリズム・セクションと音楽的に豊かであった。
 確かに北米ではRushの存在は大きい。しかしアメリカで本当にプログレッシヴだったのは、実のところはジョージ・デューク在籍時のフランク・ザッパ&マザーズだったかもしれない。

 

 プログレという今となっては何ら「進歩的」ではないジャンルの事を述べた。


 同様にだが、音楽のジャンルに「ニュー」とつける愚かしさの事を思う。
 70年代になって、ブルーズから独立したサウンドを作り出すバンドは「ニューロック」と呼ばれた。
 NWOBHM=New Wave Of British Hevey Metalという主にIron Maidenを紹介する時に用いられた言葉は、音楽雑誌のネタ(こんな恥ずかしい略語なんて誰も使うまい)だったとしか思えない。
 80年代のポスト・パンクがニュー・ウェイヴ。まあこれは文学のSFで同じ問題が先に起こった訳であるが、後の時代に聴き(読み)返すとどこが新しいんだと誰もが思う。
 90年代ミクスチャー・ロックのメタル・サイドがNuMetal。これは綴りが捻ってあるので少し許せる。

 日本ではシンガー・ソング・ライターというセンスの無い言葉が作られ、その実体は主にフォークを歌う人達であったのだけれど、伴奏が電化するに伴い「ニューミュージック」と呼ばれる事となる。
 それがそのまま現在のJ-Popにスライドしたのだが、現在の日本語で歌うバンドの大多数はロックではなく、かつてのニューミュージックと音楽的には同一だ。
 エイトビートでコードストロークしながら歌う大多数のバンドを、私個人はロックだと認め難い。

 そして、BABYMETALは紛れもなくロックである。
 これについては総論で改めて述べる。

 

 音楽の流行など、短いサイクルで移ろっては再びぶり返すものだという事は、軽音楽(クラシックに対してこう呼ばれた。本来の意味で言えばMetalも軽音である)=ポピュラー・ミュージックの歴史を少しでも顧みれば判る事である。
 それなのに「ニュー××」などという言葉を最初に使った人間(音楽ライター)は、万死に値すると云わざるを得まい。

2015年7月15日 (水)

『ギミチョコ!!』考 6

 YouTubeのMVがもうすぐ3000万視聴を越えるが、まだまだ勢いは衰えていない。
 再生回数というよりも、発表後1年以上経ってから更に勢いを増している状況を記述しておきたい。



 このMVは2013年12月、幕張メッセ イベントホールで開催されたLegend “1997” SU-METAL聖誕祭で収録された映像だが、照明は暗くて青く、到底アイドルのプロモーション・ビデオとしては容認出来ない質感だと言わざるを得ない。
 にも関わらずこの動画はBABYMETALの代表的な映像として受容されている。

 もしこの動画の画質が『ド・キ・ド・キ☆モーニング』の様に、照明をフルに当てたアイドルらしい映像であったらどうだっただろう。
 J-Popアイドルとギミックメタルという二極の間で、BABYMETALは絶妙なバランスをとっていた。プログラム毎にもそのバランスは変わる。
 2014年の公開時、初見の観客に対して最も塩梅の良いバランスは、『ギミチョコ!!』が提示するものだと判断されたのだろう。そして、それは完璧に機能した。

 既に生バンドでのライヴが当然だと思っているファンにとって、このMVはBABYMETALの魅力を4分で紹介するツールとしては弱いと感じてしまうだろう。
 しかし「誰が演奏しているのか」という情報を巧みにマスクし、視聴者の関心が全て三人に向くというこの映像は、「紹介」ツールとして今尚有効なのだ。

 メタルの激しさと甘いポップ・メロが交錯する楽曲を愚直に視覚化するとなれば、ドラスティックに照明の色を変えるのがルーティンなのだが、これを実際にやってしまうと、二極が何ら接点を持たないままカットバックしていくばかりの散漫なものとなる。
 MVは基本的に青く潰れており、色彩も明度も乏しい映像だけれど、トータル・パッケージとしてこの楽曲及びBABYMETALの三人をプレゼンテーションするものとして、その機能を正しく果たした。
 これらの措置が全て意図的に為されたとは思えないのだが、「これでいく」とジャッジメントし、公開したのは紛れもなくプロデューサーである。
 アンダーグラウンド性はBABYMETALと不可分な要素であり、その意思表示だとも読める。換言すれば、「消費され尽される」商品的なアイドルにはならないという宣言だ。

Gimsoni1

『あわだまフィーバー』、『違う』(仮)と『ギミチョコ!!』の系譜の新曲も発表されているが、BABYMETALの代表曲として今後も『ギミチョコ!!』の座は揺るがないだろう。

 音楽的な特徴、進化した三人のダンスと歌唱、そして自分自身のアピール力を知悉しそれを存分に発揮する演技と、このプログラムは「今」のBABYMETAL以外、誰にも表現する事は不可能なものになっている。

 このプログラムはBABYMETALにとっても、日本の商業音楽シーンに於いても極めて重要な存在となる筈だ。

 随分と長きに渡って書き継いできたが、この楽曲についての論考は取り敢えずの完結とする。

2015年7月13日 (月)

『ギミチョコ!!』考 5

 すっかり長期連載化してしまった(すいません)本稿、流石にこれまでのエントリを提示しておかないと意味不明になりそうだ。

『ギミチョコ!!』考 0
『ギミチョコ!!』考 1
『ギミチョコ!!』考 2
『ギミチョコ!!』考 3
『ギミチョコ!!』考 4


 今回は歌パートに入ってからの振付けを検討する。

Rif


『ギミチョコ!!』は、BABYMETALが世界に広く認知された代表曲である。楽曲としての人気は他を挙げる人が多いだろうが、BABYMETALがどういうパフォーマーなのか、BABYMETALとは何を見せ(聴かせ)ようとするパフォーマーなのかを、最も端的に伝える意味では正しく代表曲であると思う。
「あたたたたたー」で動画を「そっ閉じ」する初見者が多いのだとしても、見た殆どの人にはある強烈な印象を残す。

 イントロ部分では、かつてのプログラムには無い幾つかの特徴を見出す事が出来た。

† 体格が近い三人の躍動的なシンクロ感
† しかし一人違う表情を浮かべる非対称性
† SU-METALとYUIMETAL+MOAMETALが同一意思と主従関係を行き来する

 これだけでない膨大な情報量がイントロ部には盛り込まれており、一回観ただけでは到底把握出来ないものにしている。

Ata2

「あたたたたーたたーたたた ずっきゆん」
「わたたたたーたたーたたた どっきゅん」

「あたたたた」となると、「北斗の拳」の「怪鳥声」(ブルース・リーの声はかつてこう表現された)を想起させる。
 しかしMOAMETAL、続いてYUIMETALが見せる「あたたたた わたたたた」は何やらパニックになっている様を(私の想像では彼女達の自由演技として)表現している様に見える。

 初出となった2013年終わりでのライヴが、MVとなっている。これが最も原形の振付けだった筈だ。
 なんだかハイになってはしゃぎながら両指で何らかの攻撃をしている二人を、SU-METALはむっつりとした顔で無視している。
 しかし「ヤダ! ヤダ! ヤダ! ヤダ! Never! Never! Never!!」で堪らなくなった様な表情になり――、歌に入っていく。

 2014年に入ってのライヴでは、既に早くからSU-METALは「むっつり」はしなくなり、苦々しげではあるが笑みを殺した顔になって、「Never! Never! Never!!」から二人にシンクロしていく。

 この後の歌では、SU-METALの歌う気分を全身フルに使って躍動的に表現する立場に移行するYUIMETAL+MOAMETALだが、イントロ部からAメロ部(『あたたた』)は明らかに異なるロジックでSU-METALと対峙している。
 このパートが何を意味しているかは、様々な意見があった。
 虫歯がSU-METALを苛んでいる様だという見方を教えて貰った時には、そうかもしれないとも思った。

 しかしその前後を考えると、「自分の意思の通りになる」場面と「自分の意思通りにならない」もどかしい場面が交錯している構図だと思える。
 基本的にこのプログラムは、「大好きなチョコレートを食べたい、でも望むまま食べてはならない」というフラストレーションを歌っている。
 何ら深刻な事柄ではないが、しかしそのフラストレーションを抱えた少女の中では凄まじい嵐が起こっているのだ。

 これはチョコレートという悪魔的な甘味を前にした、少女の心と身体、或いは心の中で分裂した2者の対立を見せているのではないか。恐らく最も多くの人が納得出来る解はそうであると思う。
「だよね」「でもね」と歌で訴え、「お願いなんです」と懇願している相手は他者ではなく、自分自身(の良心)なのだから。
 MOAMETALとYUIMETALが異なる表情を浮かべる事が「アリ」になっている事も、これで納得する事が出来るだろう。



「C!I!O!(チェケラ)チョコレート」と歌い出してからは、フルに踊るのは二人に任せ、SU-METALは要所要所で合せるに留まる。
「チョコレート・チョコレート」の箱を想像させる両手の指で四角形を作る仕種は、今年のWorld Tourから改訂されて、大きく腕を伸張させる様になっている。

Square

 これらのパートに於けるYUIMETAL+MOAMETALのダンスはアイドル・ポップの典型、の様ではあるのだが、モーションのキーは徹底してリズムの裏拍に置かれており、単純な繰り返しも無い。
 更にBPMは非常識であり、このビートの八分裏拍を的確に捉え続けて踊る事は、既存のアイドル系振付けとは難度がまるで違う筈だ。倍速に早送りしているのに近い。
 この八分裏の食いのリズムで徹底されているのは、オケではなくSU-METALが歌う歌メロがそうなっている事に由来する。
 YUIMETALとMOAMETALはダンスで歌っているのである。

Heart2

 MIKIKO-METALの特徴でもあろうが、特にBABYMETALの振付けはリズムに乗って揺れ続けるところが無く、一つ一つのモーションはビシッと止められる。それを完璧に遂行するYUIMETAL+MOAMETALの演技はシャープな「キレ」をこれでもかと誇示する。

 この楽曲の歌メロは全てのフレーズが頭を食った符割で、実のところ正確に歌うのは難しい。Call & Responseでなかなか観客の歌声が揃い難い理由の一つでもあろう(この点でもメキシコの観客は見事だった)。
 YUIMETALとMOAMETALのモーションも裏拍かつ実際のトラックには無い音符も多く、更にMIKIKO-METALの特色でもある、非直線的な(私がエモーショナルと呼ぶ)動きが全身、腕の回し、腰の動きに複合して盛り込まれている。
 大きく腰から上をぐるりと回す振付けには、半拍前に逆ベクトルの予動がついて一層ダイナミックに見せる演出になっている。かつてのMOAMETALは、無意識でこうした動きをつけていた(現在はほぼなくなっている)。小柄な彼女が、自分の身体で最大限に動きを見せようという気持ちがこれを行わせていたのではないかと想像するのだが、MIKIKO-METALが逆に三人のシンクロでそれをフィードバック的に導入したのだ、と見えなくもない。

Cho

「チョ! チョ! チョ! 」と歌われる度にYUIMETAL+MOAMETALは、人差し指ポイントを提示し、このパート終わりでは「ずっきゅん/どっきゅん」同様に両の指を束にする。
 少しだけ攻撃的なこのリフは、「どうなの? どうなのよ??」と意思決定を迫っているのだと見える。 
 この「指さし」には、ほぼ必ずジャンプが伴われているのだが、飛ぶ→着地というプロセスは、『メギツネ』の様に厳密に制御されていない。BPMが速いのだから当然なのだが、その為に指さしは八分の裏の「タッタッタッ」というリズムであるのだが、全体を見ている我々には視覚的に「タッッタッッタッッ」と、少し三連ぽいリズム=シャッフルの感覚が生じる効果が出ており、グルーヴ感を生成している。

 MVについては後に送りたいのだが、先に触れておかねばならない事がある。
『ギミチョコ!!』のMVはライヴ映像の音声をCDのものに入れ替えて作られたものだ。ライヴは必ずやプリ・レコーディング(MR)を同期させるBABYMETALは、こうした作業は簡単に出来る――、というのは事実なのだが、どうしても私の目には、このMVの映像と音声は部分的に1~2 flame程度のズレが生じている様に見えてならない。
 YUIMETAL+MOAMETALの振付けに注視し続けると、裏拍リズムで踊る彼女達の動きがやや早く見えるのだ。
 武道館ライヴやファンカムではその様な事は無い。
 デジタルなのだから、頭さえ合せれば一発でシンクロするのが道理というものだが、実際にはこういう事は起こり得るものなのだ。

 YUIMETAL+MOAMETALはダンスばかりではなく、「感情表現」も担っている。
「心配なんです」「超ハッピーで」といった歌詞を、顔ばかりではなく全身で表現している。当然の様にこうした部分ではMOAMETALの表現の豊かさに目を奪われるのだが、それは映像を編集するエディターも同じなのだろう。YUIMETALがどんな表現をしているのかはなかなか映像では見られない。これは実際にライヴで見てみたいと思う個人的なポイントの一つでもある。

 1コーラス目が終わるやリフ頭に戻る。
 ここで三人は「よーし、食べちゃうぞ」と示威的にチョコレートを取り出し(昂揚感としてヒップが揺れる)、一つをつまみ出して口に入れると――、頭頂部から甘味の快楽が全身に伝わる――というドラマティックなシークェンスを演じる。
 やはりここでも最大の演技者はMOAMETALである。
 再び前傾姿勢のダンス・リフに戻って2コーラス目となる。

Paku

「Papa Rappappa」(歌詞としては記されていない)というスキャットは、音韻の直感通りラッパを吹くアクションで踊られる。
「Too too late! Too too late Too too P!P!P! (Please! Please! Please!) 」
 YUIMETAL+MOAMETALのここでのアクションは、「時間が無い」という切迫感(腕時計を見て慌てる)が演出され、感覚的に3連符的に細かく割られてツイン・テールを綺麗に揺らすが――
「Come on!」
 「来いや!」と挑発的に締めくくられる。

 シンセのリフに(ダル・)セーニョ(戻る)すると、回転グラインド系の冒頭振付けに再び戻る。しかしそこから直結するギターソロになると、YUIMETALとMOAMETALはステージ両端に向かって駆け出す。
 初披露時からギターソロのパートは観客を煽る演出になっていた。

 いつも私がゾクゾクする感覚を覚えるのは、客煽りが終わる絶妙なタイミングでYUIMETALとMOAMETALはSU-METALを頂点とするピラミッド隊形に戻り、すぐに三人がシンクロしてダンス・リフを再開するところだ。
 混沌と秩序が極めて音楽的に行き来する。

 CD及びMVでは、落ちサビ的にBメロが繰り返されるパートに繋がるが、ライヴではここでCall & Responseがインサートされる。
 最後のレスポンスに「Thank You!」と感謝したSU-METALは、ラストのパートを歌い出すのだが、バンドがフルになる直前の「Please!!」は三人が微妙に声の高低を変えて歌っている。
 多くの場合、最後のリフレインはYUIMETALもMOAMETALも歌っている様なのだが、フェーダーは下がっているライヴが多い。原盤がそういうヴォーカル・アレンジだからだろうが、個人的には最後は三人の歌を生かして欲しいと思う。

 このプログラムは三人の「お願い、ね?」という破壊的なポーズで締められる。

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 もう少しだけこの項、続く。



2015年7月10日 (金)

「萌え」という言葉が死語化している事について

Nothink

 私がアルバム一枚分(+α)のプログラム論考でブログを書けるのではないか、と考えついた事には、一つの大きな示唆があった。
 冨田恵一というトラックメイカー/アレンジャー(冨田ラボという彼自身のアルバムは、1,2枚目は文句の無い傑作であった)が、昨年書いた本「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」に感銘を受けたのだった。
 スティーリー・ダンの創造性の4/5を占めるだろうドナルド・フェイゲンが1980年にリリースした初のソロアルバムが「The Nightfly」なのだが、初めてデジタルで録音されたこのアルバムはその後20年に渡り、ポピュラー音楽レコーディングの「手本」となった。
 楽器アンサンブルの音量バランス、トーン、打ち込みとのシンクロ等々の技術面もさる事ながら、当時の最新のサウンドとレトロな質感が融和した、珠玉の楽曲揃いなのが何より大きい。

 このアルバム「だけ」について丸々一冊を冨田恵一は書いているのだが、彼は自身へ枷を課しており、それは「音符を使わない」という事であった。
 ミュージシャンが音楽を解説しようとする時、譜面を使う事が最も効率的である事は言うまでも無い。しかし読者は誰もが譜面を直感的に読める訳では無い。何より、読み物としては読み難くなる。
 この本の論旨全てに賛同は出来なかったが、何よりも労作であるし、開拓者として讃えられて然るべきだと思っている。

 私にとって譜面はどちらかと言えば苦手なもので、当然このブログで譜面の抜粋を掲げる事は出来ないし、やりたくもないのだけれど、『ギミチョコ!!』の歌メロの徹底した「食い」のリズムは、YUIMETAL+MOAMETAL振付けの拍取りにも当然ながら影響している。
 この説明をどう簡単に判り易く伝えたら適切なのか、無意識に私は悩み続けていた様だ。
 しかし私には、これまでの様に演奏する側の視点を文章化するやり方しか出来ない。非常に心苦しいが、それが私の限界という事である。

 本ブログが「考える」事を休んでいる間に、音楽・非音楽系のウェブ媒体でBABYMETALをそれぞれの視点から論考する文章が多く上がっていた。
 概ねの論旨に異論は無いのだけれど、BABYMETALを「萌え」というタームで捉えている論評には若干の違和感を覚えた。
 BABYMETALを巡る言説で、「萌え」というタームが見られたのは、主にSU-METALと中元“ポンコツ”すず香という二つの像間に於ける「ギャップ萌え」という極めて限定的な局面だけであったと私は認識している。

 そもそも今のネットで「萌え」という言葉を殆ど見なくなって久しい。
 ほぼ死語化したと言って良い。
 しかし、それではかつての「萌え」に相当する表現が、本来の用い手であったオタクから生まれているのかと調べてみたら、
「尊い」
「心がぴょんぴょんする」
 といった言葉がある様だが(それぞれの語源由来は「ゆいちゃんまじゆいちゃん」同様に在る)、到底一般化してはいない。

 これはなかなかやっかいな問題だ。
「萌え」という言葉は、単なるロリコン的な少女性を愛でるコンテキストに限定されず、「論理性(倫理性)を越えて惹かれる」という普遍的なニュアンスをも獲得してきた。非常に汎用性のある言葉であったのに、それを現在持ち出すと途端に古臭い印象が付帯してしまう。
 代替となる言葉もなく、つまりは無根拠に何かを好きになる事そのものを、他者に説明し難いという状況を作ってしまっているのだ。

 一つの背景には、近年問題化されている児童ポルノの厳罰化(趣旨は判るものの私自身は表現の制限については異論を抱く)という、言及さえ憚る様な世情の雰囲気というものもあるのだろう。

 BABYMETALについて話を戻せば、以前この問題については初期エントリでも触れたのだが、もう三人共に高校生となっている現在では、上記の様な議論とは最早何の関係も無くなってはいる。


 BABYMETALが何故人の心を奪うのか。それは単純な問題ではなく、一つや二つの言葉で定義づけられるものではないと思う。
 しかしいたずらに文章を重ねても本質から離れそうだ。
 これは本当に難しい問題なのだ。
 ただ楽しめばいいのだけれど。

 何しろこのブログは、SU-METALに一言で論破されている。
「No thinking. Just feeling.」

 しかし私は考える事を止められない。



2015年7月 8日 (水)

「キングダム・カム」

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クトゥルー・ミュトス・ファイルズ
遥かなる海底神殿

著:荒山徹  小中千昭  協力・クラウドゲート
イラスト:小島文美
創土社



 という事で告知。
 7月16日に創土社から「クトゥルー・ミュトス・ファイルズ」の新刊「遥かなる海底神殿」が発売となる。
 このシリーズはラヴクラフトの原典を一つ採りあげてモチーフとし、小説2編、非小説1編という組み合わせで刊行されてきたもの。
 私に振られた原典は「神殿」。

 クトゥルーに言及したり、匂わせる作品は幾つも関わってきたが(概ねは勝手に引き寄せたものだけれど)、真剣に向き合ったのは「インスマスを覆う影」の自己ノヴェライズ以来ではないかと思う。
 全くのノープランで考え始めたらドツボにはまった経緯は、このブログを何となく読んで来られた方にも周知されるところかもしれない。

 ホラー小説には違いないのだが、書いていく内に自分でも変なテンションになっていき、割と明るめな(執筆当事者比)エンタテインメントになっていると思う。
 よろしければ是非お読みください。



 告知だけでは何なので、BABYMETALにあまり関係のない音楽関連について。

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「ベースマガジン」7月号には色々興味深い記事があった。

 そもそもこの雑誌はベーシスト以外の読者はほぼいないと思う。今号の特集記事はベース弦という、これ以上地味な主題はなかろうというもの。
 BOHはIKUOが使用する事で知られるElixir(エリクサー)のコーティング弦を愛用しているという。私はErnie Ball信者なので使った事が無いのだが、ライヴを4,5本張り替えずに済むというのはやはり魅力的。ただ私の楽器は大抵メンテナンスがあまり行き届いてないので、弦アースがとれないのはちょっと困るという理由で使っていない。

 1960年代の日本歌謡曲レコーディングに於ける、ファーストコール・ベーシスト江藤勲の追悼特集は読み応えがあった。
「ドリフのズンドコ節」「人形の家」「喝采」「サザエさん」――。

 ピックでぐいぐいとドライヴするベースラインは、オレンダーと称するフェンダーのコピー(とも言えないビザールな安物)で弾かれていたのだ。
 半田健人というイケメソ俳優(『仮面ライダー555』)が昭和歌謡マニアで、昨年自身のアルバムを制作、江藤勲が久々にセッション・ベーシストとして参加していたという事は全く知らなかった。これは聴かねばなるまい。

 ベテラン清水興(NANIWA Exp.)がPangeaという安達久美らとのユニットのレコーディングについて語っていた中で、クリックは使用したと述べているのだけれど、
「クリックを聴いて弾いていては必ず遅れる」
 というコメントが印象的だった。
 かつてはドンカマと呼ばれたクリックは、80年代以降のバンド録音でもジャム系セッションを除けばほぼ必須なものとなっている。
 聴いて反応するのではなく、クリックを自身の中のリズムに同化させる。私はYUIMETAL+MOAMETALの振付けが拍とシンクロする秘密もそこにあるのだと思っている。

 BABYMETAL関連で他は、山下達郎バンドで長年青山純とコンビを組んだ伊藤広規の達郎楽曲に於けるベースラインを解説した特集もあった。
 あああ、そう言えば高校時代、Windy Lady(オリジナルのベースはWill Lee)をライヴで演った事を30数年ぶりに思い出した……。


 Linder Brothersというスウェーデンの兄弟バンドのインストアルバムが発売になった。
 昨年デビュウしたDirty Loopsの6弦ベーシストが、それとは別に兄のギタリスト、スウェーデン王立音楽アカデミーの仲間のドラム、キーボードで録音したインスト・フュージョン・バンド。これはまあまあだった。

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 やはりDirty Loopsの鮮烈さの方が衝撃的だった。
 ベースマガジンの日本人ベーシスト達の談話を毎月眺めていると、時折Dirty Loopsは言及されている。決してまだ広く知られた存在ではないが、ミュージシャンズ・コミュニティでは相当な影響がありそうだ。
 元々はYouTubeで、宇多田ヒカルの曲などを自分達でアレンジ・演奏した動画を発表していた彼らを、カナダの大プロデューサー=デヴィッド・フォスターが気に入ってデビュウさせた。
 デヴィッド・フォスターは元々のルーツ的にはアメリカン・プログレハードな人なので(80年代の彼のアレンジは大好きだった)、モード・ジャズ的にひねくれたコードを目まぐるしく展開しつつ、とんでもなく高域まで伸びる(まるでSU-METALの様に)、陰性なスティーヴィー・ワンダー的ヴォーカルのシンプルな歌メロという組み合わせに惹かれたのも理解出来る。
 最初に通して聴いた時、アレンジ、演奏、歌唱に才能がだだ漏れていると感じた。
 奇矯な転調などさせなくとも、歌物ポップスには開拓する余地がまだまだあるのだ。

 メタル性はほぼ無いが、興味があれば聴いてみて欲しい。

2015年7月 4日 (土)

Happy Birthday, MoiMoi

 20日に水野由結が、そして今日菊地最愛が誕生日を迎え、MoiMoi(=Moa+Yui)は16歳となった。
 二人の誕生日が近い事も、浅からぬ縁というものを感じてしまう。

 ライヴとしての「聖誕祭」は行われないが、ネットでは20日のYUIMETAL聖誕祭に続き、MOAMETALの誕生日を祝う怒濤のツィートが溢れている。
 Twitterでの「聖誕祭」イベントは、フィクションの登場人物などでよく催される様だが、字義通り世界中から祝福されるBABYMETALは、やはり大きな存在である。

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 このブログにはあまり私事は書かない様にしているのだが、入院していた私の老父が2回の大きな手術を受け、どうやら経過は良好となった。

 これで晴れ晴れとBABYMETALの事を考えて論考をサクサク進めたい、ところなのだが、仕事がまたも遅れてしまっている。プログラム論考の続きはもう暫くお待ち戴きたい。

2015年7月 3日 (金)

Portable Music

 Apple Musicのサービスが始まった。
 定額制で聴き放題というシステムは既に日本でも幾つかサービスがあるが、これは相当に準備されたものの様だ。

 アメリカのApple Musicでは、当然ながら1stアルバム「BABYMETAL」はリストに入っている。米SONYとはしっかりと調整出来ている様だ。
 しかし日本のサービスに「BABYMETAL」はリストに入っていない。
 これがトイズファクトリーとの調整問題なのか、JASRACとの問題なのかは判らないが、いずれは入るだろう。

 BABYMETALでメタルに関心を持った人が、ではどんなものが自分の好みに合うか探そうとする時、こうしたサービスには大きな利便性(と経済性)がある。

 私自身、これまでちゃんと聴いてこなかったDragonforceなどを聴くために、相当枚数のCDを入手していたが、そういう用途にはうってつけである。

 iTunesを使用していた人はこれまで自分が作ったライブラリもApple Musicにそのまま導入出来るのも、当然な措置だ。

 ただ私はどうしてもiTunesというかMP3タグによるアプリ管理が嫌いだ。
 現在はWALKMANを日常用いているが、フォルダのドラッグ&ドロップが出来ない機種は買わない事にしている。再生もフォルダ再生しかしたくない。

 Xperiaでも聴けるのだけれど、アプリの動作が不安定で、カバーアートが全然違うものを勝手にダウンロードしてくるので閉口し、全く使っていない。

 Apple Musicはその内試してみようかなぁ、とは思っている。
 このサービスが本当に定着するとなると、CD盤を作って売る、というビジネスモデルが根底から変わってしまう可能性もあるのだけれど、それほどまでに普及するのかどうか、こればかりは予測し難い。


 Apple Musicが配信するのはAAC 170kbps程度らしく、私は自分でエンコードする時はLame 320kbps CBR(Amazon配信のMP3も同じ)であり、不満を感じる。

 10年前程から、インイヤー・モニタの普及でポータブル・オーディオの音質を上げるムーヴメントが起こった。
 プレイヤーの内臓アンプに不満を抱くと、ポータブルアンプを携行する事が流行る。
 プレイヤーとアンプを繋ぐケーブルも高級なものが売れた。
 プレイヤーにデジタル出力がついていると、DAC内臓アンプというものが登場。
 今は10万円を超す様な高級ハイレゾ再生プレイヤーも売られている。

 私もポタアン(ポータブルアンプ)は買ったり、自作もした(キットもあったし、基本回路は公開されいてるので自作も可能あった)。
 しかし持ち歩く軽便さが無くなり、段々面倒になって今は全く使っていない。

 ステージ・パフォーマーが、転がしというステージ上のモニタスピーカーではなく、インイヤー・タイプのモニタを使用する例が増えるにつれ、小型高性能のイヤホンが数多く作られてきた。
 私には旧Ultimate Ears(現Logicool)の製品が好みの音質で、3ユニット内臓型が一番のお気に入りだ。これらはBABYMETALの様に、アーティストの耳を型どりして作られるカスタム・イヤモニターの量産タイプである。


「BABYMETAL」のearMusic盤、RAI盤が先月発売されたが、それぞれに音質に違いがあるのか少し話題になった。
 波形を見ても、WaveCompareというWAVファイル比較ソフトを使ってみても、3種の盤に収められている音源は全く同一だった(当然Bonus Track2曲は除く)。

 そしてアナログ盤も発売になったが(4千枚以上も売れたらしい)、再生環境が実家にしかない私は入手しなかった。
 アナログ盤のマスターは、24bit/96kHzでリマスターされたのではないかと思う。アナログの優位性、特に高音域をナチュラルに聴かせる為に、私ならそうする。
 もしそうであれば、この音源をダウンロード販売という事も期待出来る。
 今は殆ど命脈を絶ったSACD, DVD-Audioを除外すれば、現在流通するあらゆる媒体でBABYMETALの1stアルバムは幾度も幾度もリリースされてきた(CD音質のダウンロード販売は行われている)。
 ならばハイレゾ版もリリースして欲しいと期待してしまう。

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2015年7月 1日 (水)

PerfumeとBABYMETAL

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 BABYMETALを如何に捉えるかに於いて、Perfumeの存在は極めて大きい。
 音楽的には殆ど関係が無くとも。


 Perfumeがメジャー・デビュウした頃、私はよく秋葉原に赴いては電子パーツ、オーディオ関連の機器を買っていた(今は全くその趣味は無い)。
 ヤマギワだったか、CDショップの店頭で大音量にて鳴らされていたのを耳にして、「へえ、テクノポップで歌うアイドルなのか」と興味を抱いてCDを買った。
 やがて「ポリリズム」でブレイクするのだが、私にはこの曲が全くポリ(複合)リズムに聞えず、間奏は確かにそうだとも言えるが、それはダブ・エディットの表現だという印象が強く、そこでPerfumeへの関心を失った様だ。
 Perfumeが独特なダンスを次々に披露して人気になっていった事は何となく知りつつも、自分とは関係無いものになった。

 BABYMETALに興味を抱き、自分が感じる事を書いてみたいと思い立ったのだが、自分に懸念を抱いた事がある。それは私がPerfume体験を殆どしておらず、Perfumeの事を全て調べ直す事は自分にはとても無理であるし、それを書く資格が無いのではないか、という事だった。

『ギミチョコ!!』には、それ以前にMIKIKOによりPerfumeへ振り付けられた「フレーズ」の引用が、最低でも5種はあるのだという。
 その原典を全て確認するのは私の手に余る事だ。
 一方で最近の状況として、『イジメ、ダメ、ゼッタイ』の振付けのニュアンスが、Perfumeのプログラムに導入される事も生じている。

 

 Perfumeは現在進行形のアーティストで、BABYMETALとは全く異なる成り立ちではあっても、世界進出という展開に於いては、先達と後続の関係だ。
 BABYMETALが去年の頃の活動をしていた状況は、Perfumeではどうあったかを知ろうとすると、Perfumeについての言説ブログの幾つかに検索で辿り着く。
 知的で他の文化からの参照も豊富なブログは幾つかあるが、何れも現在はPerfumeプロジェクトからは熱が冷め、その心情も直裁に文章として記されている。
 当然、コメント欄には「不満があるならもう言及しなければいい」という辛辣なものも書かれる場合もある。
 それがそのまま今も読める事に感謝している。
 気分が乗らなければ全てを削除する選択肢が、オーサーにはあるのだ。しかし「ログ」として残されている事によって、私は多くの事を学ぶ事が出来た。

 私自身は、BABYMETALが自分の望む、期待する方向に進まなくなったら続けられない。
 勿論そんな予感は今のところ全く感じていない。
 そして以前に記した様に、自分が望む方向などというものがもしあったにしても、それをリアルのBABYMETALに身勝手に当て嵌め、自らの願望めいたものを仮託する事は厳に慎みたい、と思っている。(のだが、どうやら世代論で検討を突き詰めていくと、これは避けては通れない問題だなと思いつつあるのだが。これもブログ終盤で改めて検討したい。)
 最後までは見届けたいと思っているが、それまでブログを書き続けられる自信は全く無く、一つの目標を定めてそれまでは全力で書くという方針で始めた。

 Perfumeの振付けを「読解」する試みは、先に述べた様なブログなどでも断片的に触れられている。
 どんなに調べたところで、私にはPerfumeについては語れない。
 MIKIKO論についても同じであり、しかし全く言及しない訳にもいかないので、『メギツネ』考の一部でささやかに記述するに留めるしかなかった。

 私のプログラム論考には、こうした弱点があるのだと自認しており、ご承知願いたい。



 プログラム論考は、今回のエントリや記録エントリを書く時とは違うテンションが必要なので(やはり愉しく読んで貰いたい文章は愉しい気分でなければ書けない)、なかなか進められないでいるがぼちぼちとやっていく。

 コメント欄は、余程の問題がない限りは削除やアクセス禁止措置はしない。これもブログの先達に倣わせて貰おうと、本ブログが想定以上に読まれる様になってから決めていた事だった。
「高齢者が上から目線で偉そうに書くブログ」(2chのどこかのスレでそう書かれたらしい)は、実際のところ正しい。そういうブログなのだ。

 私はBABYMETALプロジェクトの試みの概ねに於いて共感しているが、全てを肯定している訳では無い事はこれまでのエントリを読んで戴ければお判りだろう。
 プログラム論考の後に書こうとしている幾つかには、大きな反論を覚悟する事が必要な事柄もある。
 書くべきか否か迷いもあったのだが、やはり書く事にしよう。相当先になってはしまいそうだが。





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