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2016年4月 2日 (土)

サム・ダンがBABYMETALを語る

 4月2日、『BABYMETAL』は3.5万枚を売り上げて既に累計は10万を越している。オリコンのデイリー・ランキング1位が報じられた。
 iTunes の4月1日づけの順位は5位で確定。

 前エントリのSlipknotクラウンのツィート、だと思ったのだが、私も元リツィートを保存しておらず、事実が確認出来ない。情報の奔流の中で見たものだった。間違いであればお詫びいたします。

 

Metalevo

 

 以前このエントリで言及したカナダの人類学者+メタル・ファンで、「Metal Evolution」などのドキュメンタリを作ったサム・ダンが、『METAL RESISTANCE』のレヴュウ動画を公開した。
 NuMetalやヘアメタルを嫌うサム・ダンがBABYMETALをどう見ているのか、個人的には興味を持ち続けていた。

 まだ私が知る限り翻訳されているところは無い。

【追記4/4】アルバムジャケットの画像が正しく差替えられた動画が公開されている。私の拙い記事をコメント欄でフォローして戴き、いつも感謝しているYOSHI-METALさんに教えて戴きました。ありがとうございます。



 彼は頭ごなしに「ギミック」と切り捨てはしていなかった。ジャケットが1枚目だったり、『Sis.Anger』は3人で歌っているなど、事実誤認も散見されるが、概ね肯定的(4曲くらいしか触れないが)。
 BABYMETALのライヴがメタルファンにとっても楽しいショウだという事も触れた上で、BABYMETALは「バンドではなくプロジェクト」であり、従って『METAL RESISTANCE』については星ならぬスカル2/4という点数だった。
 50%という点数は全く同意しかねるものの、メタルヘッズの権化であるサム・ダンの評価としてはそう悪くも無いと思う。

 BABYMETALを否定する意見として、「バンドではない」「プロデューサーが組み上げたものだ」という文言は嫌という程読んできた。
 ステージに立つBABYMETALはバンド以外の何者でもないと本ブログでは主張してきたし、プロジェクトがまるで必要以上に作為があるものだと見なすのは、あまりにナイーヴな見方だ。
 まあ今日はネガティヴな事はあまり書きたくない。

 FOXウィークになってしまい、仕事が「YAVA!」……。
 さて、これからライブビューイングに行く支度をしなくては。体力には全く自信が無いが、睡眠障害中なので起きてはいられるだろう。
 少し運動しておこうかと、31日は渋谷のタワー、新宿のHMVを巡った。渋谷タワーで、三人の衣装展示は見たが、VRは遠慮しておいた。
「Grind House」誌を探したが見当たらず、店員の女性に訊ねたら内線電話で「あのー、今日朝礼で言われてたBABYMETALの、あ、そこにありますか」と話しているので、恥ずかしかった。しかし入手は出来た。

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コメント

文化人類学者なんだから、もっと相対的な視点を持てばいいのに…と思いましたが、逆に学者だからこそポリシーを重視したのでしょうかねえ
それともやはり根っからのメタルヘッズということだからなのか

ライブ・ビューイング、最高でした。ウェンブリー満席!観客熱狂!半分程度はセカンドアルバムからという挑戦的なプログラムでしたが、ステージングが以前よりパワーアップした印象です。正直なところ、セカンドアルバムを何回か聴いた限りでは、若干の不安も感じていましたが、杞憂に終わりました。映像であっても、ライブを観ればよくわかります。2枚目も最高の作品です。1万数千人のヨーロッパの人たちの反応を見ても確信を持って断言できます。私たちのベビーメタルは、これで本当に世界のBabymetalになりました。あと、メタ太郎は一部で評価が分かれているようですが、私は大変な傑作だと思います。某大手CD屋さんの新宿店でもほとんどの曲を激推ししながらメタ太郎を外していたと思いますが、認識を改めていただきたいです。ウェンブリーでの演奏も最高で、涙が止まりません。なお、2~3の新曲で音程がやや不安定かなと思われる場面がありましたが、些細なことです。今後場数を踏めば、すぐに解決です。

>ひろいちめたるさん
私もたった今、お台場から戻ってきたところです。
すべて良かったけど、メタ太郎最高です。 
CDで聴いてたときから、何故か涙腺を刺激する曲で不思議でしたが、
ライブで聴いて完全に崩壊してしまった。
何故だかわからない。不思議だ。

お台場のZepp 行ってきました。
行きの電車で予習して行ったのですが、アモーレのイントロ、あーいーのーって聞こえた瞬間に涙があふれ、いっしょに声が漏れ出ました。
はずかしくなってあわてて電車を降りましたがそこはまだ川崎で、次の電車は終電でした。危うくお台場に行き着かないところだった。
ライブではもっといっぱい泣きました。こんどは周りのことはあんまり気にならなかった。

Sam Dann氏のレビューですが、
ジャケットが訂正された映像に置き換わっていました。
http://www.youtube.com/watch?v=WqTJadwhMZ4

コンセプトやライブは4スカルだという前置きをした上での、
アルバム自体としては2スカルという評価でした。
言っていることも、私が内心思っていたこととも近く、
なので、ウェンブリーのライブを見るまでは静観しておこうと思っていました。

そして、ウェンブリーの公演を見て、
1stアルバム、2ndアルバムと見ること自体が違う
ということに気づきました。
これは2枚で1つの作品なんだと。

それが組み合わさることで、よりパワフルなセットリストや演出が完成するということが、
ウェンブリーのパフォーマンスで納得させられました。

ゴンドラのような飛び道具や神バンドのソロ曲なしで、2時間ぶっ通し。
恐れ入ったとしか言いようがありません。
メタルかポップかという二項対立も超えて、
ミュージカルメタルとも称したいようなショーに進化したように思います。
Genesisのような、一流のパフォーマンスとなんじゃこりゃ感の同居。
しかもそれが極めて健全で健康的なんですから、
(しかもたどたどしい英語でかわいく挨拶するんですから)
もうなんか、無敵な感じがしてきました。

最近は在宅じゃなくなってますが…
私もLV(福岡)に参加する事が出来ました。
構成や映像も良く、ウェンブリーに行った気になるぐらい満足しました。音に関しては低音過多な感じやボーカルのレンジが狭そうな感じをうけましたが、PAさんの様子を見てると曲毎にかなり細かく調整をされているようでしたので、他会場のライブの音をzeppに合わせるのはやはり大変なんだなあと思いました。

行ってきました。ライブビューイング。
仕事⇒仮眠⇒ライブ⇒休憩⇒仕事、、年には勝てません。眠いです。

とはいえ、行って正解でした。
色んな方がtwitter 等に書いていますのでダブルのですが、、
(ウルッとなったポイント)
・満席の客席が映し出された瞬間
・「紅月」でセンターステージからメインへSU が駆け抜けたところ。
・(最後の) RoR 終わりで3名が階段からおりてきてセンターに並んだ際の表情。
  →感極まったというより、「まだまだ行くよっ」と前を向いていたようにも思えた。
・及び、歓声、何カ国あったんだろう観客が持ち込んだ国旗がたなびいているシーン

(新たな発見)
・やっばりライブ+映像です。正直、CDでは、それほど印象深いと思わなかった
 「アモーレ」のライブ映えすること。SU の入り込んだ歌唱、表情含め本日の白眉でした。これには驚いた。
・併せて、「ヤバッ」の特にYui の表情や「メタ太郎」「KARATE」の盛り上がりを見るにつけ、ライブバンドですわ。(まったくの初披露は「アモーレ」「メタ太郎」の2曲)

繰り返しになりますが、、
ウエンブリーを満席にし、チャートもいい数字を上げているようですしと、なんか凄い。
どうしてもファン目線で過大評価してしまいかねないので、誰か日本のポピュラー音楽史を交えて評論して欲しいものです。ちゃんとしたドキュメンタリー希望。

ROみたく「凄い」「圧倒的」という表現はあまり使いたくないのですが、それでもやはり、最後の万雷の拍手、揺れる国旗と3人の表情は未だ見たことのない風景を見せてくれたと思います。しかも、まだ18・16・16歳だし、未来はこれからですからね。
着いていきます。

*正直、2ndの歌詞や一体感といったものには距離をおいています。この辺りは微妙なのでまたいずれ。

海外の翻訳された記事にベビーメタルは商業的で、音楽が金儲けの手段に利用
されていると頻繁にでてきます。 当時のイギリスの音楽産業に反発して生まれたのがメタルとすれば、まさに日本の音楽産業はご存知のとおり、いきずぎています
 そこにに現れたベビーメタルと状況が似ていて不思議なきもします、大活躍で
最近は良い影響もチラホラと見受けます。
 外国人も日本の現状が理解できたらベビーメタルはまさにメタルだ認めてくれる
気さえします。 

たぶんコバメタルは一流の芸人を集めた少女歌舞伎をやって楽しんでいるのだと思う。
かつてKISSは歌舞伎から演出のアイディアを得たがコバは当代一流のアイドルやアーティストや作曲家を起用して歌舞伎と同じように徹底的に緻密に構成された様式美を備えた総合芸術を創造しようとしてる。
歌舞伎をやろうとするなら他のどんなジャンルや型にも分類できない世界を演出できるし何でもアリの展開が可能になる。
そう考えれば「ややこ踊り」や「行進曲」がレパートリーに入っていても全然おかしくはない。

Daiさんと同様のことを、ずっと思っていました。"DEATH"の振り付けの摺り足からしてそうですし。
小林さんのBMコンセプトの根底に、メタルレジスタンス(アイドルポップ勢力との戦い)と称して「メタル無条件賛美」、「アイドルポップ様式の一定の尊重」(さ学出身の整合性)、「メタル黄金期(8、90年代)の文化の復興援助」(氏と同世代以上の太客確保?^^:)とでもいうべき柱を見ていたのですが、新譜の楽曲の中には、さらに小中氏のような(私もですが)50代ファンの郷愁をそそる「70年代」までもが入ってきたような気がします。「80年代」のこだわりもこれまで出自が日本だったのが、耽美派(デカダン)などと称されたブリティッシュロックが入ったような。
ソングライティングチームからは、影響としてDream Theaterの名しか出ていないようだけれども、問題作"Tales of the Destinies"はむしろ、PFMやジェネシス(ともにウルトラセブンやウルトラマンタロウと同時代)のようですし、"Meta Taro"はまさかのまんま円谷プロ賛歌。"From Dusk Till Dawn"はもはやDepeche ModeかKate Bushかという感じ。
我々50代を気にかけてもらえてるのは嬉しいけれども(まあ錯覚なのでしょうが^^;)、コンセプトの方は堅牢に保っていけるのかな、と少し心配になったり。
と、ついつい長文になってしまいました。
遅ればせながら(*)主様、お誕生日おめでとうございます。これからもお体には十分にお気をつけて、この素晴らしいブログを続けてください。
(*米東部時間ではまだ余裕で四日DEATH、ということでお許しを。)

Dai 様
>>たぶんコバメタルは一流の芸人を集めた少女歌舞伎をやって楽しんでいるのだと思う。

言わんとされているニュアンス、なんとなくですが、分かります。この企画の当初こそ、そこまでの世界観はなかっただろう・・・と想定されますが、KOBAMETAL氏(というよりもAmuse?)は、どこかの時期で、認識の幅を大きく拡げたのでは?と思わされる節がありますよね。個人的には、それは、「神バンド」の導入が成功した辺りなのではないか?と勝手に邪推しております。少女歌舞伎…なるほど。私としては、シルク・ドゥ・ソレイユのような総合エンターテイメントを目指しているのか?とはちょっと想ったことがありました。

uwsさま
cimycさま
本来は少女歌劇団の方が表現は近いかも知れないですが、ソニスでメギツネの間奏に入る箇所の踊りを初見した時は度胆を抜かれ何度もリピート再生した記憶があり、やはり本質は少女歌舞伎なんだろうなと思います。
出雲阿国が大流行した頃はあんな風だったんじゃないでしょうか。
個人的にはメギツネに繋がる作品が観たくてたまらないのですが海外だと洋装でないと無理なんでしょうね。

Dai様
中途ハンパなレス(Daiさんへのレスですらなくなってました・・・)に返信いただきありがとうございます。
私見ですが、コバメタルの昔のインタビューを読み返すと、三姫をメタルの世界に引き込んだことに責任を感じているかのような気にかけ方を感じるんですよね。そして、これは今でも一貫してることなのですが、3人への保護意識をすごく感じます。
このことから、氏は当初から自分が責任者であり、リーダーであることを前提にしたシステム、つまりバンドならぬパフォーマンスチーム(劇団もしくは映画製作組織など)の座長として認識されるよう振る舞ってきた気がしています。
メタルやプロレスに共通のある種パロディー的な「シンボル」設定により、三姫を決して窒息させないための逃げ道を提供する一方で、同時に「必然性」、「合理性」、「整合性」を求め続けることで、ヘイターの攻撃を跳ね返し、大物を味方につける「質」や「品格」を身につけてきたのではないか。つまり「本物のフリをした偽物」ならぬ「偽物のフリをした本物」であるための本格的な分業組織の構築を行ってきた。そして、こうした分業はそもそも「日本」の得意分野。
100年以上前に欧州を席巻した「ジャポニズム」を牽引した浮世絵も、システムは木版という「絵師」「彫師」「刷り師」による完全分業でした。天才「絵師」であった北斎も歌磨呂も、直属の超一流の「彫師」「刷り師」といったスタッフなしに成立しなかったわけですね。
メタルエリートが新しいメタルの流派の現れるたびに、「こんなの本物のメタルじゃない」と言うそうですが、失礼ながら私には、さながら「版画は絵の複製、まがい物」などという浅薄な絵画ファンのにわか見識と同じ匂いを感じます。おっと脱線。
「歌舞伎」の話ですが、「メタルレジスタンス」という題目を陳腐なギミックと認識させないためには、まず「日本発」であることに象徴的必然性が必要になりますが、ここで劇団構造であることと合わせて整合性を持たせるためにも「歌舞伎」に帰結するのが最も合理的です。(エンタメの世界である以上、何もかもが緻密に計算された準備に基づいて行われてきたとは思いませんが、最良の選択の積み重ねの帰結として考えることにもそう無理はないかと思います。)
結局、題目と運営構造の双方が論理的必然性をもって繋がっており、さらにこの題目(「メタルレジスタンス」)の元になされていることが、実は音楽における堅牢なジャポニズムを形成しようともしているとしたら・・・。なんだか現実と妄想のどちらにいるのか自信がなくなってきました。我ながら無責任。(笑) "Babymetal is a drug."とはよく言ったものです・・・などと言い訳を試みる。
とにもかくにも、この「少女歌舞伎」、三姫が狐神の使者の指示のもとに、四神やソングライティングチーム、スタッフと総力戦で行う質の高い演目に、メタルエリートや人種年齢差別主義者たちの心なき呪文「メタルではない」が効くわけもなく。"We are BABYMETAL!!"

UWSさま
ベビメタというキャラクターに心の奥に住む少年が果てしない空想力(妄想力?)を掻き立てられているのです。
降り注ぐインスピレーションが長い間、遠い記憶の奥に仕舞い込んでいたあの沸き立つような感情を蘇らしている。
ベビメタはある種の神話性を具象化してると思うのです。

少女歌劇団・少女歌舞伎・巫女神楽・少女猿楽、多々様々なイメージが投影出来る架空のキャラクターには無限の魅力があり、狐神の神託の宣べるまま文字どおり全身全霊を捧げ激しく歌い舞い踊る天使の姿はアマテラスに岩戸を開けさせたアメノウズメのようです。

我々のDNAには降臨神話と天穣無窮の神勅のイメージが刷り込まれているのでそれが本物の神楽の進化したものと直感的にわかるのです。
KOBAはその力を知っているので狐神の黙示録という神話をわざわざ挿入してベビメタ世界を構築した。その最初のアイディアを出したのは日本人独自の舞踊を研究していたMIKKIKO先生だと思います。
私がやれ歌舞伎だ神楽だと戯れ言を書くのは「嘘から出たマコト」の中にこそ秘められた真実はあり、それこそが究極のエンターテイメントだと思うからです。
「ヒノモト」とは「暗黒宇宙を光明化する本源」を意味する言葉です。
ベビメタが日本と呼ばれる国から誕生したのは必然であってけして偶然ではないと思っています。

Dai様
完敗です。妄想を、他人様に読ませるに価するだけのものに仕上げる筆力が、残酷なまでに違う。
とある田舎カラオケチャンピオンが、カラオケデート形式の合コンで出会った美少女にアプローチ、デュエットを持ちかける。ところがいざ歌い出すと、その少女の声、そして歌唱力は、現実世界のそれではなかった。敢え無く叩きのめされた挙句、完膚なきまで心折られるという・・・今の私にはそんな画が似つかわしい。
最早、心折られても立ち向かっていこうぜ、とはならない。その少女の正体とはもちろん、世をしのぶ仮の姿のSU-METALこと中元すず香・・・いや、だめだ、だめだ。カラオケですぅちゃんと勝負とか、妄想の中でも怖すぎる。というか、一体何を書いているんでしょうか私は・・・。
大変失礼致しました。
真面目な話、頂いたご返信には冗談抜きで読まされ、心揺れました。思わず心の口をついて出た言葉がこれです。
「こんなに揺れるんだ!」

懐かしい明日

 別冊カドカワDIRECT 04のベビメタ私論という記事を読み、KONAKA-METALさんが提案されていた命題、「BABYMETALはなぜ日本語の歌で良かったのか」と「なぜ日本では若者よりもアダルト男性が主体でファン層を形成したのか」の答えのヒントになるかもと思い、少し長いですが書き込みいたします。

 まず、中野信子さんはBABYMETALが海外で受けた理由として、キリスト教文化圏に舞い降りた謎の異教徒の巫女の異質性が魅力になっていると書かれています(例によって「リング」などが引き合いに出されています)。BABYMETAL翻訳HPでの、イギリスのメタル・ポッドキャストを翻訳した動画で交わされていた会話と併せて考えると、欧米文化圏の人からすると、欧米文化圏の人がヘンなこと(それまで誰もやらなかった新しいこと)をやるとそれは"ただのヘンなこと"になるけど、文化も言葉も違う人がヘンなことをすると得体の知れない恐怖や魅力が生まれる、ことがあるのではと思いました。この観点に立つと、日本語の歌というのは、異質性を認識させるための強力な武器として作用するのでしょうね。KONAKA-METALさんの意図するところと違うかもしれませんが、「日本語で良かったのでもない。日本語だから良かったのだと。」の解の一つを見つけた様な気がしました。

 また、1960年生まれの田中純さんは、ゴスロリ風の戦闘服と霊力をまとった巫女達のレジスタンス活動である音楽を通して僕たちが取り戻したいのは、あらゆる未来の可能性があったはずの未来、ロック(やメタル)の幼年時代ではないか、と書かれています。それを一言で「懐かしい明日」と表現されていて、とても美しい言葉だと思いました。オマージュがたくさん詰め込まれているBABYMETALにロックやメタルの「懐かしい明日」を感じ取れるのはアダルト男性が主体なので、その人たちが中心的にファン層を形成したのでしょうね。

 お二方共にキーワードとして「巫女」を使われていることは興味深いです。こちらのHPでも度々、シャーマニズムや神話等を含む日本文化の遺伝的背景が取り上げられています。最近のDaiさんのは特に熱く、「ベビメタが日本と呼ばれる国から誕生したのは必然であってけして偶然ではない」には共感いたします。

 ところで、ウエンブリーで初めて発せられた日本語は「すーめたるです」ですか?

まずお叱りを受ける前に正直にお詫びいたしますが、「ベビメタは神楽」と一番最初に定義されたのは他ならぬ小中先生です。
その論考は昨年4月8日の『メギツネ考』3にあります。
「嘘から出たマコト」も先生の「ネタがら出たマコト」の受け売りに過ぎません。誠に申し訳ございません。

ところで、日本語歌詞の持つ不思議な力については海外メイトがしばしば指摘するところであり、過日のNHK特番でマーティ・フリードマン氏も「日本語で歌う方が絶対良い、意味がわからないから逆にもっと知りたくなる。好きになったらそこにもう壁などない、言語の違いは関係なくなる」と断言してます。

根拠なき自画自賛はみっともないですが、外国人が聴く日本語の響きの魅力が事実本当にあるとするならば、当の日本人自身が日本語の真の価値を知らず過小に評価しているだけなのかも知れません。

元々自分は全ての歌には言霊の力が宿ると考えている人間なので、ベビメタの主要楽曲に意図的にか偶然にか多用される母音とりわけ「あー」の清音が、実は極めて強力な浄化作用を持つ聖音であることを知っています。
それがまた天来の歌姫の声帯から直に発せられるのですからたまりません。
天使の聖音が耳からでなく頭蓋骨から脳に直接電流のように流れる体験はある意味では危険です。個人的にはベビメタの楽曲には12歳以上の年齢指定をかけるべきではないかと思っています。

何故全身刺青姿のいかついメタルヘッズがベビメタに涙を流してしまうのか。
海外でベビメタの楽曲がしばしば「これはドラッグ」と評されるのも、実際に脳波にどのような影響を与え脳内麻薬がどれだけ分泌されるかの臨床試験をすれば、化学的変容・ケミカライゼーションを脳にもたらすメカニズムが解明できるようになると思います。

いずれにしましても我々はとてつもなく強烈な何かに遭遇した目撃者であることに変わりありません。
それを母国語で味わう幸福に浴している事実に対して、我々はこのような文化を築き上げた先人に深く感謝すべきではないかと思う次第です。

Dai様

 え~と、たぶんどなたも叱ったりはしないと思いますヨ。
前のコメントにも書いたように、伝統的な日本文化とBABYMETALの関係性についてはKONAKA-METALさんの記事を初めコメント欄でも何度も話題に上がっていて、Daiさんの言葉はその引用であることは多くの方はご存じだと思います。
 BABYMETALについては皆さんそれぞれキーワードをお持ちだと思いますが、複数の方が同じ言葉にたどり着いているのはそれだけ意識の共有度が高いのだと思います。おもしろいなあ。

 BABYMETALという現象は様々な細かい項目でできあがっていて、例えば数式で表すと、BABYMETAL=定数a1x関数f1(楽曲)+a2xf2(ダンス)+a3xf3(衣装)+a4xf4(コンセプト)+a5xf5(プロモーション)+a6xf6(国の技術・経済状況)+a7xf7....となるとします(こういう表現もなんだかなぁ)。で、それぞれの項目=関数fはもっと細く分けられて、f1(楽曲)=a11xf11(メタル度)+a12xf12(J-Pop度)+a13xf13(和楽度)+a14xf14(日本語度)+a15xf15(ウルトラマン度)+a16xf16...となって、そしてさらに、f11(メタル度)=a111xf111(メロスピ度)+a112xf112(プログレ度)+a113xf113...等と分けられて、BABYMETALはそれぞれの定数が非常に微妙な、たぶん奇跡的なバランスをとっているのだと思います。えーと、前置きが長くなりましたが、いくつかの、しかし絶対に外せない因子の定数に伝統的及び近代的な日本文化・伝統・風土は直接的(一部の振り付け・和楽度・衣装のゴスロリ度など)・間接的(多神教的な世界観・ゴスロリ等を生み出したサブカルチャーや少年少女アイドルを生み出した文化など)に影響を与えていると思います。またそこには、その文化を受け入れる寛容さを持ちながら、直接的な植民地支配がなかったため英語等が公用語にならなかった、というような欧米文化との微妙な距離感を歴史的に保っていた日本という国の特異性も大きく関与していると思います。そういった意味で、Daiさんの「日本で生まれたのは偶然ではない」に共感するのです。

 それから、僕たちは「強烈な何かに遭遇した目撃者」であるのはその通りだと思います。この、リアルタイム性については以前から思うことがあるのですが、そのうち機会がもしあれば...。

 いやぁ、BABYMETALを語るのって、ほんとうに楽しいですねぇ。

わたしは日本語で歌ってこそBABYMETALと思ってました
ここの皆さんは既知のことかもしれませんが
https://www.youtube.com/watch?v=UJdechq_Y1g#t
https://www.youtube.com/watch?v=E5nyS82YKOU
これらを聴くと英語で歌っても意義があったんじゃないかと思います。

19さんが書かれた通りThe One の世界観が普遍性を獲得してなかったらおそらく英語でカヴァーされることもないでしょうね。
「すべて英語でとは思わないけど全編英語の歌も一度聴いてみたい」との英語圏ファンの期待に見事応えたことは成功したと感じます。

本題に戻りまして、主さんも本稿を投じられた時点で日本語翻訳はないと前置きされてますが、最近のホンヤクメタルさん翻訳の投稿動画を観るとサム・ダン氏のアルバム評はかなり公正な内容に思えます。
サム・ダン氏は「BABYMETALはバンドというよりプロジェクト」と定義し、「コンセプトは100点満点、ライヴも楽しい、アルバム曲はバラバラで全く統一性がない」と批評、「ここではコンセプトでなくアルバムを評価する」と前置きして「2スカル(50点)」を与えている。
つまりサム・ダン氏は批評家としてセカンドアルバム単体の評価レヴューをしているのでべビメタのコンセプトやライヴへの評価とは明確に切り離してるのは間違ってない。
ただ氏にとってセカンドはあまりにも各曲の振れ幅が巨大でカオス過ぎるので全曲を消化し切れない時点で論評させられた、と受け止めるのが妥当なところではないかと思います。
これから先サム・ダン氏の大脳皮質に突き刺さった微細な毒針がどんな化学変化を惹き起こしていくかは想像するだけでニヤニヤしてしまいます。KIM女史の二の舞になるに違いないと思うからです。

Dai様
ああ、なんてこと。素晴らしい返信に感激の程度を表現したつもりが、なんとも笑えないおすべり投稿・・・却ってお気を使わせてしまうとは。本当にごめんなさい。いい歳して、感謝を素直に書けない自分のひねくれぶりを呪います。

>UWSさま
いえいえ、どうかお気遣いなく^^

>私見ですが、コバメタルの昔のインタビューを読み返すと、三姫をメタルの世界に引き込んだことに責任を感じているかのような気にかけ方を感じるんですよね。そして、これは今でも一貫してることなのですが、3人への保護意識をすごく感じます。

13でこう書かれておりましたが、最新インタヴューでKOBAMETALは「私は父親代わり」と明言してますので大・正・解です。
もしかして透視能力でもあるんですか!?

このようにBEBYMETALがファン心理にしばしば惹き起こすシンクロニシティ(共時性:ザ・ポリスで有名)は甘藷亭さんが少しだけ触れられているリアルタイム性とほぼ同じものだと思いますので、詳細はのちほど甘藷亭さんに語って戴こうかな~と勝手に期待しております(甘藷亭さんスミマセン)^^

Dai様
>13でこう書かれておりましたが、最新インタヴューでKOBAMETALは「私は父親代わり」と明言してますので大・正・解です。
>もしかして透視能力でもあるんですか!?

いえいえ、まさか。(笑)おそらく多くのメイトの方々もそうだと思いますが、健気で一生懸命な三姫にはとにかく父性本能をくすぐられるものですから、その親目線を直近の小林さんや森先生にも探してしまうようなところはありました。「頼むから、親のような気持ちで、気を抜かずに守ってあげてくれ!」という。(笑)
昨年でしたか、Perfume が三姫が小林さんを「お父さん」と呼んでるのが微笑ましかった、と言っていましたが、私も嬉しくなりましたね。
BABYMETALのメンバーに課せられる日々のルーティンは、まるでスポーツの日本代表選手のような厳しさでしょうし、ましてや小・中学生の時点で自分自身の興味で始めたわけでないメタルダンスユニットですから、多くの方々がかつてのキャンディーズのような燃え尽き症候群を心配したわけですね(マーティーさんの「女の子って飽きっぽいじゃん」もまた然り)。しかも興行の世界ですから、スケジュールも変わりやすく、学業との両立は大変です。
そこで心強いのが「擬似親子関係」です。
親が子を守りたいという気持ち同様、子が親を喜ばせたいという気持ちは本能レベルだそうで、関係が良好であれば、たとえそれが親の押しつけであったとしても、強固なモチベーションを保てるそうです。「英才教育」、「天才教育」と呼ばれるものの数多の成功例はこれによるところが大きいのでしょう。
こんな目線で、半ば希望的観測を持って小林さんのコメントにあたっていたものですから、事実上の親子のような関係を思わせる言動やエピソードがあると、本当に安心なのです。
よく否定派の方々が、「これは作られたバンドだから、メンバーのインタビューなど聞くべくもない。すべて言わされてるだけだ」などと書いたものを目にします。確かに三姫はまだ若く、事前に用意した台詞をよどみなく発することに精一杯な時期が長く続きました。しかしそのセリフには一貫して明らかに、たとえ独自性はなくとも「伝えたい」という意欲と語気が感じられたものです。
先のコメントの最後に冗談めかして使ってしまいましたが、最近のインタビューにて「(メタリカのライブを観て)心に地震が起きたんですよ。(心が)こんなに揺れるんだ、って」という最愛ちゃんの言葉を聞いた際には、同時に「これでどう!?お父さん!!」という心の声を聞いた気がしました。それはそれは美しいドヤ顔とセットで。(笑)

名前が付いてないですね、すみませんでした。上の11日19時38分のコメントは私(UWS)の投稿です。

あれっ、いつの間にか宿題が...。
 Daiさんが考えておられるシンクロニシティと、僕のリアルタイムとは違うかなと思いつつ、まだよくまとまっていませんが言葉を紡いでみますね。再度、長文すみません。

 僕は今、BABYMETALをリアルタイムで楽しめることに感謝しています。

 生まれた年代や興味を持った時期のずれから、僕が今までで深くはまったのはすでに解散していた「過去」のバンドが多かったため、音楽そのものは楽しめるのですが、「歴史的な評価」を後から辿ることにもどかしさを感じていました。理由の一つは、評価が固まるまでに消えていった様々な意見に触れられないこと。もう一つは「歴史的な評価」を文章で読んでも、その時代を体験していない僕には評価の真意を本当に理解することは難しと思うからです。鯛を食べたことがない人に鯛の味を正確には説明できない様に、例えば僕はBeatlesの衝撃を理解できません(同じぐらいにドリフターズがなぜ武道館公演の前座を務めたのかも分からない!)。

 BABYMETALについては、この時代の"空気感"を共有できていることが楽しいです。それは、いろいろな個人や集団がBABYMETALと共に時代を生きて成長していく課程で作り出す、掴み所のないエネルギーなんでしょうね。
 まずは、TV番組・インタビュー記事などのマスメディアに流れる、中毒性は低いけど感染力の高い情報があります。また、UWSさんの様に保護者目線で見守っている方、年齢は離れていても一緒に飛び跳ねている方、親と一緒にライブにコスプレ参加してはしゃいでいる幼い世代、落ち着いて冷静に"現象"を分析して楽しんでおられる方、さらにヘイターさんまで含めて、その体験や経験、好きな理由・嫌いな理由、音楽・振り付けなどについて、実に様々な情報を発信したもの(それらは個人的な情熱の発露なので、感染力は低いけど中毒性が高い)があちこちのHPで拾えるし、こちらのHPのように意見交換できる場があります。そして、誰かが持っていた"熱"が情報として他の人に伝わり、受け取った人がその"熱"を別の人に受け渡していくことが連鎖反応的に続き、臨界点を超えたところで爆発的に広がって「とてつもなく強烈な」エネルギーになっていく現象を体験できるのは、本当に素晴らしいことですね。このような情報・感情・体験・情熱の共有がDaiさんの書かれたシンクロニシティであるなら、まさしくそれがあるからこそ"BABYMETALという現象"が起きているのでしょう。

 情報の減少と空気感の変化がたぶん起きている30年後にBABYMETALを知った世代は、2016年の空気感の要素の一つである、ディスクのことを"デロリアン"と言う符丁とか、ベースの神BOHさんがラーメンのグルメリポートをしていること(ヘドバン誌にて)などは恐らく知らないでしょうし、知っても2016年の僕らほどは楽しめないのではと思います。そして、BABYMETALの衝撃も本当には理解できないのではないでしょうか。

 僕らは幸いなことに、時代を共有しながらBABYMETALの「歴史的な評価」が決まっていく課程を体験することができます。フロントの3人は「オンリーワンを目指しています」とよく発言しています。それが、異端のオンリーワンになるのか、"BABYMETALというジャンル"の創始者としてのオンリーワンとなるのか。その時、チームBABYMETALのメンバーはそれぞれ何を思うのか。楽しみながら見守る、というより、ともに歩いていきたいですね。

 前の文章の下から4行目、「課程」ではなく「過程」です。すみません....。
でも、「BABYMETALの歴史的評価の決定について」という講義があれば受けたいなぁ。

UWSさん甘藷亭さんの言葉にお応えしたいと思いながら、今起きつつある「現象」を自分の中で上手く消化し切れず冷静な言葉に置き換えることができません。
時代の「空気」がちょっと尋常でないことになっています。もう少し頭を冷やしてからまた書かせていただきます。すみません。


九州が現在大変なことになっておりまして、私の職場でも緊急会議が招集されました。予断を許さぬ状況はしばらく続くものと予想され、余暇に時間を割くことができなくなるかもしれません。
べビメタに関しては少し興奮が収まり冷静さを取り戻しつつあるところです。
まずUWSさんには無自覚の予知能力があるかもしれないです。
正直言って、なぜ地震の話が唐突に出てきたのか先日の自分には今一つ腑に落ちなかったのですが。。。

それから甘藷亭さんのお話は全くその通りであると思います。
わたしたちは時代の目撃者であると書かせてもらいましたが、本当はそれだけではなく、時代を築く当事者であり主人公でもあるんです。

わたしたちがべビメタをどこかで発見し、感動し、支持して共有する。
たったそれだけのことで一体この世界に何が起きたか。
ある人はそれを翻訳して海外の同志に伝達する。
海外のメイトはそれに応えてまたべビメタへの忠誠を誓う。
ライヴでその誓いを表現し、それが映像化され、さらに世界に拡散される。
この循環が適切な時と場所を得て繰り返されると、嵐のような力に増幅されて旋風を巻き起こす。
その「現象化」のひとつが例えばbillboadというものにある結果となって反映する。

バタフライ現象とは、アマゾンの森の奥深くで蝶が羽ばたく小さな動きでさえ消え去ることはなく必ず地球全体には何らかの影響を与えているのだという理論ですが、われわれが一斉に世界に向けて言葉で発したことは消え去ることなく必ず何らかの結果をもたらすものであり、その「現象化」というものを今わたしたちは体験しているのだと考えています。

逆に言えば、わたしたちが今後何を語り何を伝えたかによって世界は変わってしまう。そう考えると未来への責任というものを感じます。

このサイトは主さんの知性に引き寄せられた人々が「類は友」の法則で集う「場」となっています。大変刺激的で創造的で豊かな感性と知性に触れることができて非常に新鮮な体験となっています。
べビメタを知ったことでこのような「場」に参加させてもらえることはとても楽しく喜ばしいことだと思って感謝しています。

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