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2016年10月10日 (月)

パワー・バラードの悩ましさ

 本エントリは4月の『METAL RESISTANCE』発売後間もない時期に書いたものながら、アップを躊躇っていた記事である。位置づけとしてはプログラム論考の前振りだったのだけれど、『NO RAIN, NO RAINBOW』そのものとはあまり関係が無い。

 東京ドームで初めて生で聴いた『NO RAIN, NO RAINBOW』が素晴らしかった事は前に書いている。

Nora

『NO RAIN, NO RAINBOW』は2014年の武道館にても披露され、映像ソフト化されていた既発表曲だが、私はこれまでこの曲について触れる事を避けていた。
 中元すず香の歌としては勿論堪能出来るし、メタルに限らずロックのライヴでバラードがセットリストに入る事は普遍的であり、存在意義はあると思う。

 個人的趣味嗜好を告白せねばなるまいが、私はバラードというものがどうしても好きではない。
 これはBABYMETALだからなのではなく、基本的な趣味の問題だ。

 静かな曲を聴きたいのであれば、そうしたサウンドを主とするジャンルのものを聴く。
 激しい音圧を浴びたいが故に聴いているロックのアルバムでバラードがあると、私は落胆してしまう。

 学生時代、パーティーのハコバン(ド)をバイトで幾度か経験したが、バラードを演るのが嫌で嫌で仕方なかった。ベースはルートを淡々と弾くばかりで、良い気分なのはヴォーカルだけじゃないかと不満を募らせたのも、トラウマ的にはあるのだろう。
 例外的に、デヴィッド・フォスターがアレンジしたバラードは、プログレ由来の屈折したテンションや、一回だけ変化する様な工夫がアレンジに盛り込まれており嫌いではなかった(尤も、音源では大抵シンセベースなのだが)。

 アイドルの歌うバラード、となると唯一私が好きになったのは、少女隊のアルバムには必ず1曲入っていた「安原麗子のソロバラード」だった。
 少女隊についてはいずれ書くかもしれない(ブログ初期は書く気でいたのだが完全に機を逸してしまった)。これは楽曲が当時のアイドルの歌とは思えないAORであったのと、安原麗子のウィスパー・ヴォイス歌唱が恐ろしくマッチしていたからだった。

 メタル/ロックに於けるバラードは、そのバンドのターニング・ポイントを握った例が多いのも、私にとってはネガティヴな印象となっている。
 KISSが最初にブレイクしたのはピーター・クリスが歌う「Beth」であった。それまでアングラなロックンロール・バンドだったKISSがレコード・セールスも上げ始めるには、この曲のシングル・ヒットが必要だったのだ。

 私が大好きだったファンク・メタルバンドExtream(つい先日来日。ライヴ行きたかった……)。も、代表曲となると「More Than Words」というアンプラグド・バラードだった。
 お陰でExtreamと言えばこの曲を先ず思い浮かべる人が多勢となってしまい、ヌーノ・ベッテンコートの繰り出すグルーヴに満ちたリフをメインにした、極めて独自なバンド・サウンドの影が薄くなってしまった(勿論 Get The Funk Outといったヒット曲もあるのだが)
 余談だが、2014年頃か、ヌーノは打上げのクラブか何処かで自ら持参した『BABYMETAL』(アルバム)を掛けたらしい。いつかレコーディングにでも参加してくれたらと淡い期待を抱いている。
 L.A.メタル全盛時にバラードは必須になっていた。
 最近では、メタル/ロックのバラードは「パワー・バラード」と呼ばれている。

 恐らく、パワー・バラードのアーキタイプとなったグループと言えば、意外かもしれないがCarpentesである。
 1972年のアルバム「A Song For You」に収められた「Goodbye To Love」がそれだ。

 甘いラヴバラードの様な曲調だが、「私にはもう愛など無関係なのだ」と恐ろしく悲壮な歌詞である。
 Carpentersのアルバムは半分は既存曲をCarpenters流にアレンジしたもので、それ以外がRichard Carpenterのオリジナルだ。デビュウ・シングルは「Ticket To Ride」であるし(殆どヒットせず)、ヒットした曲もカヴァーとオリジナルは半々ぐらいだろう。
 しかしこれはリチャードが謙虚なのではなく、自分の才能に強い自信を持っていたからだと思う。自分が書いた曲と、バート・バカラックの「遥かなる影 (Close To You)」を並べているのだ(この曲の提案自体は当時A&M社長だったハーブ・アルパートだったが)。

 鉄壁な砂糖コーティングが施されたCarpenters楽曲は、曲調からして楽器のソロがある場合にはオーボエやクラリネット、サックスがとる場合が多い。卓越した鍵盤の腕を持つリチャードだが、あまりソロを積極的に弾こうとはしなかった。
「Goodbye To Love」のレコーディング時、リチャードはファズ・ギターのソロを入れたいと言い出す。
 当時前座を務めていたバンドのギタリスト、トニー・ペルーソにカレンが直接電話をして、ギターを持ってスタジオに来て欲しいと要請した。
 驚きながらも、ペルーソは曲に合った様なソフトなソロを最初に弾くが、リチャードは「違う違う、最初の6小節から後はもっと激しく!」と駄目出しをする。

 結果、ブルージーでアグレッシヴなソロが中間とエンディングに録音されている。
 ファズのみでリヴァーブさえ掛かっておらず、浮いていると言えば浮いているのだが、この曲は最早このソロが不可欠な存在となった。

 このBBCが放送したライヴでも、ギターを弾いているのはペルーソ。「Goodbye To Love」のレコーディング以来、彼はツアーでも録音でもカーペンターズを12年間サポートした。2010年に亡くなっている

 Carpentersの以降の楽曲では、こんな趣向の曲は録音されていない。

 少なくとも70年代後半のロックバンドがバラードで、いきなり激しいディストーションのソロをやってもいいと思ったのは、この曲の存在が無意識下に影響していたとは類推出来ると思う。

 本稿としては余談になるのだが、この曲の歌メロには♭や♯が多々つく半音階が多用され、更にはブレス位置が極端に少ない。こう書くとBABYMETAL主力作家の作風を連想させるが、勿論何の関係も無いだろう。

『THE ONE』もパワー・バラードだと受け取るレヴュワーが多いが、プログレ・バンドのレパートリーという見方からすればシンフォニック・トラックの範疇で、敢えてバラードと呼ぶ必要もないと個人的には思う(勿論『Unfinished Ver.』はバラードだ)。

『NO RAIN, NO RAINBOW』は、曲としてはメロディ/コードも歌詞も、SU-METALが一度歌った『翼をください』と比べてしまうと、意地悪く言えばあまりに凡庸だ。Aメロの下降コード進行で残りの大凡の曲想は見当がついてしまう。
 しかしこの曲はSU-METALのポテンシャルを広げるキーともなる曲であった。
 個人的には、メロにせよコードにせよ、もうちょっと捻って欲しかったのだけれど、それをやればSU-METALの歌がすんなりと聴取者に届かなくなってしまう可能性もあろう。
 そういう事として私は自らを収めようと思っていた。
 しかし、雑誌インタヴュウでKOBAMETALはこの曲を「Billy Joelの『Honesty』みたいなのいいよね」というところでプロデュースしたと述べていて、「ええ~? だったらもうちょい凝ろうよ。あんなフックの多い曲もないんだから」と率直に思ったのだった。

 しかし振り返れば、メタル・バンドのパワー・バラード自体、凝った様な曲はあまり無い気もする。パワー・バラードはそういうものだと捉えるべきなのかもしれない。

『METAL RESISTANCE』に於けるこのトラックは、Ledaによる多重録音のギター・ソロがフィーチュアされている。
 この部分を海外のレヴュワーは「Queen(ブライアン・メイ)風」と捉えた人が多く、確かにそういうものを狙ってはいただろう。
 しかし殊更に「あの音」、端的に言えばBurnsのTri-sonicシングルコイル・ピックアップのフェイズ・アウト出力で、レンジマスター(トレブル・ブースター)を噛ませてVOX AC100AC30(か、ジョン・ディーコン製作のDeacy AMP)を鳴らし、最低でも30回は音を重ねる事で得られるギター・オーケストレーションではない。
 ライヴでの再現性を考慮して、ツインが主ラインとなっている。
 これが「良い塩梅」だったと思う。もっと似せる事は幾らでも出来る筈だが、Queenの中の人の一部には洒落が通じない事を、私は知っているのだから。

 90年代末に脚本を書いたあるロボット・アニメの主題曲が、あまりにもアレっぽかったのだが、海外版をリリースしてからややして、何らかのクレームがついてしまった(訴訟とはなっていない)。どのメンバーかは知らないが、子どもがそのアニメを見ていて「この曲、お父さん達の曲に似ているね」的な事を言ったらしい。勿論子どもは責められまい。
 このシリーズは幾度もDVDやBlu-rayで再発売されてきているが、主題曲は新規に作られた曲に差替えられており、オリジナル版の発売は二度と叶わなくなっしまった。
 という事で、『NO RAIN, NO RAINBOW』のギター・ソロが「あんまり似てない」事に、個人的には胸を大いに撫で下ろしたのだった。

 オマージュと剽窃の境界は極めて恣意的なものなのだと思い知らされた出来事だった。

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コメント

NRNRは、武道館の音源では、自分も凡庸な曲という印象しかなかったありませんでした。
印象が変わったのは2ndアルバムで聞いてからです。スウメタルが成長し、声にフェミニンさが増したことが大きな原因だと思います。それ以来、大好きな曲になりました。今後さらに良くなっていくでしょうね。楽しみです。

自分はNRNRが本来武道館のタイミングで解散することを前提に用意されたさよならの歌だったと思っていて、勝手にいつも泣きそうになりながら聴いています。妻にはBABYMETALの曲はいいというけどこの歌は普通のバラードだよねと言われましたが、これは「さよならの向こう側」なんだ、涙なくして聴けない曲なんだ、と言い返しています。

NRNRはX JAPANの「Endless Rain」とか「Say Anything」のパロディですよね・・・。

私はパロディというより、リスペクトを込めたオマージュと言いたいです。

小中様


久しぶりに覗いたら、新エントリーの日に当たり、なんだか得をした気分です。
しかも一言一句に共感出来、嬉しく拝読させて頂きました。

私も個人的な話、バラードをわざわざメタルアレンジで聞きたいとは余り思わないですし、此れ迄自分で勝手に咀嚼してきたベビメタのコンセプトに、此の『NO RAIN, NO RAINBOW』という楽曲は、歌詞も曲調も余り親和性を感じないのですが、海外のファンには中々人気の様ですね。少し譲歩すれば、確かにメタルバラード(パワーメタル系)というジャンル自体、J-POPに似たコード進行に節回しの楽曲がかなりある様で、ベビメタがやる意義はあるのかな、という気がしないでもないのですが。

更に個人的な話ですが、此の『NO RAIN, NO RAINBOW』を聴くと私は何故か、四人囃子のアルバム『包(bao)』(1978年、佐藤時代2作目)のバラードチューン『ビギニング』を思い出します。曲調は然程似てはいないのですが、LEDAの弾くギターに所々、佐藤満のタッチやトーンを彷彿させるものがある所為でしょうか。

森園時代からのファンには人気のなかった佐藤時代ですが、リッチー・ブラックモアのRAINBOWの武道館ライブの前座を、此のアルバムを引っ提げて務めたのが此の新生四人囃子でした。当時地方の中学生だった私には、懇意にしていたレコード店員の観戦レポ&上京よもやま話を羨望と興奮でクラクラしながら拝聴したものです。

おっと、またマイナーな話題を長々としてしまいました。

ハレソラなんか今聴いてもカッコイイですね

どうしても、NRNRは将来のソロを見据えた実験的曲に感じてしまいます。
細かい事はわからないですけど。
しかし、少女隊なんて、まさか出てくるとは想いもしませんでした。

NRNRは、全体はXの「Endress Rain」、ソロは「Say Anything」のオマージュですね。
X好きだった身としては、「ここまでやるのか!」と熱いリスペクトを感じました。

METAL RESISTANCEで初めてちゃんとBABYMETALを聴いたのですが、
NRNRとそれに続く本気のDREAM THEATERオマージュ…完全にやられました。

剽窃なのかオマージュなのか?の部分について

これはもう、古今東西言い出したらきりがないですよね。無駄に年を重ねたせいで「ん?これは?!」と思う瞬間が本当に多くなりました。けれど、どのミュージシャンだって、多かれ少なかれ別のミュージシャンの影響を受けているわけですし、その数知れない連鎖の歴史の結果として、今の音楽がある以上、聴き手としては「剽窃」か「オマージュ」かなんていちいち考えるほうが疲れちゃいそうです(作り手側はそうも言ってられんでしょうがw)。「あ、これは!?」なんて連想しながら聴くと、今聴いている楽曲の作曲家、アレンジャー、プレイヤーの音楽的な背景や歴史に触れるようで存外楽しいもんです。そう考えると、変なバイアスがかからない彼女たちの歌声の中で、そんな風にしっかり音楽的な背景や歴史が見えてくるのがBabymetalの楽曲のよさかもって思います。

件の「NRNR」でいえば、これを初めて聞いたときは、私の中で小坂明子の「あなた」やさだまさしの「飛梅」が響いてました(笑)。すいません、X-JAPANなんかろくすっぽ聞いていなかったもので、こんなことになっちゃいましたw。だけど、私の中で鳴っちゃったんだから仕方がない(笑)。ついでに言えば、ギターソロの入りは「オフコース」が鳴ってましたw。皆さんに怒られそうだ。だけど、それだからこそ、私にとってNRNRはちゃんと日本に座標軸を置いた音楽なんだなーと、ほっこりできる楽曲ですね。
しかし、、、、「クロスオーバーの洗礼を受けた私」とここで、自己紹介をしたばかりなのに、その舌の根も乾かぬうちに「さだまさし」やら「オフコース」やらの黒歴史をさらけ出させてしまう、、、、Babymeta恐るべしw

babymetalの作家陣にとってはX JAPANはパロディですね、演奏も曲も中学生の学芸会レベルがX JAPANですから。
ギターソロまでアレンジャーが編曲するような徹底したそれぞれの才能の分業が成功した、それがbabymetalだと思っています。

昔、聴いていた曲ではホワイトスネイクの「IS THIS LOVE」、ハートの「ALONE」などをSUさんにカヴァー、もしくはオマージュした曲を作って欲しいですね。

SUさんの歌声で、,ハードロック系の本格的バラード曲を聞きたいと思う一方で、今の時代にバラード曲が合うのか、という思いもあります。

なので本格的とまで言わないまでも、オジーの「NO MORE TEARS」のような、バラード風の曲でもいいと思います。

その際には、作曲は是非Yuyoyuppe(ゆよゆっぺ)氏でお願いしたいですね。(笑)

アレですかね??

も、フラッシュゴードンかとww

曲もカッコ良いし

アニメ自体の出来も良かったのですがね…

アレはさすがにね^^;

NRNRだけは どうしても聴けないです(・_・;

トニー・ペルーソさんっていうんですね、あのギターソロのプレーヤーは。
中学時代は聴く音楽の2割くらいをカーペンターズが占めていましたが、
「Goodbye To Love」のギターソロは、「カーペンターズでもこういうの
入れるのか」と思ったほど「エレキギター」感が強いパートでした。
なんかAMのNHKでハードロックがかかるみたいな新鮮な感じが
ありました。

NRNRはアルバムのスタジオ録音の物は「なんか落ち着いてしまった」
と感じて、少々落胆したのですが、先日のドームでの演奏では「良くなった!」
と思いました。
自分としては染谷さんの「止まない雨はない」というナレーションとセットです。

Paul McCartney が1970年発表した「Maybe I'm Amazed 」が
個人的にはロックバラード最強だと思ってます。

あれですか。。あれは訴えられますなあ。オマージュにしては本編と関係なかったし。
わたしはドロシーが好きした。あんな魅力的なガイノイド嬢はいませんね。

NRNR単体ではド歌謡曲だと思いますが、この曲の前にはSis Anger、後にはTalesという、強力な2曲に挟まれて、この3曲を続けて聴くとバランス的に良い感じと思っています。ギターソロは間違ってもQueen的ではないですね。と、Queen的と言われていたTNTの、Nothern lightsは、かなりよくできたパワーバラードだと思います。ロニー・ル・テクロのジェイ・グレイドン風ソロは、感動的に素晴らしい!

小生も、あのアニメは大好きでした。DVDを単品で買っていましたが、その後発売されたセットも購入(なんたるムダ使い)し、観たところ「あれ?」と思っておりました。なるほど、そんなウラ話があったとは!個人的にはあの「はじまるぞ、はじまるぞ」的なオープニングに、ワクワクしたものですが・・・

「NRNR」については、KOBA氏も「ライブで使うタイミングがなくて」的な発言をされていたかと記憶しております。そんなことも考えると、BABTMETALのレパートリーに今後バラード曲が増える可能性は、きわめて低いんでしょうねぇ
が、SU-METAL様のあの声にZOKKONLOVE(死語)な小生としては、彼女には爆音と競うような曲(悪いたとえでスミマセン)ばかりでなく、癒し系の歌も唄っていただきたいなぁと、願ってやみません。童謡「故郷」や「砂山」(シーモンスの歌の元ネタ)「荒城の月」あるいは「ムーンリバー」「星に願いを」など・・・
今はメタル界の道なき道を突き進むべき、とは思いますが、それが一息ついたら、ぜひそっち系にもチャレンジしてほしいDEATH(20歳の記念に、中元すず香名義でソロアルバムとか?)

ごめんなさい、YとTを間違えて送信してしまいました
そういえば、ドームのときも「BABYMETAL DEATH」に大声で「B!」「A!」「B!」まで叫んで「あれ、次は『Y』だっけ?『M』だっけ?」と、一瞬迷ってしまいました。うーん、あと10年若いときにBABYMETALがいてくれれば、こんな情けない勘違いはしなかったのに・・・

私もNRNRはかなり凡庸だと思ってました。

最近のいわゆる普通のアイドルが歌ってもおかしくないし、さ学の延長線上かと。(延長線上で間違いないのですが。)
いやいや、だからこそ。
アイドルからメタルのサブジャンルまで飲み込めるのがベビメタの魅力でもありますよね。
すぅちゃんの歌が際立つのは言わずもがな。

1stに入らなかった時点でボツ曲なのかと思っていたので、2ndのリスト見た時はアルバム自体のクオリティに不安を覚えましたが、杞憂でしたね。

Sis.anger→NRNRの曲順には完全にやられました。
やりやがったな、KOBAMETAL!悪ふざけが過ぎるぜ、ニヤニヤ…。

NRNRは、私の中では演歌よりの歌謡曲だと思っています。ちあきなおみに歌って欲しいのですが、無理なので由紀さおりか吉田美奈子で聞いてみたいです。

NRNRが凡庸な曲とは・・・

音楽は素人なので、専門的に分析すればそうなのでしょうが、
その言葉は、例のピーターバラカン氏のBMへの罵倒に匹敵する言葉です
・・とあえて言いたい衝動に駆られます。
少なくとも私にとってはかけがえのない素晴らしい楽曲という感想しかない。
それに改めて気付かされたのは、この高校生達のカバー演奏です。

https://www.youtube.com/watch?v=G4B35NftvUo

3.11の東日本復興チャリティーという催しに、これほどふさわしい曲があるでしょうか。
歌詞が秀逸である。
特に「絶望さえも光になる・・・」というフレーズ、この言葉は素晴らしい。
凡庸な作詞家なら、こんな風に書いてしまう
「さあ絶望から立ち上がろう、光はきっと見える・・・」
違うのだ。絶望がイコール光なのだ。
この歌詞のストーリーの解釈は様々だが、テーマは明らかに「死」である。
死という現実をどう捉え、どう考えるか・・・。

「千の風になって」という歌、これも秀逸な死の歌だが、視点が死者側にある。
死者が生者を励ますという構造の癒しの歌で゜あり、だからこそ、万人に分かり易く、感動を誘う。
しかし、NRNRにそんな安易な癒しや甘えはない。
大切な者の理不尽な死に直面してしまった人間の悲しみがあるばかりだ。
「絶望さえも光になる・・」
その意味に素直に納得できる者はあまりいないだろう。
そもそも絶望=死がなぜ光になるのか?

個人的なことですが、私は数年前に六歳の一人娘を病気で亡くしました。
それ以来、この不条理な死の現実の意味をずっと自問しています。
まさにこの「絶望」という言葉の解釈をずっと考えて来ました。
そして、この圧倒的な絶望は肯定的なものになり得るのだと考えるに至りました。
いえ、至った・・・というより、圧倒的な悲劇にあった時、人はそう考えないと生きていけないのです。

3.11当時、多く聞かれた「頑張れ・・」という言葉、これほど多くの死に直面した者に対し、無神経な言葉はありません。そしてポップスの世界でも同様の「美しい」言葉を紡いだ励ましソングが数多く作られました。
しかし、どれも当事者にとって心に刺さるものは皆無だったのではないでしょうか。

NRNRは長い雨の日々の果てに美しい虹がかかるかどうか?最終的には分からない。
しかし、恐らくそれは、圧倒的な絶望そのものを肯定した厳しさそのものの中にあると歌う。
なんて、残酷で美しい歌か・・・・
これがヘビーメタルでなくてなんであろう・・・・。
そしてこんな歌が説得力を持つのは、なんといってもSU-METALの圧倒的な歌唱があればこそなのだ。
彼女以外にこんな楽曲を歌いこなせるシンガーはいないと確信する。
そして、それは同時に、彼女が広島出身という事実を思い起こさせもします。

死に直面した生者・・・生きてしまった人間に届ける歌・・・・・
彼女は歌に真の「祈り」を込められる歌手だと思う。

長文、失礼しました。


本日金曜ロードショーで「ルパン三世 カリオストロの城」が放送されます。一般公開時にはほとんどヒットせずにTV放送から徐々に認知されていった作品です。私はBABYMETALの認知のされ方が宮崎アニメの時と凄く似ていると思います。業界人のリスペクトの多さも。NRNRに関係無い話ですみません。

ノーレイン素晴らしい

二度と会えないけど忘れないでいたいよ 夢が続くなら覚めないで・・・♪

もう二度と会えないという冷徹な現実。その厳しさ、激しさはメタルですね。そして絶望的に悲しい。しかし、だからこそ虹の美しさが解る。涙なしには聴けない、歌えない曲ですね。ある人は神風特攻隊の死を思い、広島を思い、ある人は3.11を思い。ある人々は身近な人々の死を思う。美しいギターの間奏、胸が締め付けられます。私は大好きです。

音楽は人生を変え、時に人生そのものにもなり、
傷心の癒やしとして頭の片隅に常備するまでにもなる。
その背景は様々ではあるけれど、一人一人のその歌をめぐる個々の想いは
絶対値(=不可侵)として尊重されるべきものだと考えます。

その上で、世に出たものが批評される自由も、楽曲へのリスペクトです。
造詣浅い自分が言うも憚られますが、率直な感想として良い楽曲だと思います。
メロディに着目した時、特別ユニークか?キャッチーか?…では無いけれども。
…でもファンとしては、文字通り「それだったら」という至高を、でしょうかね。

…ええ~何のアニメだか想像も付きますが、オマージュなり、RESPECT(ハッ!)を
称するに、これくらいのクオリティをして初めて認められるのではないかと
思っています。さもなければパクリでアウトだと。
 オリジナルは充分認知した上で「なんだこれ格好良いぢゃないか」のスコアが高い
=心地よいまでに成就したものだけが許される、というのが私見です。
が、見解の相違と言うか権利者には通用しない場合も?あると…。

私事ですが、震災の日震度5弱を喰らい、CD棚から飛び出したのが
件のサントラです。メガデウス…砕けちまったか。(なおケースだけで中身は無事)

3.11が起きていなかったら、この世に送り出されることのなかった作品がある。
自分の知るところではボカロの名曲・初音ミク「メテオ」がそのひとつにあたる。
空前の興行記録を更新中の新海誠の最新作も3.11と言う悲劇がなければ誕生しなかった可能性がある。
NRNRは東京ドームでさらに進化したように思えるものの、すでにLEGEND1999で鎮魂歌としての世界は完成していたのではないかと思う。
今でもあのイントロの重厚なストリングスにSUの横顔が仄かに浮かび上がるシーンだけで泣きそうになる。
今回改めて動画を見直してみても、彼女はこの物語の主人公に憑依され泪を溜めてレクイエムを絶唱しているかのように見えてしまう。
それは「深い悲しみの森の奥に聖池がある」と言うオスカーワイルドの言葉にも通じる世界。
この楽曲は音楽の神に見染められた彼女にしか歌えないものなので、過去のどのオマージュであるかを捜したところで何も意味はないし、はっきり言ってどうでもよい話です。
当時中元すず香は15歳。さくら学院では森センに散々ポンコツ呼ばわりされながら舞台の上では神バンドを従えこれだけのパフォーマンスを完成させていた。
本当にとんでもない天才が日本に現れたものだとつくづく思います。

NRNRについては、
歌謡曲視点で聴けば感動もすると思うし、
実際自分も感動する。
しかし、2ndアルバムに
昔の曲を再録せねばならなかった事情は
2ndアルバムがいかにネタ不足であったかを象徴して
いると思う。
パワーバラードなら、全くイチから創った新曲で
皆を感動させて欲しかったな...

2ndアルバムがネタ不足なんて意見、とても私には信じられません。NRNRについてはKOBAさんは「相応しい置き場所」を探していたのではと思います。

ネタ不足て。アモーレだって相当前からある曲で、すぅちゃんの成長を待って、満を辞して出した曲であるのは間違いない。今現在に置いても数年寝かされ続ける名曲が存在するでしょう。いつになるかわからない3rdアルバムで陽の目を見る事でしょう。それまでは何としても生きていなくてはね。

いつも貴ブログを楽しみに拝見しております。
まさかの少女隊の登場に思わずコメントさせていただきます(笑)
女性3ピース(アイドル)グループといえば少女隊、キャンディーズ、そしてBABYMETAL。
1stアルバムの楽曲のクオリティが恐ろしく高く、
その後進歩的迷走に陥ったのかぱったり聴かなくなってしまいました。
確かにレイコのウィスパーボイスはSU-METALとは対極の美しさ。
あの時代にBABYMETALが存在したら…今の時代に少女隊がいたら(地下アイドル的なのはいますが)…全然売れなかっただろうなぁ。

初めて武道館のNRNRを聴いたとき、良かったです。スーさんの聴いていると少しだけ悲しくなる歌声は、バラードにとても合っていると思いました。
しかし、聴き続けているとスーさんのこの歌への理解がまだ不十分と感じました。それがサビの歌い方に出ていると思いました。
武道館以降、NRNRがライブで歌われていないのは、ライブの盛り上がりの流れを変えてしまうことと、スーさんもKOBAさんも完成度がまだ不十分と判断したためではないかと推察していました。
そして、それが事実ならば適切な判断だと思いました。
「METAL RESISTANCE」でのNRNRを聴いたときに、サビの歌い方が変わっていました。
私は、スーさんがNRNRの歌詞の意味を深く理解したためと思っています。
セカンドアルバムのNRNRは、一部の歌い方を変えたことと武道館公演時に比べて歌の実力が大きくアップしたスーさんが歌うことにより、とても良かったです。

間奏の話、興味深かったです
NRNRはありがちな曲なので試行錯誤も多かったように思います
初演のときにLEDAさんだったかどうかわかりませんが
伴奏のアルペジオがZEPの「あれ」だった時がありましたよね
この前きた人はお金にうるさいので、「いいのかな」と思いました
ドームの時のLEDAさんの最後の滑奏音はかっこよかったです

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