2015年10月 4日 (日)

完璧な復帰

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 浅田真央は3日、Japan Openに復帰戦として出場した。

 僅かにミスがあっただけで、トリプル・アクセルもトリプル・ルッツも成功させた。
 ジャンプは500日以上試合に出ていなかったとは到底思えない程の安定度だった。
 所作やスケーティングは、復調しつつあった2012-13シーズンの様な印象を受けたが、出場した他選手との対比では図抜けていたと思う。

 今季はExhibition含め3プログラムともローリー・ニコルの振付け。非公式戦であるJapan Openはフリーのみを競う試合だった。試合直後に開催されるショウでは、アンコールで少しショートのステップを演じた様だ。
 浅田真央がローリーのところ(カナダ)へ一人で空港からレンタカーで来た、という記事を見て喫驚した。そう、もう彼女は25歳の女性なのだ。

 フリー「蝶々夫人」は、いかにもローリーらしいプログラムだった。
 例によってジャッジ席を「正面」にしない。
 バレエのピルエットの様なアップライト・スピンで、顔を静止させる方向は上手斜め前方。この瞬間をきっちり正面で捉えたテレビ東京のフィギュア放送中継スタッフは本当に素晴らしい(実況アナには不満を抱いたが)
 久々のイーグル、トゥステップが織り込まれ、衣装は「誓い ~ジュピター」を想起させるシルエット。
 これほどまで「浅田真央らしい」プログラムはないかもしれない。



 このブログは長らく更新を滞らせているので、最早見ている方はあまりいないと思う。
 浅田真央について、私なりの一つの見地は実は「光を継ぐ為に ウルトラマンティガ」という書籍に書いてしまっていた。
 タイトル通りこの本はあくまで特撮ファン及び若き映像クリエイター志望者の為に書いたものなので、スケートファンの目にはあまり留まる事は無かっただろうし、その部分の為だけに本を読んで欲しいとは到底言えない。

 ただ、この原稿を書いている時に「ヒーロー論」という切り口で私が語ろうとすると、どうしても現実の浅田真央の事が浮かんでしまっていたのだ。
 物語作家を業とする私なりの浅田真央論が書けるかもしれない、と始めたブログの結論を、書籍で結論にしてしまうかの様な形で、済し崩しに終えてしまう事には相当な苦渋を感じていた。

 しかし、アクティヴに書いていた頃とはやはり、私自身の中で書こうという気力が続かなかった。
 それは浅田真央が競技を休養していたからではない。
 ソチ後のISUが策定したルール変更が、全く私のフィギュアを見る愉しみと乖離している事に絶望したのだった。
 なるべくプレッシャーを軽くして、良い演技をする選手を観客は見たいのではないか。
 滑る前に萎縮させる方向のみのルール変更、採点システム変更にしか思えなかった。
 ヴォーカル曲使用を可とした事にも大きな疑問があり、それは本当に選手や観客が望む事なのかと猜疑心が強まった。

 もうプロトコルを見る事も苦痛に感じる程になっていたのだ。

 しかし――、それでも浅田真央は選手として復帰しようとしていた。
 如何に不条理なルールや採点システムであろうと、浅田真央はそれに適合しようと練習を始めた。
 アクセルは、もしかしたら過去どの時よりも力まず、しかし速く、高く跳んでいるかもしれない。それは事前の報道で知っていた。
 だがルッツのエッジまで修正しきるとは思わなかった。見くびっていた訳では無い。しかし人間には限界や癖はどうしたってあるもので、偶々最初にそう跳んだ人物の飛び方を何が何でも踏襲する意味が、私には判らなくなっていたのだ。
 それでも浅田真央は直してきた。佐藤信夫コーチと粘り強く練習をして。

 ひたすら減点を厳しくするルール変更で、同じジャンプを3回跳んでしまうと最後のジャンプは全く点が得られなくなっている。
 浅田真央は今回、セカンド・ループが勢いが足らずダブルになってしまうミスをした。
 すると後半、予定ではダブルだったループを1回転に留めるというリカバリをしたのだった。
 4分の、女子としては限界の様な演技の中でひたすら冷静に自分の演技を認識していた事にも驚く。
 ※実際にはセカンドをトリプル・ループにして跳ぼうとしていたらしい。

 ただしかし、何より演技を終えた時の心からホッとした笑顔は、浅田真央しか見せられないものだった。
 これが見られただけで私は満足だった。


 一年間、スケートの情報は殆ど目にしていなかった。
 浅田真央のスポンサーが倍増している事にも驚いた。
 フィギュアのシーズンがこれで本格的に始まった事になる(国内の地区大会やジュニアGPは既に始まっていた)
 私は以前の様に、フィギュア競技全体を勉強する意欲はもう持てない(もう一つのブログの存在もある。ここでこういう記事を書いていた。)。
 しかし浅田真央については、変わらぬ関心を抱くし、見ていこうと思っている。

 従って本ブログは、彼女の試合を見た時など、非常に不定期にだが、書きたい事があれば更新していくと思う。
 月に一回でもチェックして戴ければと願う。

2015年5月13日 (水)

一年の休息、終わる

 このところ、もう一つのブログに専心しておりこちらを放置してしまっていたが、先程驚く報道があって、これは記述しておく必要があると久々に更新する。

真央、復帰視野に練習始める 佐藤コーチに再指導依頼


 やはり……。

 真意や目標などはまだ判らないけれど、そういう決断をした事には彼女らしさを感じてしまうし、そうであるなら応援しようと思う。

 

2014年12月17日 (水)

水玉螢之丞さんのこと


2014-15シーズンも既に後半に入っている。
グランプリ・シリーズ/ファイナルも、テレビで見てはいたが、やはりと言うべきか、浅田真央不在のシーズンで、気合いを入れてフィギュア・スケートを見る事は、私には出来なかった。

ソチ・オリンピックは今年の2月だったのに、何かもう遠い過去の様にすら思えている。
浅田真央の過去のプログラムについても書きたかったけれど、幾つかの仕事に忙殺され、叶わないままだった。

このブログは、暫くの間は休眠せざるを得ない。
浅田真央の現役復帰を、私は積極的に望まない立場だけれど、もし復帰するなら、当然ブログを再開するだろう。
それまでは削除せず、このまま置かせて貰う。

時々更新を覗きに来て下さった方々にはお詫びを申し上げます。

何故今、この更新をするかと言うと、浅田真央とは関係がないながら、今私がネットに書けるのはここだけだからだ。
でも、何か書いておきたいと思いながら、何も巧く書けない。



水玉螢之丞さんが、亡くなられた事をネットで知った。
ここ数年会う機会が無かったのけれど、一頃は時々会ってはオタ話をして愉しい時を過ごした。
水玉さんは、自分の描いた出版物は残らなくていいと言われていたそうだ。
次のワンフェスには、数年ぶりに行ってみようかと思う。もしかしたら、水玉さんの事を偲んだものを作る人がいるかもしれないからだ。

無性に寂しいです。
お疲れ様でした。ゆっくりお休みください。

2014年9月21日 (日)

浅田真央デー

 今日のテレビは浅田真央デーだった。
 テレビ東京で、舞とニュージーランドを旅する番組、夜には日テレ+で「THE ICE」が放送された。これが3時間越という破格の枠で、恐らくショーをノーカットで放送するものだと思うが未だこちらは見られていない。

 テレ東の番組は、浅田姉妹の「やりたい事」を叶えるという趣旨から、屋外の自然の氷で滑りたいというメイン・イベントを実現する為に、南半球から旅の行き先を求めたものだった。
 THE ICEの姉妹プログラム「Let It Go」を、(天然ではなかったが尋常でなく広い)空を独占したかの様なリンクで滑った二人は、観ていた人の全てを微笑ませただろう。
 テレビ東京、ありがとう。ファンとして御礼申し上げたい。

 そして、住友生命は浅田真央とのコラボレーションを継続、今度は浅田真央が日本を応援する側になるというコンセプトのCMが放送された。

Stona

 先週辺りから放送が開始された、ストナのCMは何と、浅田真央がCMを歌っていて喫驚した。この事を早く書きたかったのだが、全く傾向の異なる仕事が4本平行で走っていて、出遅れてしまった。

 CMのサイトを見て更に喫驚したのだが、髪をボブに切ったのは、何とCMの撮影の途中だったのだ。しかも自分から突然言い出したのだった。
 確かに、三色の衣装で髪型も異なるのだから、日を空けての収録かと思っていたのだが、いやCMの常識では有り得なかった。
 思い切りの良さは、やはり常人のものではない。恐るべし。

 以前から、浅田真央は歌もいけそうだと書いていたが、CMソングでの歌は、音感もリズムも完璧であり、何より声質が素晴らしい。
 そもそもメロディが、かなり難易度の高い音符の並びで、経過音はちょっと怪しいところもあるのだが、これはプロのCM歌手(という存在がもういないのだが)でも難しい部類の曲である。
 本気でヴォイス・トレーニングしたら、相当に期待出来る筈だ。

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もう間近に迫ったが、9月24日に、お茶の水のエスパス・ビブリオにて、映画監督・朝倉加葉子さんとトークイベントを開催する。

映画美学校の脚本コース後期開講記念+「恐怖の作法」刊行記念、という事らしい。
本当の刊行イベントだった、低音倶楽部のライヴでは、ホラーの話は1ミリもせず、浅田真央の話などしてしまったが、今回ばかりはホラーの話のみになると思う。
ホラー好きな方は是非。

詳細・予約はこちらへ。

http://www.superedition.co.jp/blog/2014/09/post-9.html

2014年9月 6日 (土)

浅田真央のお礼

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人生に於いて初めて記念切手というものを予約購入した。
勿論、浅田真央の「Triple Axel ~10年間の軌跡~」記念切手である。
台紙にセットされている程度のものかと思っていたら、葉書サイズの写真が多く同梱されていた。この写真が極めて美しい印刷で、とても気を払った印刷技術が導入されている。

またA4の三つ折りの台紙の裏には、トリプル・アクセルの連続写真が載っていた。
フィギュア選手のジャンプ中の写真を好まない人は多い。プログラムの曲調とは全く異なる、極限の体技を実行する選手の表情は、普段と全く違うからだ。
浅田真央のジャンプ中の写真は、ぎゅっと唇をすぼめ、遠心力で普段の姿とはフォルムも変わっているのだが、それでもこのトリプル・アクセルの写真は美しい。
こうした分解写真は、ネットでも時折見かけるが、小さいサイズでしか見た事がなかった。私個人にとっては望外のボーナスであった。

ところで、この記念切手パッケージには、浅田真央自身の筆によるメッセージが書かれている。
「応援してくださった
 皆さん
 ありがとうございました。
 この写真 全てに
 思い出があります。
 素敵な切手アルバムに
 なりました」

この「ありがとうございました」という記述を目にした時、私は小さく呻いた。
これは明らかに、もう選手を引退したという様に読めてしまうのだ。
このメッセージがどの時期に書かれたのか判らないが、少なくともこれを書いている時点では、そういう気持ちであったのではないか、と思った。

いよいよ、浅田真央が不在のシーズンが始まる。
今季は「休養」とされているが、このまま「やりきった」という想いが維持されて、そのまま引退したとして、それを難ずる意見があれば、私は大いに反論し、引退を支持する。

しかし、やはり、まだ今の時点では引退を惜しむ気持ちも私には大きいのだ。



2014年9月 2日 (火)

「何度でも」

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 Dreams Come Trueが25周年アルバム「ATTACK25(「何度でも」は収録されていない)をリリースした。音楽チャンネルの番組や雑誌などで大々的に回顧特集を組んでいた。
 スペースシャワーTVでは、ライヴなどの放送に加えて、3時間のリクエスト・カウントダウンも放送した。35曲中(シングルだけで50数曲もある)で、1位に選ばれたのは、やはり「何度でも」であった。

 

ナタリーの特集インタヴュウで、ベース/プロデューサーである中村正人氏がこの曲について触れていた。

例えば「何度でも」を作ったとき、僕はもちろんヒットを目指してやってるわけですよ。だけど吉田の歌詞とか、最後のまくし立てるところとか、これはウケないんじゃないかってちょっと思ったりする。それで結果ヒットしなくて、俺は心のどっかで「ほらやっぱり」って思うわけです。ところが5年後、それが大ヒット曲になってるの。いつのまにかみんなが知ってる曲になってる。吉田にはそういうところがあって、すごいなって思うわけです。
http://natalie.mu/music/pp/dreamscometrue02/page/8

 今現在の「何度でも」人気には、浅田真央の愛唱歌、出演CM使用曲といった昨年の流れも合流しているに違いない。

 私は中村氏の数歳下のほぼ同年代。彼らの音楽を自発的に聴いては来なかった、というより、少し避けていた。
「ああ、この曲はアレのインスパイア」「この曲はあっちの」というのが見えてしまい、それはいいんだけど、だったらもっと素直にやればいいのにと思ってしまったのだ。
(まあ私は基本的に邦楽全般に冷淡なのだが)
 私がこう感じるのは、ダンサブルな曲についてであり、ドリカムのもう一本の柱である吉田美和氏の歌い上げバラードは、そもそもそういう歌曲を私は好まない。
 一般的には、ドリカムの楽曲の特徴というと、いかにもデジタルでキー・チェンジしました的な転調(を難なく歌ってしまう吉田美和)とか、妙にジャズ的なコードが入る、というものがある様だけれど、デジタル転調は小室哲哉という先達がいたし(個人的には全く音楽的ではないと思うのだが)、モーダルなコードが入るというのも、90年代初頭のアイドル曲では鷺巣詩郎氏といったアレンジャーがセンスを競っていた。
 そもそもデビュウ時のユニット編成も、Swing Out Sisterという先例あってこそだった。
 こうして判り易いイメージソースを潰して尚、今も残る「ドリカムらしさ」というものが、本来のオリジナリティなのだったと思う。

 私の音楽の嗜好性は特殊で、音楽を聴くとき歌詞を殆ど気にしないのだ。
 私が例外的に歌詞を面白がったのはスティーリー・ダンといった、今で言うサブカル的な抽象歌詞だった。

 そんな私ですら、「何度でも」は先ず歌詞の印象が強かった。ラヴソングの一種ではあろうが、私達が日常送る中で避けて通れない困難に立ち向かった時、必ずや心の中でこの曲が気持ちを前に押してくれるだろう。
 この曲は吉田氏が曲もメインで作った様で、後半のラップ調シャウトも、コーダのメジャーへの転調で優しく終わるイメージも、全然計算されてはいないのに、極めて美しい構築物となっている。

 この曲はリリース当初、あまり大きなヒットにはならなかった様だ。しかしその後、長いスパンの中で人気を獲得していく。
 25年というキャリアを誇るドリカムにとっても、特別な曲だろうと思う。


 それにしても、J-Popの中でも「勝ち組」で居続けた印象を持っていたドリカムだが、先のインタヴュウやベースマガジンのインタヴュウ(この雑誌で初めてベーシストとして特集された)を読むと、日本ではさほどニュースにはならなかったが、アメリカ進出失敗や、メンバーそれぞれの苦難があり、今25周年として我々の前に立っているのは、幸運だけでは無かったのだと痛感する。

 その中村氏だが、CDがもう売れない時代だと認識した上で、CDという形態で作品を発表したのには、感銘を受ける。
 CDという形態は売られ続けるべきだし、私達は音楽が好きであるなら、相応の代価を支払うべきなのだ。

 だが、時代がどうこうではなく、システムとしてかつてあったフローが消失していく。
 まあ音楽産業の衰退と未来を、フィギュア競技に敷衍するつもりはさらさら無いのだけれど、時代ではなく、システムはある時ある瞬間から変わるものだ。

 という事で私は改心して「ATTACK25」を買ったし、旧譜も少しずつ集めて聴いている。

 改めて「何度でも」を聴いて思いだしたが、曲のアレンジは完璧だとして、なぜあんなに音質がHiFiではないのだろう。
 前に浅田真央 Flash Back 2011-2013 という動画を作った時、CDシングルを買って使用したのだけれど、変にカマボコ(高域と低域が少ない)な音質で、自分でリマスターをしてから使ったのだった。
 CDのマスタリング時、よほど高域、超低域が出るモニタ・スピーカーを使っていたのではないだろうか。
 新譜「ATTACK25」は、洋楽と連続して聴いても違和感の無いHiFiな音だった。日テレのNEWS ZEROで、ニューヨークでのミックスダウンを取材する場面があったが、一曲毎にCDに焼いて、ラジカセで鳴らして音質を確認する作業が紹介されていた。
 そういうモニタリングはドリカムに限らず普通に行われるものだったが、ちょっと時代としてはもうラジカセで聴くユーザは少ないのではないかとも思う。
 今はスマホに入れてイヤホンで聴くのが圧倒的主流になっているだろう。

 ドリカムは、CDとライヴは完全に別物に考えている様で、近年のライヴではFuzzy Controlという3ピースバンドをまんま導入している。ベーシストはドリカムのライヴでは主にパーカッションを担当するが、曲によってはツイン・ベースとなる。このドラマーの、SATOKO(手数王・菅沼孝三の娘)が凄く良い。レコーディングにも部分的に参加している様ではあるが、もうそろそろ生編成でレコーディングしてもいいのではないか、とちょっと思う。とりとめなくなったのでここらで。

2014年7月31日 (木)

MAO-A

また長く更新出来なかった。
ガザでエスカレートする戦闘、ウクライナのマレーシア機撃墜と、CNN Breaking Newsを付けっぱなしにする日々が続き、平常放送に戻ると、今度は佐世保で事件が起こった。
こういう事があると私は可能な限りの情報を得ようとする。
上に挙げた様な事柄について、私がフィクション、ノンフィクション問わず題材に何かを著す事は殆ど有り得ないのだが。

サッカーのワールドカップが終わったのも遠い過去の様だ。
つい先日まではツール・ド・フランスが行われており、連夜私はニュースと平行して観ていた。

私がそうしている間に、浅田真央が主役であるTHE ICEが開催され、行けるファンの人は最高に楽しんだ筈だ。
テレビでも放送されたのだが、今日までまだ観られていない。

自分でもよく判らない心理だが、浅田真央の演技を観たい、と思うには平常心が必要であるらしい。心騒ぐ時期に観ても、心から愉しめないという気がしている様だ。

前に浅田真央の演技と彼女自身の存在に心癒やされるとも書いたが、あまりにリアル・ワールドで生々しい出来事がある時期では私には難しい。

今年のTHE ICEでは、数年ぶりに浅田舞との姉妹プログラムが披露された、だとか、ジェフリー・バトルとのコラボでは<あの>ボレロを滑っただとか、ダンス対決ではフランスのマエ=ベレニス・メイテが大活躍しただとか、ネットの情報を少し読んだだけでも心躍らされたのだが、録画を観られるのはもう少し先になりそうだ。



そういう日常の中で犯罪心理について調べ直していたのだが、人の脳の中では様々なフェイズの活動があって、エラーが起こる。
その中でも神経伝達物質について言えば、セロトニンという神経伝達物質は重要なポジションにある。有り体に言えばこれが過剰になると、人は攻撃的となる。
また、鬱やパニック障害などに対処する薬は、セロトニンの吸収阻害作用を原理とするものが多い。

本来人はセロトニンを分解するモノアミンオキシターゼAという遺伝子を持つのだが、この作用が弱い男性が幼児期に虐待を受けると、反社会的な行動をする率が高まると言われている。完全に欠如した者は攻撃的になるというのだ。
※あくまで条件の話であり、この遺伝子の有無だけが結果を生む訳ではない。また女性の場合、非活性なこの遺伝子を持つ人の方が幸福を感じているという研究結果もある。

そして、この遺伝子の略号がMAO-Aなのである。
脳の器質と犯罪心理などについて調べると、幾度もこのMAO-Aという言葉を目にする。

だから、こじつけて、人を幸福にするコードがMAO-A(即ちMAO Asada)なのだ、などと口が裂けても言うつもりはないのだが、しかし無意識な領域では「やはりそうだよなぁ」と思ってしまっているのだ。

久しぶりにアップした文がこんなで本当にすいません。

2014年7月 6日 (日)

浅田真央に癒やされる

昨日、「世界不思議発見!」の浅田真央回が放送されたが、同じ日からツール・ド・フランスもスタートとなった。
そもそもはフィギュアを見る為にJ-Sportsに加入し、夏場になって自転車ロードを見るというのがサイクルとなったのだった。


浅田真央のウィーン、ブダペスト探訪番組は期待通りであった。
「スケート靴を持たない旅行をしたい」と言っていた彼女だが、今回の取材では叶わなかった。
彼女をリスペクトする邦人のバレエ舞台を観たり、クリムトの絵を見て「愛」について考えたり、「愛の夢」の原曲を生で聴いて感極まり涙を零したり、ジャンプの名前の由来となった選手の紹介で、サルコウをリクエストされ、そこまで苦手意識があるのかという程に顔をしかめたり(ジャンプは綺麗にトリプルで跳んだが)、洞窟内の天然斜面氷に怖々とスケート靴で立ち、まるでスケート初心者の様な姿を見せたり──
見所は数多くあったが、ともあれ浅田真央が楽しそうでいる姿を見られたのが良かった。

私が浅田真央が好きだ、と言うと私を知る人は例外なく驚く。「きっかけは何ですか」とか「どこが好きなんですか」といった質問も随分受けたが、その度に「いや、私はアイドル的に好きなのではなく、アスリートとしてリスペクトしている」と言ってきた。

それは本心からなのだが、浅田真央はやはり特殊な存在だ。彼女が笑いながら喋ったり、美味しそうに食べている姿を見ると、そしてその声を聞くと、何とも言えない「癒やし」を感じるのだ。
私はこれまでの人生で特定のアイドルを好きになった記憶がないが、私が浅田真央を気に掛ける要素の中に、アイドル性というものが全く無いとは、やはり言えないのだろう。


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「低音倶楽部」のライヴは、まあまあ良い演奏が出来たと思う。
何曲か、私はベースでギターソロを弾く(原曲のギター・パートを、1~2オクターヴ下で弾く)ところがあり、何カ所か「早弾き」をしなくてはならなかったのだが、私は勝手に心の中で「トリプルアクセル」とその箇所の事を呼んでいた。
練習ではそこそこの確率で弾けても、本番で成功するかはバクチであった。そこそこ弾けたかな、と思っていたが、後で会場に聴きに来てくれた先輩に「ボリュームが小さくてよく聞こえなかった」と言われ、がっくりしてしまった。

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2014年6月27日 (金)

久々の浅田真央 on TV

休養中の浅田真央が、TBS「世界不思議発見!」7月5日放送分に出演する様だ。

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すっかりご無沙汰をしてしまった。
浅田真央の事を考えない日は無いのだが、「今」の浅田真央については、無意識に考えない様にしていた気がする。

先般EUの裁判所で、インターネットに於いて「忘れられる権利」が認められる事になった。これは過去に経済的な問題の履歴がある人が、ネットではいつまでもそうした情報が検索されてしまう事を人権侵害と判断したものだ。
検索するデータベースを持つGoogle、及びアメリカ政府はこの判決について当然ながら不服申し立てをしている。恣意的にインターネットのデータベースが操作されるべきではない、という立場である。
このどちらの考え方も尤もであり、なかなか難しい問題だ。

まあこの事は浅田真央には基本的に無関係な事柄なのだけれど、ショーやテレビに出演する以外は普通の女子大生として生活をして欲しいと願うファンにとって、「今」の浅田真央が何をしているのかという事は、考えない方が良い様な気になっていたのだった。

もう「昨」シーズンとなってしまった2013-14シーズンの浅田真央については、ほぼ書くべきものは書いた、気がしていたが、リリースされたDVDのレヴュウを残してしまっていた。リリースされた時期の状況と併せて記述しておくべきであったが、まあ今となっては急いでも意味は無くなってしまったので、いずれ書こうと思う。


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「恐怖の作法」と「音楽は何も与えてくれない」(津原泰水)の出版記念ライヴ、『音楽の作法は与えてくれない』、最後のリハーサルも終えて、まずまず準備は整った。
 低音倶楽部がどういう音楽を演奏するのか、具体的にセットリストをここで書いてしまうと、金の亡者に餌を与える事になるので控えるが、基本的には1970年代の音楽である。

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 来られる予定の方へ
 場所は吉祥寺駅すぐ側ですが、入り口が判りにくいです。
Google ストリートビュー
https://www.google.co.jp/maps/@35.703405,139.58168,3a,75y,332.36h,89.33t/data=!3m4!1e1!3m2!1stVhtQ2rQw0rUsWC0DLL2fg!2e0?hl=ja

入り口図解
Bb_entrance クリックして拡大

2014年6月 6日 (金)

「ゴジラ」(2014)

Godzilla

浅田真央はカザフスタンで滑ったり切手になっている間、私は体調を崩し、三大自転車ロードレースの第一弾、ジロ・デ・イタリアも(大きな波乱もなく)終了してしまった。ツール・ド・フランスまでもう一か月。もう夏かよという。

またも浅田真央に関係の無い話になってしまい恐縮なのだが……、

「ゴジラ」(2014)の試写を観た。
フィギュア・ファンで怪獣映画が好きという人は、ホラーよりも更に下回ると思うのだが、試写を観た者の義務として述べておきたい。

脚本家としては1ミリも擁護出来ない程シナリオは悲惨だし、演出も手際の悪さばかりが目立つ。それでも、極めて魅力的な怪獣映画であった。
怪獣の登場場面は、もう最高だったと断言してしまう。
昨年の「パシフィック・リム」も、文句は有りつつ称賛を「映画秘宝」誌で書いたが、「ゴジラ」は怪獣描写面で「リム」を凌駕した。

「リム」の試写の時は、ネタバレを公にしないという宣誓書にサインさせられたが、今回は注意書きを渡されただけであった。
なので、細かい事は書けない。
ゴジラのある場面での描写を見た時、試写室の椅子の中で私は身体を震わせてしまった。
この映画のゴジラは、疑いもなくゴジラそのものであった。

ヒットして欲しいと強く願う。
アメコミヒーロー映画よりも志はずっと高い。
本来は我々日本人が産み出した怪獣という映画装置を、若い日本のクリエイターが再び奪還することを心から願うし、その助けはしたいと思っている。
その為にも、この映画が“怪獣好き”を揺さぶる衝動を、多くの観客に共有して貰いたいと願っている。


「音楽は何も与えてくれない」と「恐怖の作法」の出版記念トーク&ライヴの告知が、幻冬舎から発表になった。河出書房新社からも何れ発表なると思う。


浅田真央ファンのみなさん、本当にすいません。

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