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2014年5月

2014年5月27日 (火)

軌跡を設計する

浅田真央の休養宣言会見以降、あれこれと報道されてはいるが、あまりコメントしたいものは無い。
シーズンを終えて、すぐさま「普通の大学生」に戻る事など不可能だろう。

このブログは、シーズンを終えた浅田真央の「今」を逐一フォローする事は趣旨ではなく、今後は過去のプログラムを見直して、浅田真央の選手としての軌跡を辿ろうと思っている。
なので、更新はあまり頻繁には出来ない事をご了承願いたい。


フィギュア・スケーターが、振付師がリンクをどう把握しているのかについて、興味があった。試合でもショウでも、選手達は多くのエレメンツをこなしながら、プログラムを通して氷に軌跡を描く。
どういう空間把握をしているのか。

それを垣間見る映像があって、そのキャプチャをとっておいたのだが、この画像を使う記事、というものを書けずにいた。

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これはパスカーレ・カメレンゴが村上佳菜子に振り付けをした時のメモ。
なるほど、振付師もプログラムを作る上では、こうした図形で指示をするのかと判った。


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そしてこれは、スターズ・オン・アイスでのマイア・シブタニが見せたショウ・プログラムの指示書。複数のスケーターが、あれほど複雑な振り付けで交錯するには、こうした指示書は不可欠なのだろう。しかしこれだけで、互いにぶつからないというのは単純に凄い能力だと思う。
こうした群舞をもこなさねばならないのだから、選手にせよ元選手にせよ、試合とは異なるスキルが必要なのであった。


2014年5月22日 (木)

「スマイル~この素晴らしい世界」

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思案したのだが、先に書いていたものをそのまま読んで戴こう。
私にとってこう見えていたのは事実なので。
浅田真央の演技と音楽性については別に書こうと思う。

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今シーズン、浅田真央はエキシビションやショウでこのプログラムを一貫して滑った。
IMAという、カナダのフランス語圏出身シンガーの曲で、アルバムに収録されたメドレーをそのまま無編集で使用したものだ。

アコースティック・ギター、フェンダーローズ・ピアノという、ミニマルでオーガニックなサウンドは個人的にとても好きなアレンジだ。

「スマイル」は1分少々しかなく(でも歌詞は全部歌っている)、2/3は「この素晴らしい世界」だ。

このプログラムは、浅田真央の「姿勢」を見せる為のものだと思う。
去り行こうとする彼女が、ふと振り向いて微笑みかけ、そのまま踊り出すような振付けだ。
浅田真央は対面インタヴュウなどでも、座った姿勢が素晴らしく良い。このプログラムの衣装は背中を大きく開けたゴージャスなもので、彼女の背の美しさを遺憾なく愉しませてくれる。
(浅田真央展で展示されていた衣装は、意外に地味な質感で驚いた。照明効果あってこその衣装なのだろう)

浅田真央は多くのパートで口ずさみながら踊っている。
彼女はこのプログラムについて、「ファンの方への感謝の滑り」と常に言い続けてきた。
「スマイル」の歌詞は、辛い時があっても微笑んでいれば、明るい明日が来るというもので、浅田真央はとても共感していた。

「この素晴らしい世界」は、世界の全てを肯定し賛美する歌詞なのだが、この曲が作られたのは1968年。ベトナム戦争時のアメリカなので、ポジティヴなアイロニーが基調にある。実際、多くの戦争映画やドキュメンタリで、悲惨な戦闘場面のバックにこの曲が流されてきた。

では2014年の現在、世界は平和であるかと言えば、残念ながらそうではない。
浅田真央のプログラムとしては、あまりアイロニーを意識したくないのだが、しかし彼女がこの曲で輝くように踊る事で、ネガティヴなものが浄化されていく感覚をこちらが感じても良いのではないかと思う。

ショート・プログラム「ノクターン」は浅田真央の「記憶と想い」、フリー「ピアノ協奏曲第二番」は、尋常では無い苦難の道であったスケート人生を描くストーリーであるとして、この二つの試合プログラムには足りないものがある。
言うまでも無く、浅田真央の笑みだ。

このエキシビション・プログラムは、ショートとフリーと三位一体のものだった。
ローリーは、浅田真央にどんな気持ちで滑りたいか聞きながら振り付けただろう。振りの多くで観客席に手を振ったり、またリンクサイドの観客に歩み寄って握手をするイベントまで設けられていた。

なので、「ありがとう」「さようなら」というメッセージ性をどうしても受けてしまい、このプログラムはとても愉しいものであるのに、同時に寂しさも感じさせるものではあった。

また、これはIMAのトラックにそもそもある、赤ん坊が笑う声(歌詞に平和な未来を託す象徴としての赤ん坊の言及がある)。
昨シーズン末、引退したらどうするとの問いに、「普通に結婚して子どもが欲しい」という様な談話を漏らしていたのも記憶にある我々としては、その願いが早く叶う事を祈るしかない。そうした事もこのプログラムは想起させるのだった。

普段フィギュアを見ない知人が、このプログラムの浅田真央を見て「真央ちゃん、もうすっかり大人になりましたねぇ」という感慨を漏らしていた。
確かに、大人の女性の色香をここまで全面に出した衣装、プログラムはかつて無かった。

彼女が現役の舞台から退く時は、穏やかに微笑みながら去って行きたいのだな、と思った。


しかし、どうなるのかは、今日現在はまだ判らない。





2014年5月20日 (火)

休養宣言

浅田真央:「じっくり考える年に」…休養表明・一問一答
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浅田真央は2014-15シーズンを全面的に休養すると表明した。
ファンの多くはホッとしただろう。
記者発表の姿を報道で見たが、少し力が無い様に見えたのが、若干気がかりではあった。

ファンとしては安堵すると同時に、彼女の演技を観られる機会が少なくなる事は寂しくもある。浅田真央がいないシーズン、私自身がどう思って見ていく事になるのか、今は全く判らない。

浅田真央の(暫定)現役ラスト・シーズンをリアルタイムで記述していく、というブログ当初の目論見は既に崩れてしまったが、「スマイル」というプログラムについて書けば、一旦のけじめという事になるつもりでいた。
既に記事はあらかた書いていたのだけれど、少し前に2ちゃん的フィギュアスケートで採録された、同サロの書き込みを見て、かなり驚き、アップするのを考え直した。

2ちゃん的フィギュアスケート:マイ・ガール

事の真偽は、カナダのローリーの許に誰かが行って聞き出すしかないのだが。



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ちょっと更新が空いてしまったのは、「恐怖の作法」の出版とは関係無く、映画美学校の修了脚本の講評を書くのに忙殺されたからだった。長編の脚本を一時期に二十数編読むのは、凄まじいエネルギーが要るものだ。

「恐怖の作法」出版についてはあんたたちもっと驚きなさいよの手相見姐さんにも御支援を戴き、感謝に堪えない。

という事で、本来の「浅田真央とフィギュアスケートのみについて語る」ブログに戻していく。

と書いたところで生徒からタレコミが。

20日、TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」に、浅田真央が初のラジオ生出演するとの事。おおありがとう。しかし朝8:30から午後1時までの番組か……。

2014年5月13日 (火)

「恐怖の作法 -ホラー映画の技術-」

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浅田真央とフィギュア・スケートの事しか書かない、と宣言しておきながら、ぬけぬけと宣伝する事を御寛恕いただきたい。
河出書房新社から、5月15日に「恐怖の作法 ーホラー映画の技術-」が発売となる。

私はTwitterもFacebookも、信教上の固い戒めに因ってアカウントを持っておらず(自分のサイトは7年放置状態だし)、ここでしか自分での宣伝が出来ない。

しかし、フィギュア・ファンの人でホラー映画が好きな人は、どう考えても多くはないだろう。なので細かい内容までは書かない様にしておく。

私は別にずっとホラーの事ばかり考えてきた訳では無いのだけれど、この本を仕上げるまでの間は随分考え抜いた。
このブログで浅田真央について考える方法論と、そこは変わらないかもしれない。

この本で誇れるのは、長年のファンであった金子國義画伯のアリス画「Jumping」を装丁画として使わせて戴いた事である。装丁も画伯自身と、松木美紀さんによる。買わずとも、是非書店でご覧になって戴きたい。

書籍としては高い値付けとなってしまったが、普通の本の2冊半分の内容量はあるので……。しかしその分校正は予想を遥に越える労力と時間を費やされた。

あまり類例のない本ではあり、どこもサイン会とか開催してくれないので、仕方なく発売記念のライヴをやる予定である。
この本を出すきっかけを作ってくれた津原泰水さんと、某G社の編集であるH君、そして私が皆ベーシストで、ベース3本のバンドを作ったらどうなるかという実験「低音倶楽部」を昨年からリハしていたのだけど、意外やちゃんと音楽になってきている(勿論、別途キーボードとドラマーもいる)。

津原さんが初のエッセイ集「音楽は何も与えてくれない」を上梓する事もあり、それで発売記念ライヴでお披露目となる。でも思いつくのが遅く、7月1日に開催する事になった。ちょっと遅い時期なのだが。

あ、「恐怖の作法」と同日に発売となる「別冊映画秘宝 実相寺昭雄研究読本」にも寄稿している。パーソナルな思い出を初めて記した。興味ある方は是非。

2014年5月11日 (日)

ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第二番」

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このプログラムについて書くには蛮勇が要る。
クラシックの教養に乏しく、フィギュア・スケートのヒストリーについても勉強が足らない私が、これまで多くの選手によって使われたこの曲を語る資格はそもそも無いのだけれど、2013-14季に浅田真央が、なぜこの曲を滑ったのかについて、私なりに考えた事を書いておこうと思う。

【原曲について】

セルゲイ・ラフマニノフがこの曲を書いたのが1900年。この曲を書くまでの経緯については、よく言及されているので割愛する。
メロディが明瞭であり、曲調が生成するイメージが捉え易く、確かにフィギュアの曲にはとても相応しい。何より終盤にかけての昂揚感は強烈だ。
第一楽章が特徴的なのは、主旋律がピアノではなく弦が担当する部位がとても多いところにある。確かに「協奏曲」なのだが、バッキングに回ったピアノの技巧性は極めて高い。
浅田真央の音源となったベレゾフスキーは、正確かつダイナミックに弾いている。並のピアニストにはとても弾きこなせない曲だ。(──という事を、この後で述べるブログに貼られていた日本の某女性ピアニストの演奏を聴いて痛感した)
アシュケナジー、辻井伸行、エレーヌ・グリモー、またWikipediaにエンベッドされている音源のものも聴いたが、元の曲自体が充分以上に情緒的である分、ベレゾフスキーの演奏がやはり最も好ましく思った。


【過去にこのプログラムを使った選手達】

動画共有サイトのお陰で、この曲でかつて滑った演技の多くを見る事が出来た。
日本では伊藤みどりを筆頭に、高橋大輔、村主章枝らが滑った。
伊藤みどりは、あの終盤でのトリプル・アクセルを(予定外に)跳んだ事で永遠に記憶されるであろうアルベール五輪での使用だった。
海外では、まず浅田真央と同じくタチアナ・タラソワが振り付けたサーシャ・コーエンが挙げられよう。

フィギュアのプログラムとしてこの曲は、多くの場合第一楽章を基調に、途中で第二楽章の静かなパートを編集で入れていた。
緩急はあれど、基本的にクレッシェンドしていく第一楽章だけでは、フリーの4分を保たせ難いという判断だったと思う。

いずれにせよ第一楽章をそのまま使うのは不可能であり、編集で短くする必要がある。
しかし浅田真央のプログラムは実に自然な編集になっており、無理矢理に繋いだ感が皆無となっている。
第一楽章のみを使う事で、強い曲調を最後まで維持するプログラムとなった。

途中をどう編集しようとも、演技ラストに第一楽章の最大級に盛り上がるサビにて、ステップ(かつてはストレート・ライン・ステップ)となり、演技の白眉となるのはほぼ共通している。
伊藤みどりのプログラムは例外的で、ピアノ協奏曲一番と第二の第三楽章を中心に、殆どマッシュ・アップに近いパッチワークとなっていて、これはシーズン中ずっと変更され続けた様だ。

これらの事は、このサイトに多くを教えられた。
みどりの森の回転木馬:フィギュアスケートにおけるラフマニノフピアノ協奏曲第二番 その1

ラフマニノフについても、フィギュアとしても、このブログは素晴らしく多くの事を開示されている。
このブログの作者が作成した動画は、上記の選手達の演技を一挙に見る事でその違いが佳く判るものとなっている。



私が驚いたのはペアのナタリヤ・ミシュクテノク+アルトゥール・ドミトリエフの1994年の演技だった。
ダイナミックで、斬新な振りが多く、何より気迫に満ちた素晴らしいラフマニノフ・プログラムだった(その分、正確さは若干弱く感じた)。
終盤のステップに向かうその時、ミシュクテノク+ドミトリエフは片足を前へ高く蹴り上げたのだ。
これは浅田真央のプログラムの、最も印象的な振りの一つでもある。

ミシュクテノク+ドミトリエフの当時のコーチは、今は川口悠子+アレクサンドル・スミルノフのコーチである、タマラ・モスクヴィナだった。
このプログラムを振り付けたのが彼女なのかどうか、どうしても調べきれなかった。

タラソワが、ミシュクテノク+ドミトリエフの振りを意図的に取り込んでいるのは明らかだ。
(検索していたら、これに気づいてツィートをした人は先にいた事を知った)


サーシャ・コーエンの「ピアコン」(2002-03)で、タラソワは浅田真央の時よりも判り易い振付けをしていると思った。
ポジションの美しさは今見てもトップ・クラスである。
ラストのステップに向かう時、リンク・サイドのタラソワが大声で鼓舞していた。それを踏襲した訳では無い筈だが、佐藤信夫コーチはここで浅田真央にあらん限りの声を張り上げて「頑張れ頑張れ!!」と叫んでいる。

演技最後のステップは、疲労が蓄積したなかでの実行がとても困難なものなのだろう。
しかし少しでも力を緩めたら、それまでの演技を台無しにしてしまう。
コーチとしては、どんな手段を講じてでも、例え自分が恥ずかしかろうとも(タラソワには無いと思うが)、選手を気迫で押したい瞬間なのだと思う。

コーエンのステップは見事なのだが、未だ少女期の体形でもあり、一歩の歩幅、腕や脚の振り上げる速度など、浅田真央と見比べてしまうと若干不利ではあった。


【なぜこの曲が選ばれたのか】

この曲の冒頭、等間隔で低く鳴らされる和音は、遠くで鳴るロシア正教会の鐘の音を模している、と解釈するのが一般的の様だ。
鐘──、同じラフマニノフの、「前奏曲嬰ハ短調」即ち「モスクワの鐘」との関係を意識せざるを得まい。

今シーズンのフリー曲を決める場面が、テレビで放送された。
ニューヨークのホテルでタラソワとザンナ・フォレが用意していたのは、この曲と「美しく青きドナウ」だった(それ以外もあったかもしれないが、放送では描かれていない)。
タラソワは浅田真央に、「あなたにはビッグ・ミュージックが似合う」と断言し、浅田真央は「ふーん……?」という顔をしていた。
それでは「タンゴ」や「シェヘラザード」はどうして選んだのか、意地悪に訊いてみたい衝動にかられたが、まあそれはさておく。

タラソワもローリーも、他の振付け者は皆そうだろうが、「あなたの今度のシーズンは絶対この曲」とは決め打たない。本人が気に入らなければそれまでだし、ショートとの兼ね合いだってある。
結局浅田真央は「ピアコン」を選択するのだが、これはある意味では、定められた運命であったと思えてならない。

浅田真央はソチへのモチヴェーションとして、バンクーバーの雪辱を果たすという事が大きくあった。
あの時と違って、今は佐藤夫妻がコーチとしているが、振付けは同じタラソワなのだ。

タラソワ自身も、浅田真央の気持ちはよく判っていたのは疑いない。
しかし、バンクーバーの時よりも更に大きく成長した浅田真央の全てを見せるプログラムにしたい、という気持ちが最も強かったろう。
“鐘”の音で始まる、同じラフマニノフの曲を用いたのは、心理的にそういう意図があった気がしてならない(ローリーが「ノクターン」を選択した理由にも通じると思っている)。

しかしこの曲は自身も一度使い、同じロシアのミシュクテノク+ドミトリエフの演技というものも歴史に刻まれている。それに触発された自分の霊感も零すことなく入れ込んだ。
単に“リスペクト”という安易な動機ではなかった筈だ。

つまり、タラソワはこのプログラムに“全部”を入れ込んだのだ。
それは即ち、浅田真央がそれに応える演技が可能な演技者だからでもある。


【浅田真央の演技】

振り付け後、日本に戻って練習する浅田真央を見て、久美子コーチは「なんて難しいプログラムなの」と驚いたという。
例えばステップでの、後方へ大の字となってジャンプする振り付けは、高橋大輔や織田信成がさかんに真似をして、それを氷の上で行うのが如何に難しいかを証言しているのだが、そうした個々のものではなく、途中で緩むところはあれど、ひたすらクレッシェンドしていく曲調に、単に演技を乗せるのではなく、自分の演技で音楽を引っ張る様に演じきる事こそが、このプログラムの最大の困難なのだろうと思う。

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冒頭、浅田真央はリンク中央で、頭を垂れ両手を緩く開いて音が出るのを待つ。
両手を胸の前に持ち上げながら、起こした顔の表情にはいつも惹き込まれた。
この曲に限って、浅田真央は“ロール・プレイ”(という意味での演技)を拒絶していると、個人的に考えている。
誰かを、何らかのキャラクターを演じるのではなく、自分自身をさらけ出しているのだ。

試合本番のメイクをしていても、浅田真央の表情は練習時の素顔と全く印象が変わらない。
曲に合わせ、色味は濃くメイクしてはいるが、顔そのものの印象を変えない様にしていると思う。
「ノクターン」は淡い色でとても美しいメイクだが、このプログラムは様々に情感を表現する上では“演技”という手段が必要だった。
しかし「ピアコン」は違う。この勇気、潔さにはいつも身震いがする。

冒頭シークェンスの後はトリプル・アクセルの軌道に入る。このプログラムは振り付け後、2回のブラッシュアップがあった。グランプリ・ファイナル、全日本でのトリプル・アクセル2回構成へ変更する時と、ソチ直前。前者の時に、印象的だった頭を左右に振るというアクションがオミットされてしまった。
恐らくトリプル・アクセルへ早く集中したいという意図によると思うのだが、個人的にはこの頭振りは、「タラソワ、攻めるなぁ」と印象的だったのでオミットが惜しまれた。

気怠そうに左右に頭を振るというこの演技は、通常のフィギュア・プログラムでは排除される部類のものだ。しかしこうした異物を入れる事で、ルーティンやクリシェだけでプログラムを成立させまいという、タラソワのクリエイター気質を知る事が出来たのだった。

このプログラムを写した写真の数は無数にあるが、印象的なカットの多くが「強さ」を表情に表した浅田真央の顔を捉えている。
「白鳥の湖」でも、写真の多くにそうした表情があって驚いたのは、テレビで見ている時に見られる表情、即ちゆっくりとしたモーションや決めるポーズのところは、白鳥らしい表情だったからだ。

しかし「ピアコン」は、優しい表情は二箇所で最大限に印象づけているが、演技の多くは強く立ち向かっていく浅田真央の姿を、まさに演技に挑んでいるそのままの表情で見せていたのだ。

ソチのフリー、私達が一生目に焼き付ける事になったあの演技は、何かを演じた浅田真央ではなく、浅田真央自身が死の淵から羽ばたく姿を目撃した事に他ならない。

「ピアノ協奏曲第二番」は、浅田真央のソチ・シーズンのフリーとして、選ばれなくてはならなかった曲であり、振り付けであった。

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2014年5月 9日 (金)

世界選手権フリー/ドキュメント

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2014世界選手権のフリー・スケーティングを観た時の気持ちは、あれから随分時間が経っているにも係わらず今尚整理がついていない。

浅田真央の演技は、ミスはあっても素晴らしいものだった事は間違いない。リザルトとしてもそれは記録されている。
しかし演技直後の彼女の姿や、それとは無関係ではあるジャッジ・スコアの不当な低さへの私自身の憤懣やるかたない想い等が全て交わらず、そのままに記憶として残っているのだ。

ソチ・フリーの様に、ただただ圧倒され、世界を巻き込んで彼女が昇華したものは、フィギュアやスポーツという枠をも超えた「何か」だった。
それを、観ている時の私自身の思考や情動を率直に書けば良かった。
しかし世界選手権はそういう訳にはいかない。
浅田真央を賞賛するコンテンツに於いて、負の情動はなるべく書きたくないのだけれど、しかし浅田真央を記述する上では、どうしても書かねばならない事もある。

このブログに期待されているものとは異なるだろうが、やはりリアルタイムで私が感じた事を書いておく事にする。
その踏ん切りに時間が掛かってしまった。



前日のショート・プログラムで会心の演技をした浅田真央だが、「ソチのリベンジ」であるショートは、さぞや覚悟も要っただろうと思う。
それに比べ、既にソチで見事な演技を達成しているフリーは、若干気が楽ではないかと思っていた。

しかしソチとは違う意味の緊張感が、観ている私にはあった。
集大成と定めたシーズン最後の試合。ソチ帰国後、現役続行か引退かは「ハーフ・ハーフ」と言っていた浅田真央だが、この試合の結果が全てを決めるだろう。
最後──。

5歳でスケートを始め、小学生の頃には既に存在を知られる様になり、中学生時代から早くもシニアで世界と戦ってきた彼女の、選手生活最後の試合であると、暫定的に宣言されている演技が始まろうとしている。

たった三年前に、私の関心領域の多くを占める様になったのが、浅田真央という存在であった。選手としての彼女をリアルタイムで観られた期間はあまりに短かったが、それでも間に合って良かったとつくづく思っていた。

しかしやはり、これで最後かもしれないと思うと平静ではいられなくなった。

6分間練習で姿を見せた浅田真央は、特に緊張している様にも見えず、いつも通りの様にルーティンをこなしていった。

そして、浅田真央がコールされた。
彼女は信夫コーチに、いつもの如く「行ってきます」と告げ、リンクの中へ駆けだして行った。

定位置に付く前、彼女は1,2度上方を見上げた。
ソチのショートで私が「厭な予感」を(勝手に)感じた場面を思い出したが、しかしあの時とは表情は違っていた。
見上げても彼女は、特に緊張感を普段以上に表してはいなかったので、私はあの時の様な予感は抱かなかったのだが、しかし普段とは違うとも感じていた。

代々木室内競技場の倍である観客が彼女に向ける拍手と声援は、とてつもないものだったろう。
その地鳴りの様な声援が、浅田真央が開始のポジションにつくと一斉に止む。

そうか──、と私は思った。
フィギュア・スケートは、30m×60mという広大なリンクの中に、選手は立った一人でそこに立つ。
1万8千人もの観客の注目を、ただ一人受ける。
これは他のどんなスポーツ競技にもなく、劇場的な空間でも有り得ない状況なのだ。

自分がもし、1万8千人が注目する中で、たった一人でそこに立つ事など、想像すらも困難である。
しかもそこで、観客が期待する最高のパフォーマンスをしなくてはならないのだ。
勿論、こうした大会に出場する選手はこうした状況を体験し、多くの外国人選手が素晴らしい体験だったと述懐している。
しかし浅田真央の受ける熱視線は、格段に強く眩しいものなのである。

彼女は自分の見た光景を、意識的に記憶に刻もうと思っている──。そう見えた。



頭を垂れ、大きく呼吸を吐く。
この間合いを、音楽送出担当者は佳く把握していると感じた。
ここから流れ始めて欲しい、と彼女が思うタイミングでピアノの音が低く鳴り始める。

「始まってしまった……」

良い演技をして欲しいと、多くの、本当に多くの人たちが埼玉スーパーアリーナで、テレビの向こう側で願っている。
そして、見届けようとしている。彼女の「最後」の演技を。

最初のトリプル・アクセル──

いった!

クリーンに、鮮やかに──。
もう大丈夫だ。私は身構えていた身体の緊張を少し緩められた。

ジャンプ後の演技、表情はもう完全に入り込んだものになっていた。
続いてのトリプル・フリップ+トリプル・ループ。ソチでは(妥当性の無い)セカンド・ループの回転不足がとられたが、今度はいく筈──。

おや? と思った。
最初のフリップ、いつもの彼女のジャンプではなく、若干軸が傾いでいたのだ。しかし難なく降り、ループもきっちり回った。

そう言えば、ショートは多くの選手が良い演技をしていたこの会場だが、フリーでは転倒する選手が続出しており、もしかしたら氷の状態が悪いのではないか、と訝しみながら見ていた事を思いだしてしまった。

観客の発する熱気がもしかしたら、ショートの日よりも高かったのかもしれない。
そんな邪念を抱きながら、彼女の演技を見守り続けた。

ダブル・アクセル+トリプル・トウループ、最初のアクセルで浅田真央はステップ・アウトしてしまった。
危うく転倒かと心臓が締め付けられたが、彼女は立て直した。しかしセカンド・ジャンプはつけられなかった。

でもその後は見事だった。
スピンも、ソチでは若干トラベリングしていたが、今日は極めてスタティックにこなした。

ステップに入ってからは、流石に日本の観客だという分厚い声援が、音楽と等価な存在感を持ち、浅田真央の最後まで気迫に満ちたダイナミックな演技を盛り上げていく。

もう多くの観客、視聴者が頭の中で歌える程に覚えられただろう、「ピアノコンチェルト第二番 第一楽章」のコーダ。

ダ・ダ・ダ!

フィニッシュした後、浅田真央は振り払う様に腕を降ろした。
1ミスあるとは言え(個人的には氷のコンディションを疑っている)、起こって当然であったスタンディング・オベーションと、リンクに無数に投げ込まれていく花束の嵐の中、浅田真央は小さく首を横に振った。
笑顔とも無念とも言えない、実に微妙な表情で彼女は暫しいた。

パーフェクトにはいかなかった事への悔いも当然あったかもしれないが、しかし力を尽くしたのだと、自分自身に確信をも持っている様にも見えていた。

涙を流すことはなかったが、大きな突き動かす気持ちが、彼女の中で様々に起こっているのは明らかだった。
晴れ晴れと清々しい笑顔と、ちょっと俯いてじっと考えたり──、長い時間ではないのに。
ある瞬間の表情は、「これで終わりにしていいのかな?」と、自分に問うている様に見えなくもなかった。

この光景を見ていた私は、「ああ、やはり彼女はこれで引退してしまうのだ」と猛烈な寂寥感を感じていた。

鳴り止まぬ声援の中、彼女は観客に挨拶をする。
おや? と私は戸惑った。
浅田真央は、いや普通の選手なら誰でも最初はジャッジ側に最初の礼をする。
しかしこの時、彼女はジャッジとは反対側に向かって最初の礼をしたのだった。
お辞儀をした瞬間を捉えた写真で切り取られた彼女の表情には、胸が詰まった。

リンクから上がった彼女は、信夫コーチとハグをし、久美子コーチとも抱き合った。この時、彼女はぐっと口を閉じて何かを噛みしめている表情に見えた。


ソチでのフリーは“演技”以上の何かであった。しかしプログラムとして比較してみると、ジャンプはソチの方が良かったかもしれないが、スピンなどはこの時の方が安定していた。
単純にどちらが良いというものではないと思う。

採点を待つ間、彼女はいつも通りに気持ちを落ち着かせていた。
そして点数が出る。
「そうか……」
点数についての彼女の感慨は、それくらいの様に見えたのだった。


ここからは、その後に知った事などと切り分けできないので、まとめて書く。

彼女はこのフリー、ショートよりも緊張していたのだと後で語っていた。
ショートが良かったから安堵出来てはいなかったのだ。
そして、インタヴュウで彼女が強調していたのは、会場のスタンド上の方までお客さんがいる──という事への感慨だった。
この会場は昨年の全日本でも既に滑っているのだが、見上げて観客の様子など見る事は出来なかったのかもしれない。
それだけこの試合へ賭ける思いというものがあったのだろう。

今シーズンからISUの大会中継には、技術点の累積表示がスーパーインポーズされる様になっている。要素を実行すればその要素の点が加算されていく。視聴者サービスなのだろうが、後でジャッジがGOEやPCSで容易にひっくり返せるのが今のジャッジ・システムなので、あまり意味がない。
浅田真央の予定構成は女子選手史上最高難度であるので、セカンド・トウループが無得点になったとしても、演技終了直後のヴァーチャルなTESは段違いに高いものだった。
(日本のフジテレビではこのTESカウントアップはオミットされている)

浅田真央の得点は、想像よりもずっと低いものだった。それでもフリー1位。ショートでも1位という完全優勝は、浅田真央にとっても世界選手権に於いては初めてであり、幾らでも誇れる結果ではあった。
しかしこの点の低さは──、

すぐに公開されたジャッジ・スコアを見て、スケート・ファンは一斉に呻いた。
トリプル・アクセルが回転不足。
3フリップ+3ループの、セカンド・ループではなくフリップに回転不足。
三連続ジャンプの第二第三ループがそれぞれ回転不足(どこで帳尻を合わせたというのだ)。

いくら何でも酷い判定だ。
ややして、ショートで認定されたトリプル・アクセルとフリーのを、左右分割にした検証動画を作った人がいるが、完全に同じタイミング、同じ質のジャンプなのだ。

セカンド・ループにつけるならまだしも、フリップに回転不足という意味が判らない。
確かにこの時のジャンプは、若干軸が傾いではいたが、同じ様に降りているのはスローを見ても明らかだ。
去年のグランプリ・ファイナルのショート、成功している筈のトリプル・アクセルを回転不足判定された事について、解説をしていた荒川静香が「(回転は足りているが)エッジが少しぐらついているからでは」という、全く妥当性のない説明をしてスケート・ファンに呆れられた件を思い出さざるを得ない。


これは私の全くの私見であり、かつ自分でも確信など持たない考えなのであるが──、

浅田真央は、「自身の最後の試合演技」を終えた挨拶、決して意識的にではない筈だが、ジャッジの存在を無視した(様な挨拶をした)。
彼女にとって、演技を無事に終えられた事を、応援してくれた人に感謝したいという気持ちだけがそこにあった。
しかし、テクニカル・パネル(技術審判員)はそれを快く思わなかった。
或いは、インカムで彼らに意思を伝えているやもしれないスポーツ・ディレクターのそれなのかもしれない。
レヴュウをかけたジャンプは、幾ら妥当性が無かろうとも回転不足にして、最終得点を可能な限り下げ、それが得点となった──。

まあ私自身、こうした事が本当にあったなどと信じてはいないのだが、しかしこういう構図が想像出来るほど、不可解な出来事であったのは確かだ。

ジャッジが全て不当であったという訳でもなかった。
ジャッジの一人はPCSにて、浅田真央に10点を二つ付けていた。全く採り上げられていないが、国際大会で女子シングルの選手が10点を付けられたのは初めてだと思う。これ以上は無い、という点数なのだ。
ただルールによって、最高点と最低点は除外され(不正防止の為だというが、これもどうなのか)、それ以外の点数の平均値が得点となるので、浅田真央の最終得点には反映されていない。だが、スコアには永続的に記録されるのだから、大きな意味はあろう。

※完全に誤謬を書いていました。浅田真央史上初というのと勘違いをしていた様です。コメントで訂正を戴いたはらっぱさんに大変感謝します。


一位が確定した後、彼女は観客の前でインタヴュウに答え、いろいろあった競技人生の到達点の感慨として──

「スケートっていいな、って思いました」

とシンプルな言葉で、しかし彼女自身の率直な気持ちをこれ以上もなく表現された言葉で述べた。

いいな、と彼女自身が思えた事が、単なる観客である私にとってもどれほど救いになったか判らない。



「ピアノ協奏曲第二番」というプログラムについては改めて。

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2014年5月 4日 (日)

ベレゾフスキーと「ギフト」

なかなかまとまった記事が書けないので、今回はあれこれを。

浅田真央のフリー「ピアノ協奏曲第二番」はボリス・ベレゾフスキーによる演奏のものが音源となっていたが、ベレゾフスキーが来日し、この演目を5000人の聴衆を集めて弾いた。
アンコールには「愛の夢」を(譜面を見ながら)弾いたという。
ベレゾフスキーは、フランツ・リストの「超絶技巧練習曲」で一躍有名になったピアニストで、そのリストの「愛の夢」を選ぶのは自然ではあるが(有名な曲ではあるし、でも彼のピアノスタイルでは意外でもあり)、やはりこの選曲は浅田真央トリビュート的な意図があっただろうと思う。


フィギュア・ジャーナリスト野口美恵著「ギフト」が発売されている。
ソチまでの10年の取材をまとめたという本。この本の前書きには、「日本のフィギュアは浅田真央だけではない」という、書いている本人に自覚はないのだろうが、浅田真央を矮小化しようというニュアンスがあり(それはそうだろうが、わざわざ前書きに書く事ではないだろう)、それはこの本に限らず最近までの彼女の書く雑誌記事でも気になっていた文調なのだ。

29章ある中で、浅田真央の章は12。この10年、1シーズンも休まず世界と戦い続けたのは浅田真央だけなのだから当然だろうが、前書きでの宣言と実際の内容構成は乖離している。

ただ、あの年、あの試合ではどういう状況だったかという、クロニクル的な資料としてはとても有り難い本ではあり、野口氏独自の情報も多い。
本全体の印象と、本の有用性のバランスが複雑な本だ、と私は思った。

2014年5月 2日 (金)

ヴォーカル曲解禁

あるアメリカのドラマを見ていたら、こういう場面があった。
FBIの支局長クラス同士の会話で、一方が調査をやめろと圧力を掛ける。
調査をしていた側が反論しようとすると、圧力者は決め台詞としてこう言った。
"It's protocol."(これは決定事項だ)

疑問、反論は受け付けない決定的な申し渡し、という意味では、フィギュアに於けるジャッジ・スコアをプロトコルと呼ぶのは間違いではないのかもしれない。


World Figure Skating誌63号が発売になっている。
浅田真央のインタヴュウは、最近のインタヴュウでは群を抜いて独自性のある発言を引き出していた。
一般メディアでは不可能な、専門誌らしいインタヴュウになっている。

印象的な言葉の中に、こういうものがあった。今季の仕上がりに至るまでを振り返っての発言。
「(略)演技が終わった時、いい演技ができたかどうかは自分がいちばんわかるんです。ここ2,3年はずっと、本当にやりきったと心から思える演技はできていませんでした。ただ、結果はそこそこついてきてくれたので、そのままの気持ちで来てしまっていました。ようやく、このソチのフリーと世界選手権で、目指してきたものができたんだなと──(以下略)」

グランプリ・ファイナルのショートについて、私が以前書いた事を、彼女自身の言葉で裏付けてくれた様な気がして、これは勝手な私の思い込みにすぎないのだけれど、嬉しかった。

この号では、今季で引退する選手の多くにもインタヴュウしているのだが、何故か浅田真央に関しては選手としての継続(休みの期間はあれど)を前提とした質問の様に読めて、ちょっと不思議ではあった。

来シーズンから、フリースタイル競技(シングル+ペア)でのヴォーカル曲使用が解禁される事について、浅田真央は問われているのだが、基本的には歌がない方が良いという、至極真っ当な答えをしていた。
「スマイル」を試合で滑る事も可能になるが、という問いに対して彼女は、

「すごく、心のこもらないスマイルに(笑)」

世界選手権エキシビションのJ-Sports実況で、ヴォーカル曲を許容する理由、の様なものを岡部由紀子氏が述べていたのだが、あまりに例外的なケースを例に出して、ぼそぼそと自信なさげな口調で言うので、聞いていた私は全く記憶に残らなかった。岡部ISUジャッジも、実のところこの解禁については、あまり得心していない様に思った(失礼ながら、非常に判り易いパーソナリティである。良い意味で)。

これまで禁止されてきた理由として説明されてきたのが、その歌の歌詞が判らない異国の人に、その歌詞に依存したプログラムであると、理解についての有利不利が生じるから──、というものだった。
実に論理的である。

そのデメリットを凌駕するだけの、規程を改訂する程の理由があるのか。

エキシビションではなく競技で歌物を使用したいと思う選手は少数だろう。
今シーズンでは、ソチでのミーシャ・ジーのフリーが議論を呼んだ。歌物を使用した場合、ディダクションとしてマイナス1点とルールに明記してある。
しかしソチで、彼にディダクションは課せられなかった。
減点を承知の上で使うという選手の意欲は置いて、ルールに記された減点をしないジャッジ、特にレフェリーは責任を問われるべきだった。しかし非難する声は上がらなかった。

世界選手権、フリーに進めていたら、キム・ルシーヌも歌入り「ジャングル・ブック」を滑る予定であったが、彼も“勝つ”という観点でプログラムはそもそも作っていない。解禁となっても歌物を使う選手はそう多くないと予想している。

歌物を解禁する理由を無理に見出してみると、これは音楽業界からのアプローチがあったかもしれない、と思わないではない。
音楽産業は日本に限らず世界的な危機に陥っている。
タイアップ的なプロモーションを仕掛けたとて、なかなかマーケティング的に成功する例は少ないが、そうだとしても可能性に賭けたいという、殆ど死にものぐるいな意図があるのかもしれない。


WFS誌は、いつも写真のセレクトは良いのだが、号によっては内容がちょっと薄いという場合もある。
しかし今号は、世界選手権で良い演技をしたジェレミー・アボットやトマシュ・ベルネルにインタヴュウをしており、また町田樹の為に来日したフィリップ・ミルズにも抜かりなく談話をとってるなど、実に濃い内容の保存版だ。

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