« 2014年7月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年9月

2014年9月21日 (日)

浅田真央デー

 今日のテレビは浅田真央デーだった。
 テレビ東京で、舞とニュージーランドを旅する番組、夜には日テレ+で「THE ICE」が放送された。これが3時間越という破格の枠で、恐らくショーをノーカットで放送するものだと思うが未だこちらは見られていない。

 テレ東の番組は、浅田姉妹の「やりたい事」を叶えるという趣旨から、屋外の自然の氷で滑りたいというメイン・イベントを実現する為に、南半球から旅の行き先を求めたものだった。
 THE ICEの姉妹プログラム「Let It Go」を、(天然ではなかったが尋常でなく広い)空を独占したかの様なリンクで滑った二人は、観ていた人の全てを微笑ませただろう。
 テレビ東京、ありがとう。ファンとして御礼申し上げたい。

 そして、住友生命は浅田真央とのコラボレーションを継続、今度は浅田真央が日本を応援する側になるというコンセプトのCMが放送された。

Stona

 先週辺りから放送が開始された、ストナのCMは何と、浅田真央がCMを歌っていて喫驚した。この事を早く書きたかったのだが、全く傾向の異なる仕事が4本平行で走っていて、出遅れてしまった。

 CMのサイトを見て更に喫驚したのだが、髪をボブに切ったのは、何とCMの撮影の途中だったのだ。しかも自分から突然言い出したのだった。
 確かに、三色の衣装で髪型も異なるのだから、日を空けての収録かと思っていたのだが、いやCMの常識では有り得なかった。
 思い切りの良さは、やはり常人のものではない。恐るべし。

 以前から、浅田真央は歌もいけそうだと書いていたが、CMソングでの歌は、音感もリズムも完璧であり、何より声質が素晴らしい。
 そもそもメロディが、かなり難易度の高い音符の並びで、経過音はちょっと怪しいところもあるのだが、これはプロのCM歌手(という存在がもういないのだが)でも難しい部類の曲である。
 本気でヴォイス・トレーニングしたら、相当に期待出来る筈だ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

もう間近に迫ったが、9月24日に、お茶の水のエスパス・ビブリオにて、映画監督・朝倉加葉子さんとトークイベントを開催する。

映画美学校の脚本コース後期開講記念+「恐怖の作法」刊行記念、という事らしい。
本当の刊行イベントだった、低音倶楽部のライヴでは、ホラーの話は1ミリもせず、浅田真央の話などしてしまったが、今回ばかりはホラーの話のみになると思う。
ホラー好きな方は是非。

詳細・予約はこちらへ。

http://www.superedition.co.jp/blog/2014/09/post-9.html

2014年9月 6日 (土)

浅田真央のお礼

Cimg0173


人生に於いて初めて記念切手というものを予約購入した。
勿論、浅田真央の「Triple Axel ~10年間の軌跡~」記念切手である。
台紙にセットされている程度のものかと思っていたら、葉書サイズの写真が多く同梱されていた。この写真が極めて美しい印刷で、とても気を払った印刷技術が導入されている。

またA4の三つ折りの台紙の裏には、トリプル・アクセルの連続写真が載っていた。
フィギュア選手のジャンプ中の写真を好まない人は多い。プログラムの曲調とは全く異なる、極限の体技を実行する選手の表情は、普段と全く違うからだ。
浅田真央のジャンプ中の写真は、ぎゅっと唇をすぼめ、遠心力で普段の姿とはフォルムも変わっているのだが、それでもこのトリプル・アクセルの写真は美しい。
こうした分解写真は、ネットでも時折見かけるが、小さいサイズでしか見た事がなかった。私個人にとっては望外のボーナスであった。

ところで、この記念切手パッケージには、浅田真央自身の筆によるメッセージが書かれている。
「応援してくださった
 皆さん
 ありがとうございました。
 この写真 全てに
 思い出があります。
 素敵な切手アルバムに
 なりました」

この「ありがとうございました」という記述を目にした時、私は小さく呻いた。
これは明らかに、もう選手を引退したという様に読めてしまうのだ。
このメッセージがどの時期に書かれたのか判らないが、少なくともこれを書いている時点では、そういう気持ちであったのではないか、と思った。

いよいよ、浅田真央が不在のシーズンが始まる。
今季は「休養」とされているが、このまま「やりきった」という想いが維持されて、そのまま引退したとして、それを難ずる意見があれば、私は大いに反論し、引退を支持する。

しかし、やはり、まだ今の時点では引退を惜しむ気持ちも私には大きいのだ。



2014年9月 2日 (火)

「何度でも」

Bm201409thumb350x

 Dreams Come Trueが25周年アルバム「ATTACK25(「何度でも」は収録されていない)をリリースした。音楽チャンネルの番組や雑誌などで大々的に回顧特集を組んでいた。
 スペースシャワーTVでは、ライヴなどの放送に加えて、3時間のリクエスト・カウントダウンも放送した。35曲中(シングルだけで50数曲もある)で、1位に選ばれたのは、やはり「何度でも」であった。

 

ナタリーの特集インタヴュウで、ベース/プロデューサーである中村正人氏がこの曲について触れていた。

例えば「何度でも」を作ったとき、僕はもちろんヒットを目指してやってるわけですよ。だけど吉田の歌詞とか、最後のまくし立てるところとか、これはウケないんじゃないかってちょっと思ったりする。それで結果ヒットしなくて、俺は心のどっかで「ほらやっぱり」って思うわけです。ところが5年後、それが大ヒット曲になってるの。いつのまにかみんなが知ってる曲になってる。吉田にはそういうところがあって、すごいなって思うわけです。
http://natalie.mu/music/pp/dreamscometrue02/page/8

 今現在の「何度でも」人気には、浅田真央の愛唱歌、出演CM使用曲といった昨年の流れも合流しているに違いない。

 私は中村氏の数歳下のほぼ同年代。彼らの音楽を自発的に聴いては来なかった、というより、少し避けていた。
「ああ、この曲はアレのインスパイア」「この曲はあっちの」というのが見えてしまい、それはいいんだけど、だったらもっと素直にやればいいのにと思ってしまったのだ。
(まあ私は基本的に邦楽全般に冷淡なのだが)
 私がこう感じるのは、ダンサブルな曲についてであり、ドリカムのもう一本の柱である吉田美和氏の歌い上げバラードは、そもそもそういう歌曲を私は好まない。
 一般的には、ドリカムの楽曲の特徴というと、いかにもデジタルでキー・チェンジしました的な転調(を難なく歌ってしまう吉田美和)とか、妙にジャズ的なコードが入る、というものがある様だけれど、デジタル転調は小室哲哉という先達がいたし(個人的には全く音楽的ではないと思うのだが)、モーダルなコードが入るというのも、90年代初頭のアイドル曲では鷺巣詩郎氏といったアレンジャーがセンスを競っていた。
 そもそもデビュウ時のユニット編成も、Swing Out Sisterという先例あってこそだった。
 こうして判り易いイメージソースを潰して尚、今も残る「ドリカムらしさ」というものが、本来のオリジナリティなのだったと思う。

 私の音楽の嗜好性は特殊で、音楽を聴くとき歌詞を殆ど気にしないのだ。
 私が例外的に歌詞を面白がったのはスティーリー・ダンといった、今で言うサブカル的な抽象歌詞だった。

 そんな私ですら、「何度でも」は先ず歌詞の印象が強かった。ラヴソングの一種ではあろうが、私達が日常送る中で避けて通れない困難に立ち向かった時、必ずや心の中でこの曲が気持ちを前に押してくれるだろう。
 この曲は吉田氏が曲もメインで作った様で、後半のラップ調シャウトも、コーダのメジャーへの転調で優しく終わるイメージも、全然計算されてはいないのに、極めて美しい構築物となっている。

 この曲はリリース当初、あまり大きなヒットにはならなかった様だ。しかしその後、長いスパンの中で人気を獲得していく。
 25年というキャリアを誇るドリカムにとっても、特別な曲だろうと思う。


 それにしても、J-Popの中でも「勝ち組」で居続けた印象を持っていたドリカムだが、先のインタヴュウやベースマガジンのインタヴュウ(この雑誌で初めてベーシストとして特集された)を読むと、日本ではさほどニュースにはならなかったが、アメリカ進出失敗や、メンバーそれぞれの苦難があり、今25周年として我々の前に立っているのは、幸運だけでは無かったのだと痛感する。

 その中村氏だが、CDがもう売れない時代だと認識した上で、CDという形態で作品を発表したのには、感銘を受ける。
 CDという形態は売られ続けるべきだし、私達は音楽が好きであるなら、相応の代価を支払うべきなのだ。

 だが、時代がどうこうではなく、システムとしてかつてあったフローが消失していく。
 まあ音楽産業の衰退と未来を、フィギュア競技に敷衍するつもりはさらさら無いのだけれど、時代ではなく、システムはある時ある瞬間から変わるものだ。

 という事で私は改心して「ATTACK25」を買ったし、旧譜も少しずつ集めて聴いている。

 改めて「何度でも」を聴いて思いだしたが、曲のアレンジは完璧だとして、なぜあんなに音質がHiFiではないのだろう。
 前に浅田真央 Flash Back 2011-2013 という動画を作った時、CDシングルを買って使用したのだけれど、変にカマボコ(高域と低域が少ない)な音質で、自分でリマスターをしてから使ったのだった。
 CDのマスタリング時、よほど高域、超低域が出るモニタ・スピーカーを使っていたのではないだろうか。
 新譜「ATTACK25」は、洋楽と連続して聴いても違和感の無いHiFiな音だった。日テレのNEWS ZEROで、ニューヨークでのミックスダウンを取材する場面があったが、一曲毎にCDに焼いて、ラジカセで鳴らして音質を確認する作業が紹介されていた。
 そういうモニタリングはドリカムに限らず普通に行われるものだったが、ちょっと時代としてはもうラジカセで聴くユーザは少ないのではないかとも思う。
 今はスマホに入れてイヤホンで聴くのが圧倒的主流になっているだろう。

 ドリカムは、CDとライヴは完全に別物に考えている様で、近年のライヴではFuzzy Controlという3ピースバンドをまんま導入している。ベーシストはドリカムのライヴでは主にパーカッションを担当するが、曲によってはツイン・ベースとなる。このドラマーの、SATOKO(手数王・菅沼孝三の娘)が凄く良い。レコーディングにも部分的に参加している様ではあるが、もうそろそろ生編成でレコーディングしてもいいのではないか、とちょっと思う。とりとめなくなったのでここらで。

« 2014年7月 | トップページ | 2014年12月 »